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8 転生者の戦い


 その後、晃はダダハの後を必死になって追いかけることになった。とにかく進むスピードが速いのだ。足場や視界の悪さなど苦にもしない獣相手に人間の晃が太刀打ちできるはずがない。何度も離され見失いかけた。

〈貴様はのろまだな。ここまで休息なしについてきたのは褒めてやるが〉

「君たちとは体の構造が違うんだ。少しは配慮してくれ」

 膝に手をやりながらぼやく。ダダハは鼻を鳴らすと、先ほどよりもスピードを上げて走り出す。無言の意思表示に「まったくもう」と晃は漏らし、疲れた体に鞭打って身を起こした。

 そうやって無我夢中で食らいついた分、これまでとは比較にならないほど短時間で多くの距離を稼ぐことができた。太陽が南中から傾きかけた頃には、周囲の景色も変わっていた。雑草の丈がくるぶしほどになり、樹の密度が目に見えて減った。


 そしてついに、森を抜ける。途端、体全体を涼風が吹き抜けていった。したたる顎の汗を拭い、晃は目の前の光景を見た。

 抜けるような青空と薄緑の草原との境が、美しい直線を引いている。そこは見渡す限りの大平原だった。後ろを振り返れば、鬱蒼と茂る森の向こうに険しい山々が壁を作っている。道具も使わず、身ひとつでこの難所を乗り越えたことが信じられなかった。

 ダダハの話では、森と草原との境界線付近に彼らの里があるという。相変わらず晃のペースを無視して走る白フェリテに嘆息していると、突然、ダダハが足を止めた。

〈見つけた、ダダハさん〉

 声と同時に二頭の白フェリテが姿を現す。彼らは嬉しそうに尻尾を振っていたが、晃の姿を認めるとぎょっとしたように耳を立てた。

〈ダダハさん、あいつは誰ですか。この匂い、もしかして転生者では〉

〈そうだ。だが心配するな。危害を加えたりはしない。世界樹誕生の経緯を知っていると言うから、長のところまで連行しているところだ〉

〈ええっ〉

 驚きとともに晃を見る白フェリテたち。その視線はとても友好的とは言えなかった。ダダハの口添えがあったからかろうじて牙を見せていないだけだ。

 ただそれ以上に彼らの様子はどこかおかしい。息遣いは荒く、目は充血し、明らかに興奮している。

 ダダハも不審に思ったようだ。

〈それよりどうしたお前たち。そんなに慌てて、何かあったのか〉

〈あ、はい。そうなんです。火急の報せがあって!〉

 吼えるように告げる白フェリテ。

〈実は先ほど『奴ら』の襲撃があったんです。今、里の皆が応戦しています。僕たち、長からダダハさんに報せるように使いに出されたんですが。ただ、その〉

〈何だ。はっきり言え〉

〈長は、この襲撃に対して守りを固めろとおっしゃっていて〉

 白フェリテ二匹は互いに顔を見合わせ、困惑の声で答える。

〈こちらから積極的に打って出る真似をしてはいけない、けれど、決して敵を戦場から逃してはいけないと。ダダハさん、長はどういうおつもりなのでしょう〉

〈決まっている。それが今の奴らに最も有効な手だからだ〉

〈えっと。すみません、よくわかりません。あんなに暴れ回る奴らを好きにさせていたら、僕たちが圧倒的に不利じゃないですか。それより一気に攻めた方が。数の上ではこっちが有利なんですし〉

〈ま、まだ若いお前らが知らないのも無理はないが、わざわざ長がお前らに伝令を頼んだ意味ぐらいは察しろ〉

〈え?〉

〈守りを固めると言っても楽な仕事じゃない。単に攻めるより神経を使う。そこへお前らみたいな血気盛んな若造が突っこんだら、それこそ無駄死にだ。そうなるのを防ぐために、お前たちを戦場から遠ざけたんだ〉

