手紙
慶応四年卯月。
官軍へ投降した近藤は、刑執行の日取りも決まり、昔を思い出すように一人静かに物思いに耽っていた。多摩の田舎侍だった近藤が京に出て、新撰組の局長にまでなったのは、一重に多くの仲間の助けがあったからこそだ。彼らの顔を思い出す度、近藤はそれが自分にとって勿体無いほど、充実した人生だったのだと思う。しかし、だからこそ、
(これはその代償なのかもしれないな)
近藤はそんな風に思うのだ。同時に、彼らがこの先、無事で居て、幸せな時を送って欲しいと思うのは自分の我が儘だろうか。仲間の顔が思い浮かんでは消えてゆく。その中にあって総司ははいつも笑顔で、自分の名をん呼んでくれた。
(せめて、もう一度総司に会えたらよかったのに……)
近藤がそう思ったその時、
「近藤先生」
と、声が聞こえた気がして、近藤はゆっくりと目を開けた。しかし、人の姿などどこにもない。気のせいかと再び目を瞑りかけたが、「近藤先生」と今度は確かに聞こえた声に、近藤は部屋の隅へと目を向けた。
先ほどまで人影のなかったそこに、見知った男が立っていた。自分の記憶が正しければ、新撰組の観察方の山崎進と言う男であったはずだ。だが、近藤は自分の目を疑った。外には見張りが立っていて、気付かれずに入ることは不可能なはずだ。だが何より驚いたのは進の装いだった。
立場上、度々洋装を見てきた近藤だったが、進の装いはそれのどれとも違っていた。進は全身黒で統一した衣装で、見たこともない色あせた生地で作られたズボンを穿き、羽織ったロングコートの上からは、十字にも似た赤い印の付けられた鞄をさげている。
「山崎君、なぜ君がここに?」
驚きを隠そうとせず近藤が口を開くと、山崎は腰を折り頭を下げた。
「この姿では初めまして、近藤勇。俺の名前は成則」
山崎の名乗った名に聞き覚えがなく、近藤は首を傾げる。
「君は、山崎君ではないのか?」
「いや、その名もまた俺を示すもの。時の流れの外に身を置く者は、いくつもの名を持つ。この時代では俺は山崎進だった。だが今は、時の郵便屋成則としての任を果たしに来た」
「時の流れ? 時の郵便屋? それはいったい何のことだ」
「人は時の流れに逆らうことはできない。だが、その時の流れに逆らって旅をする者達がいる。それが時の旅人であり、その旅人から預かった文を届けるいわば飛脚が時の郵便屋である俺だ」
「もしそれが全て真実だとして、時の郵便屋が俺に何の用だ?」
近藤の問い掛けに、成則は郵便マークの入った愛用の鞄から文を一つ取り出した。
「蒼矢、いや、総司からです」
近藤は文と成則を交互に見比べた後、文を受け取ると、目を皿にしてその文に目に通す。文に目を通すにつれ、近藤は何度も何度も罵倒を漏らしながら目に涙を浮かべた。
「馬鹿野郎……一人で背負って、一人で悩んで、最後に俺を助けられなかった自分を赦して下さいだと」
涙が頬を伝って紙の上に落ち、文の字が滲んでいく。近藤は、一通り目を通すと震える手で文を握りつぶした。
「そんなこと自分で言いに来やがれ。そうすれば、俺は笑って赦してやったのに」
(寧ろ謝らなければならないのは俺の方だ)
おそらく近藤が京に行くなどと言い出さなければ、総司は苦しむことなどなかっただろう。それを思うと悔やんでも悔やみ切れない。自らが掲げた志は総司を苦しめただけだと思うと情けなかった。
「俺の志もまた結局は何も守れちゃいなかったのかもしれないな……」
ぽつりと弱弱しく呟いて、近藤は握り潰した文へと視線を落とす。
「それでも、あなたの志に人が集まり、そして自分も惹かれずにはいられなかったのだと総司はもらしていましたよ。だからこそ総司はあなたを守り、禁を犯してまでその志を叶えさせてあげようとした。その結果、自らの命が失われようとも構わないという決意があった」
茂則野言葉に、近藤は目を瞬かせる。
「総司もまた、あなたと同じくらい頑固で、強い志を持った者なのですよ。近藤局長」
それは茂則と言う男の、山崎進としての言葉だったのだろう。
「ああ、分かっているよ。俺もあいつも新撰組の奴らは馬鹿ばっかりだ」
涙の跡がこびりついた顔で近藤が笑った。その笑顔は総司がいつも求めていたものだった。
ころころと場面が変わり読み辛かったかもしれませんが、ここまで読んでいただきありがとうございました。
古い作品ではありますが、ご意見ご感想残していただけると嬉しいです。