第9話 メリー
街と博物館の散漫な見学の後、一日は終わった。
全員の心はアルエットのポケットに仕舞われた謎めいたロケットに囚われていた。
身につけるのは、あまりに親密すぎる気がした。
彼女は何も思い出せなかった。
写真の少年がペリーと関係があるのかさえも。
ドールは答えることを拒んだ。
「ねえ、グィオット」
ベッドの隙間越しにアルエットが囁いた。
男性と同室するは普通にしないが、グィオットに体がないのと同じく、鎧に性別はない。
「起きてる?」
彼は身じろぎし、存在しない目を擦ってから謝る彼女に手を振った。
「眠れないんだ。でもあなたは寝ていいよ」
話し相手になれて嬉しいのか、グィオットは起き上がった。
何を話すべきか迷った末、世間話に落ち着いた。
「アーティファクトっていい人だよね? 料理もすごく美味しいし!」
グィオットは最初の言葉には頷き、二つ目には躊躇した。
「あ、そっか。ごめん」
彼は自分の目を指差し、腹をさすり、親指を立てた。
「えっと、美味しそうってこと?」
彼が激しく頷くのを見て、アルエットは口元を押さえて笑った。
彼女が触れると、ナイトスタンドのランプが最も控えめな明るさで灯る。
エーテル鉱石の電球がパチパチと音を立て、部屋はオレンジ色の光で満たされた。
「運んでくれてありがとう。私、重い?」
グィオットは「いいえ」と身振りし、手で鳥が羽ばたく動きをした。
「え? 鳥みたいに軽い……あ! 羽根ね!」
彼女は推測し、また笑った。
その笑顔は、パントマイムをする彼の恥ずかしさを上回った。
グィオットはノートを手に取り、会話を続けた。
「普通なら知らない人の家に泊まるなんて怖いけど、魔女は嘘をつけないから」
ユークリッドの得意げな顔が脳裏をよぎった。
「あー、言葉遊びは置いといて。でもアーティファクトが騙してるわけないよね。あからさま過ぎたもん」
『心配しないで。もしそうだとしても、僕が守るから』
アルエットの頬が赤く染まった。
彼女は髪を指で弄り、急に興味深くなった部屋を見回しながら礼を言った。
同じく照れたグィオットは、まだ余白があるのに新しいページをめくった。
ベッドに横たわり、空想と現状への思案を行き来した。
めまぐるしい出来事はまだ消化しきれていなかった。
自身が人形の魔女だと思い込み、人間かもしれないと思い、また魔女に戻った。
アーティファクトに会ってからは、そう悪くないと思えた。
魔女同士でしか通じ合えない合図を肌で感じたからだ。
人間と話すより理解しやすく、信頼できるように気がした。
そして、口の利けない鎧とも。
かぶりを振って余計な思考を追い払い、振り返った。
「手話を教えてくれない?」
『今? 寝たほうがいいよ。勉強はまた今度!』
結局、彼女の懇願と上目遣いには勝てなかった。
「こんにちは」「さようなら」「はい」「いいえ」から始まった。
ボディランゲージでも伝わるが、彼女は真剣に取り組んだ。
二人は向かい合ってベッドの端に座った。
動きを直す際、グィオットは身を乗り出して彼女の手に触れ、手本を見せた。
同じベッドに座ったほうが楽だろうが、そんなことなんてはしたない。うむ。
『これでアルファベットは終わり! 自分の名前を綴れるよ!』
「なんでこんなに文字数が多いの?」
『私の名前はバゲットです』と手話で綴りながら彼女はぼやいた。
グィオットのヘルメットと肩当てが小刻みに揺れて、口を押さえて背を向けた。
「わ、笑ってる? 私、何か間違えた? グィオット!」
彼の筆跡はいつもより乱れていた。
『すごく上手だよ!!!』
彼女を「バゲット」と呼びたい衝動を必死に抑えた。
彼はいい男だった。
腹立たしいことに、ドールは一度か二度で手話を記憶した。
それを見て、アルエットは頬を膨らませて悪態をついた。
「聖ドミナの手話が両手なんか使わずに済めば良いのに。そうすればあんたなんて要らないんだから!」
ドールの手はショックで固まり、しなしなになった。
