幕間(1)【ファストトラベル】使いの日常
そこは、王都から東へ100km以上離れた山中の、鬱蒼とした森の中だった。
木々に埋もれるようにして苔の生す大岩が鎮座しているが、その大岩には人が出入りするための大きな扉がある。
とても不自然なそれは、ダンジョンの入り口だった。
そして当然のように王都から派遣された衛兵二人が扉の前で直立不動で立っているのだが、その傍らにはこの場に似つかわしくない少女の姿もある。
背中まで伸ばした青みがかった黒髪と孔雀石の瞳が特徴的な少女は、買い物にでも出かけるような出立ちで、冒険者といった風情ではなかった。
なぜなら、彼女は『人を遠方まで一瞬で連れいていく』ことを生業とする者であり、それを可能とするスキル【ファストトラベル】の使い手だったからだ。
少女は何度目になるかわからない溜息を吐くと、その場でしゃがみ込む。そして頬杖をつきながら眉間に皺を寄せた。
「お〜〜そ〜〜い〜〜〜〜っ! も〜【レックレス】の連中ってば、昨日は夕方には戻るって言ってたくせに、もう丸一日遅れてるんですけどぉっ!? ねぇ、どうなってるの衛兵さんっ!?」
そして低い声で不満を垂れ流しながら衛兵に八つ当たりを始めるが、衛兵二人は少女に取り合うこともなく虚空を眺める。
そんなこと聞かれても知らんがな、とでも言うように。
衛兵たちは不機嫌な少女を刺激したくなかっただけなのだが、少女はその対応が返って気に障ったのか、両目を三角形にすると理不尽にがなり立てる。
「大体アイツらってば、この間だってこうだったのよ! 半日で戻るから迎えに来てくれとか言っといてさぁ、トラップ踏んで王都に直帰してたのよっ? おかげで迎えにきたアタシは日が暮れるまで無駄に待たされてさ────ちょっと、聞いてるの衛兵さんっ!?」
愚痴りながらウザ絡みしてくる少女に衛兵二人は大人の対応でスルーしているのだが、実はこういうことは割と日常茶飯事だった。
冒険者が王都から離れているような場所のダンジョンに挑むとき、彼女のような【ファストトラベル】使いへ送迎を依頼するのが一般的なのだが、冒険者は攻略の都合上スケジュールが狂うことがしばしばあるからだ。
そしてこの黒髪の少女はよく【レックレス】からの依頼を受けていたのだが、ここ最近は攻略失敗が重なっているせいでスケジュールの遅延が多発するだけでなく、トラップの【強制転移】によってキャンセルされることも多い。
おかげで彼女は機会損失を被ることが増えて稼ぎが減っており、ご覧のようにご機嫌斜めなのであった。
「わざわざこんな僻地を開拓したのに、全然儲けが出ないわ……」
そんな冒険者業界あるあるの愚痴に衛兵二人は辟易とし、ぶちぶちと文句を言い続ける少女が手慰みに自身の髪の毛をぐるぐると指先に巻いている時だった。
不意にダンジョンの扉が開き、中からぞろぞろと冒険者たちが帰還してきた。
衛兵二人が色んな意味でホッと胸を撫で下ろすと、待ちくたびれていた少女はすっくと立ち上がる。
「おっそ〜〜〜〜いっ!! アンタたち、いったいどれだけ待たせるのよっ!? もう今日という今日は遅延金をたんまり払ってもらうんだからねっ!! ────って、なんでそんなボロボロなのよ!? 大丈夫なのっ!?」
溜まりに溜まった怒りを爆発させた少女だったが、這々の体で帰還してきた【レックレス】の面々を前にして感情を一変させる。
心配そうな表情を浮かべて駆け寄る少女に【レックレス】のメンバーが申し訳なさそうに苦笑いをした。
「いやぁ、毎度毎度悪いな。とりあえず今回はご覧の有様だよ。一応全員生還したが、ちょいとブラカスの奴が重症でな。すぐに王都までひとっ飛び頼めるか?」
「あ、命に別状はなさそうね。なら安心したわ。ところで……お金はちゃんと払えるの?」
「心配してるのはそっちかよ……まぁ、払えるけども」
ズタボロな【レックレス】の面々を見渡しながら訝しむ少女に、メンバーはガクリと項垂れながらその場に膝をつく。
「当然でしょ? アンタたちがくたばったらアタシも食いっぱぐれちゃうんだから」
腕組みをして鼻息を荒くする少女の言うことはごもっともだったが、成り行きを静観していた衛兵二人はもう少し手心を加えてやれと思った。
「それじゃあいつも通り料金は前払いでね。それと、まあ、遅延金はまた今度でいいわ。とりあえず、さっさとみんな教会で治療してもらうことね」
「……面目ない。恩に着るぜ」
しかし、なんだかんだ言いながら少女は【レックレス】の惨状に対して代金をまけると、本来の料金だけ受け取って両目をつぶる。
「それじゃあ帰るわよ。衛兵さんたちもお疲れ様です〜」
そして少女を中心に淡い光が溢れ、それが【レックレス】のメンバーをも包み込むと、次の瞬間、彼らは光の粒子の残滓だけを漂わせてその場から消えた。