 ダダハにそう諭され、白フェリテたちはうなだれた。そんな二匹の腹をダダハは通りすがりに尻尾で叩く。

〈落ち込むな馬鹿者。長が配慮してくれたと素直に感謝しろ〉

〈はい。すみません〉

〈よし。じゃあ戦場の位置を教えろ。それが済んだら里に戻れ。いいな〉

 素直にうなずく白フェリテたち。晃はその様子を見て感心していた。どうやらダダハは、彼らの中でも一目置かれる存在らしい。


〈おい。何をぼけっとしている。アキラ〉

 突然名を呼ばれて目を丸くする。

〈貴様は俺と一緒に来てもらう。長と顔を合せる前に、貴様ら転生者がどういう存在か、その目で見てもらう〉

 犬歯を剥き出しにしたダダハに、晃は不安を感じた。

 さらに速度を上げたダダハについて走ること数分。大海原の風浪のように隆起と陥没を繰り返している土地に出る。晃とダダハは、丘の上から戦場を見下ろす位置に立った。


 眼下では今まさに戦いが繰り広げられている。


 複数の大地の窪みに身を潜め、攻撃の機をうかがっている白フェリテたち。晃の目で確認できるだけでおよそ四十匹いた。

 対する転生者はたった三人の少年少女たち。男二人、女一人、みな制服姿だった。

 晃は目をこする。三人の全身を淡い光が包んでいるように見えたのだ。

 彼らは剣で武装していたが、戦い方は晃から見ても素人だった。それぞれ単身で窪みに突撃し、隠れていた白フェリテたちに向かって無茶苦茶に武器を振るっている。

 それでも、負けない。

 剣を一振りするごとに剣先から光が迸り、数メートル先の獲物を巻き込んで一度に吹き飛ばす。転生者が手を振りかざすと、そこから風の刃が迸って離脱中の魔物を切り刻む。

 晃は首筋に汗を滲ませた。

「何だよ、これは。これじゃまるで」

〈アキラ、伏せろ!〉

 ダダハの警告に咄嗟に反応する。視界の端を巨大な光の球体がかすめ、地面に着弾するなり爆発した。衝撃に煽られ晃の体は二転、三転する。

 むせながら身を起こすと、すぐ近くに直径五メートルはあろうかというクレーターができていた。焦げ臭い煙が晃を現実に引き戻す。

〈これは転生者の魔法だ。奴ら、無差別に撃ってきている〉

「本当に、こんな力を、彼らが使った、のか」

 口元に手を当て、晃は顔を蒼くする。

 ダダハは背中の毛を逆立てながら唸った。

〈あそこにいる転生者どもはパレクの世界樹から魔力を奪い、その力を攻撃魔法として使用している。一週間前にも同じように攻めてきた。典型的な質の悪い転生者だ。だが、もうすぐ〉

 風が強くなってきた。

 戦闘によって巻き上げられていた土埃が払われていく。晃はそのとき、新たな土埃が生まれなくなったことに気づいた。

 『魔法』を放ち、光の剣を振るって白フェリテたちを圧倒してきた転生者の様子に変化が表れ始めていた。全身を覆う光に陰りが見え、かざした手から魔法が出なくなる。彼らの眼前に出現した半透明の板は、あれはディスプレイだろうか。しきりに周囲を見回す彼らは、やがて誰からとなく集合していった。