勉強会はそこで終わった。
アルエットは手話の一部を日記にスケッチした(芸術的才能のあるドールには描かせなかった)。
グィオットはあくびをして背筋を伸ばした――お分かりだろうが、実際にはしていない。
「ところで」
気味悪がられないよう努めながら彼女は切り出した。
「その、グィオットはどんな顔をしてたの?」
彼は顎に手を当て、何かを描き始めた。
最善の努力にもかかわらず、それは「何か」としか言いようのないものだった。
アルエットは絵が逆さまだと思った。
底にある二つの三角形――シャツの襟――は、見る者を迷宮の入り口へ誘う「導きの北極星」のように輝いていた。
上に行くしかないが、深淵に留まりたいと願いたくなるような。
髪はハリネズミのよう。
三角形の鼻は、シャツの襟の生き別れの三つ子だった。
グィオットは眼鏡をかけているか、顔に小さな建物を二つ乗せているかのどちらかだった。
冗談か聞きそうになったが、彼の真剣な態度を見て思いとどまった。
「あー、その……」
彼女は咳払いをした。
「じょ、上手ね!」
赤ん坊の絵に比べれば。
「独特な味がある!」
確かに。
お世辞を真に受け、グィオットは首の後ろをさすった。
『そうか? 照れるなあ。次は君を描こうか?』
「ど、どうぞ!」
グィオットが見えない心を込めて描いた肖像画を見て、アルエットは顎が外れそうになった。
眼帯の位置からすると、左目は右目より数リーグ高かったらしい。
人形のパーツはライフルのようで、指先は銃剣のようだった。
耳と鼻の穴は魂を見つめてきた。
アルエットは吹き出しそうになるのを堪えた。
枕に顔を埋めて笑わなければ、アーティファクトを起こしていただろう。
なんて不思議で、高揚する気分だろう。
鏡を見て自分を品定めしていた時間など忘れてしまった。
グィオットは何が彼女のツボに入ったのか分からなかったが、同じくらい心が軽くなっていた。
「次はアーティファクトを描いて! それからシンスと……あっ、マザーはやめておこう。呪われるかも」
グィオットは首を傾げた。
「うーん」
魔女に皮肉が通じるか考え、言葉を濁した。
「だって、絵が上手すぎるもの!」
ナイスフォロー。
二人はもう一時間ほど話してから、彼女がうとうとし始めた。
彼はその夜最後のメッセージを書いた。
『まだお礼を言ってなかった。僕が人間でも、元兵士でも受け入れてくれてありがとう』
グィオットは指先を口元に当て、開いた手をアルエットの方へ下ろした。
前半の動きは似ていたから、彼女は「おやすみ」だと思った。
だが後半の動きは違った。
まるで投げキッスをしているように見えてしまった。
この礼儀正しい田舎の少年がそんなことをするはずがないが、彼女は知る由もない。
アルエットの顔は真っ赤になり、彼が何かの女たらしなのかと疑った。
ドールが徐に手を伸ばし、ひたすらグィオットを平手打ちした。
ヘルメットが故郷の麦畑へ飛んでいきそうなくらい回転した。
「うわ!? ごめんなさい! 私じゃないの!」
彼女は左手首を押さえ込んだ。
「何すんのよ!?」
ドールの手は寝たふりをし、グィオットは頭の位置を直した。
建物の反対側で、アーティファクトがベッドの中で飛び起きた。
アルエットは口ごもりながら「おやすみ」の手話をして、毛布に潜り込んだ。
哀れなグィオットは、なぜ彼女が照れたのか、なぜ叩かれたのか見当もつかなかった。
二人は問題なく眠りについた。
しかし深夜、意識が朦朧とする中でグィオットは奇妙なものを目撃した。
運命の列車のあの日まで、二度と見ることのない姿ゆえ、夢だと思った。
彼女の枕元のすぐそばに、ユークリッドが立っていた。
アルエットの説明通り――血に染まった首の包帯もそのままに。
彼は少女のベッドを覗き込み、額にそっと手を置いていた。
なんと柔らかな目だろう。
アーティファクトが『地図』を見る時の目だ。
アルエットがロケットを見つめる時の目。
