あの日の後の二人の時間
12年も前に完結しているお話が電子書籍化しましたよー!の宣伝小話です。
レースのカーテンごしに真っ白な朝日が差し込んできた。
いつもと同じ時間に目を覚ましたミリーナは、ベッドの上で大きく伸びをしてから身体を起こす。
まだぼんやりとする頭に思い浮かぶのは、昨日と同じこと。
(どっちが夢で、どっちが現実なんだろう……?)
いつもと変わらない部屋の中で、夢のような出来事を思い浮かべた。
自分には縁も所縁もないと思っていた、王子様の花嫁探し。
最後の最後で赴いて、思ってもみなかった姿を目にして、そして気持ちを伝えられ、答えた。
初めて好きになった人に同じ思いを持ってもらえただけでも信じられないのに、それがこの国の王子様だなんてどんなおとぎ話だろう。
しかし、まさしくその物語の主人公になってしまったミリーナは、気持ちと現実の差について行けていなかった。
「……起きよう」
寝起きの良さは変わらず、しっかりとした足取りで洗面台にいくと、冷たい水をばしゃばしゃかけて顔を洗う。
寝癖のついた髪をきっちりと結ぶと、ようやく夢見心地から現実へと戻ってこられた。
そのまま郵便受けに向かうといつもの新聞が入っている。
朝の風を感じながら広げてみると、紙面には黒髪の青年の姿が大きく映っていた。
選出の議が終わって三日が経っても話題が冷めることはない。
今まで秘密にされてきた大鷲の君が、結婚という吉事とともに姿を見せたのだ。
新聞社も当初の間違えを挽回すべく、全力で王子の記事を量産しているらしい。
と、いうことは……。
「もぉぉ……どうしてわたしの写真まで載せちゃうの……!」
選出の議の夜、アルフリッドと二人寄り添った姿など格好のネタになってしまっていた。
これが他人だったら、きっと自分だって話題にして楽しんでいただろう。
そう分かっているからこそ気持ちのぶつけようがない。
パンとお茶だけの簡単な朝食で気を紛らわせ、八つ当たりのようにぞうきんを手に取った。
部屋と食堂の掃除をし、シンクをぴかぴかに磨き上げたところで、日差しはまだまだ高いままだ。
(わたし……お店を始める前はどうしてたんだろう)
考えてみたものの、生まれた時から両親は食堂を営んでいたのだ。
お店を開けない日々というものがそもそも存在していなかった。
いつもなら忙しく料理の仕込みをしているはずなのに、今はすることが何もない。
新聞の広告を読んだものの、店を開くあてもなく行ったところで意味はないだろう。
カウンターの椅子に腰掛けたミリーナは、遅々として進まない時間を持て余していた。
そんな時だった。閉店中の札がついている扉が開かれ、チリンとベルが鳴る。
誰かと顔を向けると、思わず目を大きくしてしまった。
「アルフさん!」
見慣れていた外出着とも、豪奢な儀礼服とも違う、簡素ながら華やかさを持った服は、アルフリッドの平服なのかもしれない。
椅子から立ち上がって駆け寄ると、アルフリッドはふっと口元を緩めた。
「やっぱり、こっちにいたんだな」
「あ、裏門のほうから来てくれたんですか? すみません、いつもこっちにいたから……」
「それを言われると、俺もこちらのほうが慣れているな」
なんでもない話をしながら、数日の間によく座っていた席へと腰掛ける。
ミリーナも向かいに座り、癖で作ってしまったお茶をカップに注いだ。
(こうして向かい合っているのも、嘘みたいな話だもんね……)
イートリア国の王子様。大鷲の君・アルフリッド。
そんな、国民の誰もが知ることになった人物と結婚するだなんて……。
「疲れていないか?」
ぼうっとしているミリーナに、アルフリッドは気遣わしげに問いかけてきた。
そんなにも呆けていたのかと慌ててしまうが、続く言葉にそうではないと気づいた。
「昨日、王宮に招いてしまっただろう。必要なことだったとはいえ、ミリーナの負担になったんじゃないかと思って」
「えっと……あはは」
選出の議から二日後。
ミリーナは国王夫妻から王宮へと招待された。
義理の父母となる相手だというだけでも緊張するのに、馬車で運ばれて着いた場所にまで驚かされてしまった。
あんなにも煌びやかな場所がこの世にあったのか。
真っ赤な絨毯や細かな彫刻を施された壁や柱。
天井には緻密な絵が描かれていて、柔らかな日差しを受ける窓ガラスは人の背丈よりも大きかった。
謁見の間と呼ばれるこの部屋の維持だけでも相当な手間がかかっているに違いない。
そんな庶民的な感想だけが頭を巡ってしまい、話がうまく頭に入ってこなかった。
しかし、このまま王宮の客間で暮らしていいと言われた時には思わず首を振っていた。
こんな煌びやかな場所では身も心も休まらないだろう。
相手も分かっていたのか、二人の新居の準備ができるまで今のまま暮らしていいと言われ、安堵していたはずなのに。
がらんとした店に目を向けると、どうしようもない気持ちが湧き上がってくる。
「……窮屈な思いをさせて、すまない」
躊躇いがちなアルフリッドの言葉に、ミリーナはハッと視線を戻す。
どこか寂しげに見えるのは、窓から差し込む日差しのせいだけではないのだろう。
がらんとした店内に寂しさを覚えるのはミリーナだけではないのだ。
少しぬるいカップに口をつけ、慣れた味をゆっくりと口に含んだ。
