7 彼らにとっての世界樹
ダダハに連れられ、森の中を歩く。どうやら一番体格が良い彼がリーダーのようだ。ダダハを先頭に他の白フェリテたちは菱形の隊形を作っていた。晃はその中心を歩くよう強制され、白フェリテたちの厳しい視線に晒され続けている。
〈つくづく変わった奴だな〉
息が詰まると感じ始めた頃、突然ダダハが言った。振り返った彼は不機嫌そうに尻尾を振っている。
〈こっちはいつ背中を襲われるかと神経を尖らせているというのに、貴様からはまったくその気が感じられない〉
心外だと晃は思った。彼らの言を信じて大人しく従っているのに、揶揄されたようで気分が悪かった。
「ついてこいと言ったのは君たちだぞ。それに、この状況で俺にどうしろと言うんだ」
〈貴様、本当に転生者か?〉
ダダハが足を止めて尋ねてきた。晃は腕を組む。改まってそう聞かれると、素直に「そうだ」と答えるのは憚られた。転生したことも、得体の知れない土地をこうして歩いていることも、晃が望んだ結果ではないからだ。
同時に、どうしてそこまで彼らが警戒するのか逆に疑問に思えてきた。
「俺から見れば君たちは十分強いし、知恵もある。いくら転生者と言っても、もともとはただの人間のはずなんだ。俺みたいに。どうしてそこまで怖れるんだ」
〈怖れるだと?〉
再び犬歯を覗かせるダダハに晃は肩をすくめた。こうして恫喝されてもさして驚かなくなっている自分に内心で驚く。感覚が麻痺しているのだと晃は思った。
ダダハは言った。
〈怖れるのではない。憎んでいるのだ〉
「え?」
〈我ら白フェリテにとって、いや、この世界に生を受けた人ならぬものにとって、転生者は親殺しにも等しい敵だ〉
ダダハがゆっくりと近づいてきた。全身の毛は逆立っておらず、苛烈な台詞の割には落ち着いていることが見て取れた。
〈だが何事にも例外がある。貴様がその例外にあたるかどうか、正直、俺には判断がつかない。貴様のおかしな姿を見てしまうと、どうしても迷ってしまうのだ〉
「例外と言われても、俺には何のことかわからない。教えてくれないか。君たちから見て転生者がどんな存在なのか。もしそれが理解できれば、君たちに協力できるかもしれない」
〈協力?〉
「例外なら、君たちと敵対する必要はないんだろ?」
ダダハが黙り込む。晃はさらに詰め寄った。
「前も言ったように、俺には救いたい人がいる。その人は世界樹だ。だから世界樹に害をなす存在がいるのなら、俺はそれを止めなきゃいけない。逆に、君たちが世界樹を守る存在ならば、ぜひ力を貸して欲しいと思ってる」
異世界の狭間で世界樹となっていく姫理の姿を思い出し、晃は拳を握りしめた。
「このままには、しておけないんだよ。どうしても」
ダダハは嘆息した。
〈いいか、転生者とは莫大な魔力と圧倒的な能力を持った連中のことだ。その力の源は世界樹。奴らは世界樹から魔力を奪うことによって、その強さを維持している。生きるためじゃない。強くなるために奴らは力を奪う。ゆえに、転生者は『害』だ〉
貴様も同類だぞ、と言わんばかりにダダハは晃を見上げる。
〈我らの存在は世界樹に依存していると言っても過言ではない。世界樹が生み出す魔力に我らは生かされているのだからな。我らにとって世界樹は親であり故郷。それを踏みにじる転生者どもを許せるわけがないだろう〉
「でもダダハは例外があると言った。その意味っていうのは?」
〈世界樹はな、貴様ら転生者しかなることができないんだ。この世界の生き物がどんなに努力したところで、世界樹そのものを生み出すことはできん。それだけの力は我らにないのだ。我らは世界樹を守ると同時に、世界樹となり得る転生者を守らねばならん〉
ダダハは鼻で息を吐いた。自分たちの境遇を皮肉っているようにも見えた。
晃の頭に浮かんだのは『神』の嫌な笑みだった。『神』は晃だけでなく、クリスレグラに生きる者たちにも矛盾と理不尽に満ちた使命を負わせている。
〈もっとも、俺がこの世に生まれてから一度たりとも、世界樹となり得るような輩に出逢ったことはない。聞いただけの話だ〉
「じゃあ世界樹はすべて、もともとは人間?」
〈そういうことになるな〉
晃は服の上から世界樹の葉に触れる。姫理が世界樹となる様を実際に見た人間として、ダダハの話は信じるしかない。同時に、『神』が何度も繰り返し口にしていた『晃は特別』という言葉が実感を伴ってくる。それは不快で怖ろしい感覚だった。
ふと、世界樹の葉が熱を持った気がした。急いで胸元から取り出すと、表面の葉脈が細かく振動していた。だが文字を形作るまでは至らず、やがて動きは収まってしまう。姫理が自分を励まそうともがいているように思えて、晃は世界樹の葉を額に押し当てた。
〈おい貴様。ちょっとそれを見せろ〉
胸に重さを感じる。ダダハが前脚を晃の胸について立ち上がっていた。彼の鼻先は世界樹の葉に向けられている。
〈驚いたぞ。この感じ、本物の世界樹の葉だ。しかもまだ力を持っている。そうか、どうりで匂いが違うと思ったら、そういうことだったのか〉
「ダダハ、重い。降りて」
〈やかましい。おい、この世界樹があるのはどこだ。どのくらいの距離にある〉
血走った目つきに一瞬躊躇するが、腹を決めて告げる。
「ここからずっと北に行った場所だ。周囲に浮遊群島がある。正確な距離はわからないけど、ここまで俺の足で三日ほどだった」
〈よし。聞いたなお前ら。北に向かってくれ。俺はこいつを長のところまで連れていく。そちらは頼んだ〉
ダダハの言葉に白フェリテの仲間たちはうなずき、駆け出した。あっという間に視界から消え、後には晃とダダハだけが残される。
陽光に照らされ、その入り組んだ姿を見せる森を見据えながら、晃は尋ねた。
「あんな漠然とした情報でよかったのか?」
〈馬鹿にするな。我らは世界樹の位置を感じ取れる。世界樹が誕生したのなら我らにとって大きな報せだ。仲間も慎重になる。それより、貴様にはさらに聞かなければならないことが増えたな。世界樹を守るため、利用させてもらうぞ〉
「利用、か。でもいいのかい。それだったら俺を監視するための頭数が必要なんじゃ」
〈それは皮肉か貴様? それとも転生者特有の余裕という奴か?〉
そんなつもりじゃないけど、とつぶやくと、ダダハは鼻から息を吐いた。穏やかな笑みを浮かべたように見えた。
〈安心しろ。もうお前を取って食おうとは思っていない。世界樹が無事なのはその葉を見ればわかる。呆れるほど花畑な貴様の思考はいただけないが、少なくとも世界樹に手を出すつもりはないということは信じてやるよ。アキラ〉
そう言ってダダハは尻尾を振った。