グィオット自身が、彼女に貰ったブーツを磨く時の目だ。
ユークリッドは違った。
彼はもう、この舞台を降りた身だ。
✦ ✦ ✦
アーティファクトはゆっくり休ませようとしたが、二人は手伝うと言った。
グィオットは力仕事や高所の掃除などをこなし、アルエットはより具体的な依頼を受けた。
「国は捨てたが、やはり着慣れた服が良くてね。古い衣を修繕してくれないか? ゆくゆくは新しいのも作ってほしい」
ドールの拳が前後して頷き、「はい」のサインを送った。
アルエットは険しい視線を送りつつ、アンティークのミシン台の椅子に座った。
「私が一人でできないからって、いい気にならないでよ」
手が『ごめん』とサインすると、彼女は唇を尖らせた。
アーティファクトは、彼女のほつれた髪を結ぶよう提案した。
機械に髪が巻き込まれたら危険だ。
「また生えてくるわよ」
彼女は冗談で言い返した。
彼は鉛筆で彼女の頭を軽く叩き、予備の髪ゴムを渡した。
「安全第一だ、お嬢さん!」
アーティファクトは寸法を渡そうとしたが、クスクスという笑い声を聞いて目を細めた。
博物館に置かれた様々な骨董品たちが、アーティファクトの体型が変わっていないかと、嫌味たらしく笑っていた。
声が聞こえないアルエットは、暗殺者か何かの気配を感じたのかと思った。
骨董品たちに体型を証明するため、アーティファクトは薄い白い肌着姿になり、採寸を受けることにした。
「女性の前で服を脱いでしまって申し訳ない――おい! 僕だって同じサイズなんだぞ!」
さらにクスクス笑いが起きた反論の後、彼はぶつぶつ言いながら三重に確認した。
カートグラフィから受け継いだ悪癖だった。
状況を悟り、アルエットは笑った。
呆れてはいるが、アーティファクトがいたずら好きな骨董品たちとの時間を楽しんでいるのは明らかだった。
人形たちと過ごした時間を思い出した。
「アーティファクト、コウ・フーレンの服について教えてくれる?」
骨董品たちが静まるように彼女は尋ねた。
「ん? ああ、もちろんだとも」
彼は大理石の胸像の首を絞めながら、爽やかな笑みを向けた。
展示ホールの隅でガシャンという音がした。
グィオットが脚立から樹脂の床に落ちたが、親指を立てて合図した。
可哀想なブリキ男は、肌着姿のアーティファクトが指導のためにアルエットに覆いかぶさっているのを見てしまったのだ。
「グィオット!」
「床が! えっと、じゃくて。すぐ行く」
不器用で純朴な二人はアーティファクトを魅了していた。
しかし、気がかりなことがあった。
アルエットのポケットからロケットが覗くたび、不安がよぎった。
間違った相手に渡してしまったのではないかという予感が。
✦ ✦ ✦
「お見事だ、アルエット! もちろん人形の魔女もね」
数日で古い衣の修繕は終わった。
ようやくアーティファクトは服を着ることができた。
「どうしてこんなに破れてたの?」
彼は謙遜を装う時間を惜しまなかった。
「昔はいろいろと揉め事があってね。まあ、いつだって勝ってきたさ」
勝算の悪い戦いは避けてきたからだ。
目を輝かせて武勇伝に聞き入るアルエットを見て、良心が痛んだ。
「あなたみたいになれたらいいのに。賢くて強くて、何でもできる」
グィオットは二人分の重荷を背負い、今もお使いに出ていた。
アルエットがついていけば、文字通りお荷物になってしまう。
アーティファクトは同情的な笑みを浮かべ、手を差し出した。
「休憩にしようか。こっちだ」
腕を貸し、ホールの中央にある回転木馬へ彼女をエスコートした。
瞬く少数のライトを除けば、いつ見ても時が止まっていた。
だが、アーティファクトが馬の鼻面に手を置くと、それは一変した。
無数の電球から光の球が飛び出した。
描かれた動物たちは眠気を振り払い、鏡は新たに輝き、台座が回転し始めた。
タツノオトシゴがいななき、アルエットは転びそうになった。
「生きてる!?」
アーティファクトは笑い、ベンチへ上がるのを手伝った。
