幕間(2)Aランク冒険者の任務
────そこは、ダンジョンの最下層だった。
五人組のAランク冒険者パーティーである【ミストラル】の面々は、粉雪が舞う薄暗い洞窟の中、ひんやりとした岩肌以外なにも無い空間を見渡して足を止める。
フードや袖口にファーの付いた防寒着を纏っていることからも、このダンジョンが如何に寒いかを物語っていた。
「……ふぅ、ダンジョンに潜ってから丸二日と八時間経過ってところか。今のところ進捗は順調だ。任務を済ませたら、大休止を取ってから帰路に就くぞ」
リーダーであるアンドリューは懐から取り出した懐中時計を見て白い息を吐くと、背後に控えているメンバーに振り返る。
彼の言葉に頷くメンバーたちは、各々が大量の荷物を詰め込んだ大きなリュックを背負いつつも、まだ余力を十分に残している様子だった。
「正直、この荷物を守りながらの往路はしんどかったが、守り甲斐のある荷物だからな。気分的にはそんなに苦じゃなかったぜ」
そう言ってリュックを下ろしたダニエルは、中から鈍い光沢を放つ瑠璃色の石碑を取り出す。彼らがダンジョンの最下層まで守り抜いた荷物とは、慰霊碑を建立するための材料だった。
彼らが今いるのは、王都から北方へ500km以上離れた霊峰の山中に生まれたばかりのダンジョンで、先駆けた冒険者たちの犠牲を伴いつつ先日ようやく攻略された。
最寄りの宿場町の名にちなんで【フリゲース】と名付けられたそのダンジョンは、20階層の上級ダンジョンと位置づけられた。 天然地形構造であり、内部は足場の悪い洞窟というだけではなく、道中は常時吹雪いているという過酷な環境。
トラップも難度が高く、扉を閉めた瞬間に天井一面から巨大な氷柱が降り注ぐ部屋や、雪道に隠された魔法陣を踏んだら口を開くクレバスなど、即死に至るものが多い。
さらに出現する魔物は危険度の高い【セプテム】クラスの『ジャイアント・イエティ』や『コールド・ガルム』などで、生半可な冒険者では到底攻略は叶わない場所だった。
そんな上級ダンジョンを最初に踏破したのが、今ここにいる彼ら【ミストラル】だった。
慰霊碑の建立は未踏破ダンジョンを最初に攻略した者たちが行うことが通例であり、ギルドマスターからの直々の依頼とあって報酬も良い。
ただ、彼らが労を取ってまで再びこの地を踏んだのは、冒険心を満たすためや多額の報酬を得るためだけではない。
「【シャマール】に【チヌーク】────みんな、惜しい方々を亡くしたわね。せめて、この場所へ共に挑んだことを讃えましょう」
沈痛な面持ちでそう呟いたアンナに、一同は静かに俯く。
【シャマール】も【チヌーク】も、アンナたち【ミストラル】と同じくAランク冒険者パーティーであり、このダンジョンに呑まれて散っていった者たちだった。
そして彼らの尊い犠牲の元に作られていった簡易攻略図は【ミストラル】の助けとなった。故に【ミストラル】が慰霊碑に抱く思いは特別だ。
「さぁ、慰霊碑を建てよう。彼らを弔い、彼らの魂と共に前へと進むためにも」
「ええ。彼らは【イグノーツ】へと至る為の道標となりました。私たちは彼らの導きを尊び進みましょう」
クリスとポーラもそう言って慰霊碑の建材を取り出すと、五人がかりで淀みのない作業を行い慰霊碑を組み上げてゆく。
そうして出来上がった慰霊碑は、台形の台座に突き刺さった剣を模したデザインだった。深い瑠璃色をしたそれは、粉雪の舞う中で鈍く輝く。
最後にアンドリューが台座の上面にある窪みに白い【献花の短冊】を一束添えると、皆が示し合わせたように横一列に整列する。
そして各々の装備品を手にとって胸の前に掲げると、静かに、静かに、黙祷を捧げた。
そして誰ともなく顔を上げると、リュックの底からキャンプ道具を用意し、慰霊碑の前で輪になって火を使った食事の準備を始める。
「よし、大休止だ。非常食以外は全ての食材を使い切ってしまうぞ。【シャマール】と【チヌーク】の連中が遠慮しなくて良いようにな」
アンドリューが笑みを浮かべて音頭を取ると、仲間たちも笑顔を浮かべて応じた。
そうして彼らは大休止と言う名のささやかな宴を始める。
粉雪の降りしきる中で火を囲い、暖かな料理に舌鼓を打ち、旅路の続きに備えて英気を養う。
これまでの冒険とこれからの冒険の話に花を咲かせ、憧れを湛えた瞳で語り合う。
それは、この場にいない者たちへ捧げる鎮魂歌。
冒険の旅路で果敢にも散っていった者たちを礎に、彼らは冒険者として果てなき路を歩いてゆくのだ。