 そして互いに言い争いを始めた矢先――


〈きた!〉


 転生者のひとりが胸を押さえて苦しみ出す姿に、ダダハが口元を歪める。転生者の全身は再び眩く輝き、ほとばしる苦悶の叫びが晃の耳にまで届く。

 直後、転生者の少年の体から無数の光の枝が生え、水晶柱のように屹立し、すぐに光粒となって霧散した。

 転生者はふたりになっていた。

 ダダハが獰猛な唸り声を上げる。

〈これが禁忌を犯した者の末路よ。貴様らが無情にも奪った尊い魔力の代償、その命で払ってもらうぞ〉

「ダ、ダダハ。これは、どういう――」

 声が震えて、最後まで問いかけることができない。

 立ちすくむ晃を尻目に、もう一人の転生者も同じように苦しみ始めた。その苦痛から逃れるためか彼は踵を返すが、すでに白フェリテたちの包囲は完成し、逃げ場を失っていた。

 逃げられないと悟ったのか、転生者の少年は連れの少女に向き直る。指を突きつけ、激しく(なじ)っている様子がわかった。少女は腰を抜かし、しきりに首を横に振っている。

 少年の体から光が溢れ始める。

 少年は剣を振り上げる。

 その先にいるのは、連れの少女。

「や、止めっ」

 晃がかすれた声を上げるのと、少年が剣を振り下ろすのは同時だった。

 爆発音とともに噴煙が上がる。腹に響く衝撃に、晃はその場に伏せた。

 長く尾を引いた爆発音が消え去ったことを確認し、恐る恐る顔を上げる。

 強い風に煙が流された後には、慎重に包囲の輪を縮める白フェリテと、新しくできた大きなクレーターと、そのクレーターの端で斃れ伏す少女の姿だけがあった。


 ダダハが水滴を払うような仕草をする。牙を収めた白フェリテは、いくぶん落ち着いた声で言った。

〈一人残ったか。だがもう長くはないだろう。後は仲間がうまくやってくれる。俺の牙でとどめが刺せないのは残念だが、な。おいアキラ、行くぞ。ここでの戦闘は終わった。これから貴様を長のところへ〉

「待って」

 現場から目を離せないまま、晃は大きく息を吸い込んだ。

「あの子のところへ、行かせてくれないか」

〈駄目だ〉

「まだ生きてるかもしれないだろ!?」

〈息があれば殺すだけだ。俺たちはそのためにあの場に立っている〉

 ダダハと睨み合う。晃は、自分でも言い様のない感情に突き動かされ、走り出した。

〈待て、アキラ〉

 ダダハの制止を無視し、丘を下る。

 晃の姿に気づいた白フェリテたちが一斉に警戒姿勢を取るが、晃が血走った目で「頼む、通してくれ!」と叫ぶと、彼らはその気迫に押されるように引き下がった。

 ぼろ雑巾のように横たわる少女の傍らに(ひざまず)き、その体を抱え上げながら周囲の白フェリテに訴えかける。

「みんな! 力を貸してくれ!」

〈アキラ、馬鹿な真似はよせ〉

 ダダハが仲間をかき分けて走ってくる。今にも噛み付きそうな表情だった。

〈そいつは間違いなく敵だ。お前も見ただろう。俺の同胞が何人も殺されている。それだけじゃない。そいつは放っておけば世界樹を枯らす存在なんだぞ〉

「だからって――ッ!」

 晃は歯を食いしばった。肩で息をしながら、抱きかかえた少女を見る。両腕に感じる重さは本物だった。決してゲームや虚構の産物ではない。

 煙たい空気を吸い込み、吐く。少女を支える手に力を込めた。

「ダダハ、お願いだ。この子を君の里まで連れて行ってくれないか。俺と一緒に」

〈なんだと〉

「俺にとって初めての転生者なんだ。この子から話を聞きたい。俺の目的を達成するためには、とにかく情報が必要なんだ。頼む」

 晃は頭を深く下げた。しばらく晃を睨め付けていたダダハは、苛立たしげに唸った。

〈これまでの戦闘を見る限り、そいつの命はどうせ長くない。無駄になるだけだぞ〉

「頼む」

 再度、(こいねが)う。ダダハは周囲の仲間と相談し始めた。そして、一匹の白フェリテが近づいてきて、少女の体を自らの背に乗せた。

 喜色を浮かべる晃に冷や水を浴びせるように、ダダハは冷ややかな視線を向けた。

 無言の圧力が、晃の四方からかけられた。



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