「相性のいい魔女がいれば、何だって生きるさ!」
回転に逆らって歩きながら、彼は行儀の悪い像たちの鼻を叩いた。
「ゆっくり、ゆっくり。紳士的に頼むよ!」
少し後ろにいたブロンズのユニコーンがアルエットの目を引いた。
彼女をじっと見つめているようだった。
それを伝えると、アーティファクトは咳き込んだ。
「あれに乗りたいなんて言わないでくれよ。いわくつきなんだ」
「何の?」
「暴力沙汰」
アルエットが怯んで縮こまるのを見て、ユニコーンはいななき、可能な限り穏やかな姿勢をとった。
興奮して蹄を鳴らし、少女をよく見ようと頭を上下に揺らした 。
彼女には136キロのブロンズの子犬に見え、ひどく愛らしく思えた。
「一度くらい信じてみてもいいかもね? 」
「男相手に対しても同じ態度は取らないことだ! 」
像に行儀よくするよう警告した後、アルエットを乗せた。
彼が横に立って手綱を握り、彼女は螺旋状のポールにしがみついた。
ユニコーンは首を後ろに曲げ、鋼鉄の唇でアルエットを甘噛みした。
アーティファクトに倣い、彼女は冷たい体と溶けたガラスのように流れるたてがみを撫でた。
この回転木馬は、二つのドミナの国境にあるオーチャードの町から来たもの。
人間による長い占領の後、オリヴェイラの領域であるとして、戦争の終わりに魔女たちが焼き払った。
黒焦げの残骸が取り壊される前に、アーティファクトがなんとか保存し修理したのだ。
「オリヴェイラはその公園によく通っていたそうだ。恐らく、同じ鞍に座ったこともあるだろう」
そんな恐ろしい人物と席を共有している?
平和の魔女が10年に及ぶ戦争で世界にどれほどの影響を与えたか、彼女にはまだ理解し難かった。
オリヴェイラの行動は、間接的にアルエットの現在の境遇につながっているのかもしれない。
人形たちは、彼女を国境から運んできたと言っていた。
それも、戦争の終わりに。
鏡の中でアーティファクトが変顔をしているのに気づき、アルエットは我に返って声を上げた。
彼は深刻な眉間の皺からリラックスした笑顔に戻った。
「いつ気づくかと思ってね。何か考え事かい?」
白けた様子のユニコーンが鼻を鳴らす横で、アルエットは口ごもった。
アーティファクトは彼女の思考を代弁してくれた。
「君はよくやってるよ。助けを借りるのを恥じることはない」
目を伏せ、眩い光から視線を逸らした。
「わかってる。でも、借りてばかりだから」
アーティファクトは少し考え、構ってほしそうにする虎の像の耳を撫でた。
「今は無力に感じるかもしれないが、努力し続ければ変わるさ。未来についてはこれから考えればいい。君の過去についてもね」
本心からの言葉だと分かり、アルエットは微笑まずにいられなかった。
「どうしてそんなに優しいの?」
彼は減速する台から彼女を下ろすのを手伝った。
「私が? とんでもない! 私を救ってくれた気難しい地図屋の真似をしてるだけさ」
「カートグラフィ3世のこと? あの地図がなかったらグィオットを見つけられなかった! ずっとお礼を言いたかったの」
「おや、そうかい? 彼も喜ぶだろう。いや、どうかな。あの爺さんが喜ぶところなんて見たことないが」
「元気にしてる?」
アーティファクトの肩が強張った。
話題が出るたびに「そうだといい」と言ってきた。
人間なら疎遠だと思うだろう。
魔女なら理由を察する。
彼は優しい笑みを向けた。
半分は彼女を安心させるため、もう半分は決して口にしたことのない言葉を発する覚悟を決めるため。
「戦争が始まって以来、彼はすでにこの世を去ったんだ。地図を渡すのを拒んだからね」
アルエットの表情が曇り、罪悪感が彼を小突いたが、期待を持たせるよりはマシだった。
「コウ・フーレンは何世紀も彼の態度を恨んでいた。王国の太古の創設者を知る彼には誰も手出しできなかったが、気にかけてくれる者が皆いなくなれば、処刑に必要なのは口実だけだったのさ。」
アーティファクトは博物館を見上げた。