衛兵二人はその光景に盛大な溜息を吐くと、嵐が過ぎ去ったように静かになった森の中で、粛々と監視を続けるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから一週間後。
王都の中心街で、スキル【ファストトラベル】の使い手である黒髪の少女は、賑わうカフェのテラス席で同業者と午後のひと時を過ごしていた。
「────って言うことがあってさぁ。しばらくは【レックレス】との商売はお預けって感じなの。今まではまぁまぁ稼いでたから優先してたんだけど、今後は様子見って感じかな」
黒髪の少女はグラスに残った琥珀色の液体をストローでかき混ぜながら小さく溜息を吐く。
冒険者や旅人を運ぶことを生業とする【ファストトラベル】使いにとっては、顧客が移動を要しない限り稼ぐ手段がない。
そして、彼女がよく運んでいた【レックレス】は負傷によりしばらく活動休止となり、さらに仕事は減っていた。
「そうなんだ。でも、稼ぎのいい冒険者なんてみんな昵懇にしている『送迎屋』がいるし、かといって冒険者の新人を青田買いするのもねぇ」
「そうなのよねぇ」
同業者の他人事のような相槌に、少女は気にした素振りもなく同意する。実際、そうとしか言えないからだ。
世間では【ファストトラベル】使いは『勝ち組』とされているが、実態はそうでもない。
彼らはスキルで『自身、又は自身と共に行動する者数名』を一瞬で転移させることが可能だが、その便利な能力に対して制約も厳しい。
まず【ファストトラベル】を行使するにあたって必要となるのが、目的地である場所の『ランドマーク』を自分自身で認識すること────つまり目的地へ一度は赴く必要がある。
ここ王都ナイヴェルを例にすれば、王都のランドマークといえば【ナイヴェル城】に他ならない。その【ナイヴェル城】を一度でも認識さえすれば、彼らは【ファストトラベル】によってナイヴェル城前の噴水広場へと転移できるようになるのだ。
それは他の場所でも同様だ。
町や村、ダンジョンなどを一度は訪れる。そして町や村ならばランドマークとなる建物や銅像、ダンジョンならば入り口の外観を認識したら、どこからでもランドマーク付近へ転移が可能となる。
ただし、ダンジョン内から外へ転移はできないし、ダンジョン外から内部への転移も不可能。故に、彼らはそのスキルを『送迎屋』として活用し生計を立てることがほとんどだった。
さらに、同業者は商売敵でもあるため、基本的に【ファストトラベル】使いは【ファストトラベル】使いを転移させない。
なぜなら、ランドマークを認識している場所が多ければ多いほど商売に有利であると同時に、唯一の強みになるからだ。
例えば王都ナイヴェルに飛べない者は皆無と言っても過言ではないが、黒髪少女のように王都から遥か彼方の山奥のダンジョンへ転移できる者は少ない。それが彼女の売りとなるのだ。
しかし遠方のダンジョンは基本的に難度が高い傾向にあり、必然的に需要も減ってゆく。
懇意にしていた高ランクの冒険者が負傷したら、それだけで仕事が減ってしまうのだ。
「でもさぁ、合間に旅人や商人を相手にしたって行ける場所は限られてるし、アタシもそろそろ新規開拓しなきゃいけない頃合いなのかもねぇ」
「そうだねぇ。ウチらは足で稼いでなんぼって面もあるからね」
「都会の往復で十分稼げるアンタは気楽そうでいいわね。まあ【アイテムボックス】使いの客が付くなんて、完全に勝ち組だもんね」
「こらこら、そう言うことを軽々しく言わないの。ま、僻んだって譲んないけどね」
太い客を見つけてホクホク顔の同業者とは違い、先行き不透明な黒髪少女は不貞腐れるようにテーブルに突っ伏す。
そんな少女を見かねてか、同業者は街ゆく人を指差しながら冗談めかして言う。
「まぁまぁくよくよしなさんなって。ほらアレ見てみなよ、南行きの馬車乗り場。あの可愛いオオカミローブの冒険者。あの装備は高いよ。金の匂いがするね。南の街を開拓するついでにお近づきにでもなったら?」
黒髪の少女はそんな言葉にゲンナリとした表情を浮かべつつも、金の匂いと聞いて気になったのか、促されるように首を動かす。
「はぁ……そんな高い装備身に着けてるからって、稼げる冒険者とは限らないでしょ────」
そして、その姿を目にした瞬間に言葉を詰まらせ、徐に立ち上がった。
「え? ちょっと、どうしたの? いきなり立ち上がったらビックリするでしょ……」
「ごめん、アタシ、ちょっと行ってくるっ!!」
「えぇっ!? ちょ、あんた本気で営業かけるつもりなのっ!? って、あんた支払いはっ!? もう、今度会ったら奢りなさいよっ!!」
困惑する同業者の声を振り切って駆け出す少女の顔には、期待と希望に満ちた笑みが浮かんでいた。
それは、新たな金蔓に対するものなのか、はたまた、新たな日常の幕開けを予感してのことなのかは、誰にもわからない。
しかし、彼女の【ファストトラベル】使いとしての日常は、確かに変わろうとしていた。