気づいていなかったのだが、ミリーナには選出の議の直後から護衛がついていたらしい。
何の気なしに買い物に行った時、新聞でミリーナの姿を知った人々がわっと賑わった。
しかし彼らが近づくことはなく、さっと現れた護衛たちによってあっさりと散らされてしまったのだ。
今だって店や家の出入り口にはさりげなく人員が配置され、守られていることだろう。
自分が動くと多くの人に伝わってしまい、それに対応しなければならない人も増える。
本当に環境が変わってしまったのだと痛感し、庭より外に出ることが躊躇われてしまった。
そんな変化に対し、アルフリッドはもちろん気づいていたし、カインとあってはそれを手配する側の立場だという。
やっぱり住んでいる世界が違うと思ったのだが、これからはそうも言っていられない。
そっとカップをテーブルに置くと、握った手がふわりと包まれた。
いつもだったら、こんな場面を見た常連客が大騒ぎしていたところだろう。
しかし、店内に響くものは何もない。
固く大きな手の平に包まれながら、黒の中に見える青色に視線を合わせた。
「ミリーナの大切な場所を奪って、すまない。だが……俺は、ミリーナと共にいたい」
申し訳なさそうな顔の中にも強い光がある。
最終日の夜、湖の畔で向けられた瞳。
とてもきれいで、とても熱い。
優しいだけじゃない、強い意志を持っている。
そんな彼に求められることが嫌なはずがないのだ。
きっと、食堂を続けることは難しいのだろう。
両親から受け継いだ大事な場所。
ずっとずっと守り続けると思っていた。
けれど、それでも自分はアルフリッドといたいと思ったのだから。
「わたしも……アルフさんと、ずっと一緒にいたいです」
その言葉に、アルフリッドの腕がぴくりと震える。
この人は、自分の言葉や行動で、こんなにも翻弄されるのか。
そんなことに気づき、ミリーナはほんの少しだけ胸が躍る。
真面目で、責任感が強くて、少し自虐的で。
いつも気苦労を抱え、とても重いものを背負っている。
よく見てみると、長い指が強ばっているのが分かった。
力が入った指をそろりと撫でてみると、ふっと緩んでいく。
「パーティ、しませんか?」
突然の問いかけに、アルフリッドの目が丸くなった。
きょとんとした顔は、年上の男性に言っていいかは分からないが可愛らしい。
ミリーナはそんな顔をのぞき込みながら、笑みを浮かべた。
「サリーとカインさんと、あと常連のみんなも誘って。わたしの旦那様をみんなに紹介させてください」
そう言ってみると、アルフリッドは一瞬目をみはり、ふっと表情を綻ばせた。
「俺の妻は、健気で可愛いな」
「な……っ、い、いきなりなんですかっ!? 変な冗談は……」
「冗談なんかじゃない。こんなに細い身体で、儀式の場にまで来てくれたじゃないか」
アルフリッドは椅子から立ち上がると、ミリーナの前に膝を落とす。
いつもと違う見下ろす光景は落ち着かず、けれど逃げることもできない。
「壇上でミリーナの姿が見えた時、俺の願望が見せた幻かと思った。
緊張で震える手を握りたかったし、こわばった身体を抱きしめたかった」
そう言って、握ったままの手をアルフリッドの頬にすりっとこすられる。
甘やかな温度と空気に、ほうっと吐息が漏れた。
「あの時、儀式の場に来てくれて、ありがとう。お前にふさわしい夫でいられるよう、生涯努力する」
月明かりの下で見るアルフリッドは神秘的だったが、日の光の下でだって美しい。
見とれているうちに手を引かれ、距離が縮まる。
身体が、顔が、少しずつ近づく。
まずはどこと触れあうのだろう。
胸が苦しくなって目を閉じた時、扉のベルがチリンと鳴った
「おいおいアルフー、政務ほっぽってイチャつきにきたのかー?」
同時に聞こえた明るい声にパッと身を反らすと、アルフリッドも慌てて立ち上がっていたらしい。
あっという間に広がった距離に、来訪者であるカインは気まずそうな表情を浮かべていた。
「うわごめん、本当にイチャついてるとは思わなくて。続きどーぞ?」
ありえない発言に咳払いで返したアルフリッドは、元いた椅子に少々乱暴に腰掛けた。
「仕事は終わらせた。お前こそ、勝手に出てきたら宰相に叱られるぞ」
「王子の護衛って言ったから問題ない」
「護衛だというならちょうどよかった。これから買い出しだからついてきてくれ」
「えー? 口実を現実にするのやめない?」
ぽんぽんと続く軽口は二人の仲を表しているようだ。
しかし、それに寂しさを感じることはない。
アルフリッドの少し長い髪の間から見える耳は赤く染まり、頬も日差しとは違う色を帯びている。
自分といたからこそ見せた変化を前に、ミリーナは同じ色になっているであろう頬を押さえる。
じゃれ合いのような口論を済ませると、アルフリッドがこちらに振り返った。
「行こう、ミリーナ」
向けられた笑みと、大きな手の平。
導かれるように手を伸ばし、そっと握ってみる。
(きっと……大丈夫)
寂しい時だって、困った時だって、苦しい時だって、この温度を思い出せばいい。
楽しい時や、嬉しい時や、幸せな時も、またこの温度を感じよう。
「はいっ、アルフさん」
温かな手をしっかりとつなぎながら、開かれた扉へと足を向けた。
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