戦争の現実と人間性を写した写真が壁に並んでいた。
両陣営の血に染まった日記や武器がガラスケースの中で眠っていた。
世話を託すのが所有者の最期の願いだった、子供のぬいぐるみと目を合わた。
あの寒い冬の朝、彼が命を捨てていれば、これらはここにはなかった。
カートグラフィが彼を救わなければ、何もなかった。
だが偽善の影が差した。
もしお爺さんと罪のない他人との間で選ばなければならないなら、答えは変わらないだろう。
その考えがよぎるたび、ぬいぐるみに謝罪を囁いた。
「話してくれてありがとう。励ましも」
アルエットの声が、追憶に沈むアーティファクトを救った。
もう断ち切ったと思っていたのに。
「気になってたんだけど、あなたも古代の魔女なの? カートグラフィみたいに」
彼は深呼吸し、片眼鏡を直した。
「アラフォーとはいえ、私はまだ30代だぞ――普通の人の年齢でね!」
「あ! ごめんなさい!」
まだ回転木馬に囚われていたユニコーンが前脚を踏み鳴らした。
仲良しこよしの時間にイラついたのか、少女を行かせたくないのか、あるいはその両方か。
他の像が静まっても、ユニコーンは体を固定するポールに逆らって身をよじった。
アーティファクトが落ち着くよう言う間もなかった。
最後の一際重い足踏みと強力な突進で、生きた彫像は自由になった。
折れたポールが背中と腹から突き出し、槍のように体を貫いていた。
金属粉を振り払い、同胞を嘲笑った後、呆然とするアーティファクトとアルエットのもとへ歩み寄った。
アーティファクトがその鼻を叩いた。
「一体どうしたんだ?」
金属的な反響音でいななき、それは固有の名前で呼ぶよう主張した。
二人が知る由もないが。
ユニコーンは、アーティファクトにしがみついて震えていたアルエットの髪を甘噛みした。
「これほど――」
アーティファクトは噛みつこうとする顎を避けてのけぞった。
「――友好的なのは初めてだ」
「これで友好的!?」
数回の咀嚼と蹴りの後、アーティファクトはユニコーンの攻撃性が名前に起因していると気づいた。
アルエットにつけさせてはどうかと提案した。
結局のところ、一番好かれているのは彼女だ。
「本気!? ええと……それで良いなら合図してくれる?」
ユニコーンはアルエットの周りを歩き、冷たく乾いた舌で頬を舐めた。
悲鳴を上げる彼女を見てアーティファクトは笑った。
「素晴らしい! 今日から君がこの子の飼い主だ!」
「頼んでない……!」
哀れなユニコーンが拗ねて、回転木馬に戻ろうとする素振りを見せると、断れなかった。
こうして「メリー」と名付けられた。
創造性に欠ける名前だが、愛で補われていた。
彼女はまだ思い出していないだけだ。
メリーは名付けてもらったのがよほど嬉しかったのだろう。博物館を跳ね回った。
新しい友達を追いかけるアルエットに、アーティファクトは引き続き肩を貸した。
「メリー、過去に彼女と会ったことがあるのか?」
パーソナルスペースの概念がない(あるいは角がアーティファクトに刺さるかどうかの配慮がない)ユニコーンは、アルエットの顔を嗅いだ。
結局、分からなかった。
少なくとも「アルエット」という名の人物は知らなかった。
今や二つの事柄が彼女とオリヴェイラを結びつけていた。
どういうことだ?
彼女が本人であるはずがない。
平和の魔女の無惨な血まみれの死体は、ペストの魔女によって確認されていた。
それに、アルエットとオリヴェイラは似ても似つかない。
アルエットは小柄だし、オリヴェイラは浅黒い肌に縮れた黒髪だった。
アーティファクトは凍りついた。
「失礼する」と断ってから身を屈め、彼女の髪の房を調べた。
その事実はあまりに衝撃的で、照れる彼女に構う余裕がなかった。
まさか……。完璧な品質だ。
近くで見ても、ほとんどの人は違いに気づかないだろう。
その意味するところに言葉を失う。
アルエットの頭皮に植えられている髪は、人工物だった。
カランコロン!
ドアベルが鳴り、グィオットが帰宅した。
メリーは注意を移し、雄牛のように走って彼にタックルした。
同じ金属の塊である彼を気に入ったのだ。
アルエットはアーティファクトの袖を引いた。
「ねえ、アーティファクト? 二人のところへ行きましょ!」
「ん? ああ。そうだね」
メリーの口からヘルメットを取り出すのに少し苦労したが、グィオットは無事だった。
彼とアルエットの周りを小走りし、鼻先で後者をつついた。
「街を走りたい」と首をグイッと玄関へ向けた。
等身大に近い像に二人が乗るスペースは十分にあった。
自由な世界への敷居をまたぐと、メリーは目的もなく疾走し始めた。
「落ち着いて!」と叫ぶアルエットの声は、ブロンズの鞍に擦れるグィオットの鎧の不快な音にかき消された。
メリーの蹄はカルム中を駆け巡り、丘陵と並木を穏やかな夕暮れが彩った。
動じない町の人々は、一行が通り過ぎると笑って手を振った。
魔女であるアルエットが溶け込むのは簡単だった。
アーティファクトが認めたなら信頼できるとして、彼らはグィオットをもほとんど質問なしに受け入れた。
グィオットが聖ドミナの兵士だったことを知らなかった。
彼は恥じて言えなかった。
皆、彼がうつむいているのは控えめだからだと思っていた。
礼儀正しく親切だと褒めてくれた。
その間ずっと、答えのない問いで自分を責めていた。
彼らの愛する人を殺したのか?
敵がカルムの人間かどうかなんて関係ないことは分かっていた。
どちらにせよ、誰かにとってかけがえのない存在だったのだ。
自分が殺さなくても、味方が殺しただろう。
そして、その味方は命令不服従で自分の首をはねただろう。
全てを飲み込む戦禍の中で、彼はあまりにちっぽけだった。
手綱を握るガントレットが震え、アルエットが振り返った。
こんな時、表情を読まれない顔でよかったと思った。
彼女を支えるべき立場なのに。
自ら犯した罪をいつまでも悩み続けるなんて、どれほど利己的なのか。
彼女は彼の心中を推し量ることしかできなかった。
手に手を重ね、微笑んだ。
彼はその重さも温もりも感じられず、表情も見えなかった。
それでも震えは収まった。
同時に、アルエットは左手の深紅の糸のようなドミニオンマークを見つめ、ドールハウスの方角を見た。
疑う余地なく、場所だけは分かった。
今はそれでいい。
グィオットのプレート状の指が彼女の指に触れると、恐怖はやり過ごせる程度の不安へと静まった。
✦ ✦ ✦
アーティファクトは窓からメリーに引きずり回される二人を見ていた。
優しい表情が苦渋に歪んだ。
「どういうことだ? 彼女は気づいていない」
外では、メリーがジャンプしてリスにちょっかいを出した拍子に、当の少女が地面に転がり落ちた。
無事ではあったが、ついた膝から血が出始めた。
メリーが申し訳なさそうに周りをうろつく中、グィオットは背中をさすって痛みから気を逸らそうとしていた。
アストロラーベの歯車が回った。
『カートグラフィがドールのために地図を作った時のことを覚えています。二人は初対面で友好的でした』
「爺さんが? 他人に対してなんて想像もつかない」
『ドールは花嫁と暮らすための、平和で人里離れた場所を知りたがっていました』
「彼がドールを信用したなら、私もそうしたいが……」
答えは明白だったが、確認が必要だった。
アーティファクトは衝撃を和らげるかのように目を閉じた。
「その『花嫁』とは誰だ?」
アストロラーベは計算されたリズムで音を立てた。
『彼女の名はアルエット。人間か、人形か、あるいは別の何かかは判断できませんでした』




