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「役立たず」と捨てられたダンジョン管理人の俺、最弱ダンジョンを改造して人類未到達の超絶難易度テーマパークに作り替えてしまう  作者: まつたけひめ
第1章

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20/26

第20話 剣聖専用エリア、開幕


 朝日が昇ると同時に、ガルムは待ちきれない様子で新しい試練エリアの入り口に立っていた。


 「よし、準備はできてるな坊主?」


 「ああ。ルナリア、アナウンスの準備を」


 「かしこまりましたわ」


 観覧スタンドには、既に多くの観客が詰めかけていた。昨日のうちにシルフが噂を流したのか、それとも常連客たちが口伝えに広めたのか、普段の倍近い人数が階段席を埋め尽くしている。中には、隣領から足を運んできたらしい旅装束の客の姿もあった。


 「本日はいよいよ、当施設の安全指導員兼筆頭テスター、ガルム様による新エリアの初挑戦をお届けいたします。名付けて――『灼熱回廊・試練の坩堝』」


 ルナリアのアナウンスに合わせて、水晶パネルに新エリアの全景が映し出される。複雑に絡み合う足場、赤く発光する警告表示、そして遠目にも分かるほど密集した仕掛けの数々に、観客席からどよめきが起こった。


 「なんだあれ、足場の数がえげつねえぞ」


 「これ、本当に人が渡れるのか……?」


 困惑と期待の入り混じったざわめきの中、ガルムは大剣を担ぎ直し、不敵な笑みを浮かべた。


 「上等だ。この程度で音を上げるようじゃ、剣聖の名が廃るってもんよ」


 観客席の最前列では、リクたちがすでに拳を握りしめて応援の準備をしていた。


 「ガルムさん、頑張れー!」


 エマが声を張り上げると、周囲の観客たちも次々とそれに続いた。初めて訪れた客も、常連客の熱気に釣られるようにして声援を送り始める。会場全体が、まるで一つの生き物のように高揚していくのが分かった。


 ゼノンは指揮台に立ち、権限ウィンドウを展開しながら小さく呟いた。


 「さて、どこまでやれるか見せてもらおうか」


 彼の指先が空中の光る文字盤に触れると、新エリア全体にわずかな魔力の脈動が走った。仕掛けの起動準備が整った合図だった。空気そのものがぴりりと張り詰め、これから始まる試練の重さを予感させていた。



    



 試練が始まると、エリア全体の空気が一変した。


 最初の区画は、落下と同時に方向が反転する足場の連続だった。ガルムが足を乗せた瞬間、足場が九十度傾き、彼の巨体が横向きに投げ出される。とっさに大剣を突き立てて体を支えたものの、体勢を立て直すまでに数秒を要した。


 「くそ、いきなりかよ!」


 「まだ序の口だ」


 ゼノンの声が、スタンド脇の指揮台から静かに響く。権限ウィンドウを通じて、ガルムの動きに合わせてリアルタイムで仕掛けを調整しているのだ。単なる固定された罠ではなく、挑戦者の実力を見極めながら難易度を変化させる、まさに生きたダンジョンだった。


 次の区画では、視界を遮る色付きの煙幕が唐突に立ち込めた。ガルムは咳き込みながらも、気配を頼りに足場を探り当てていく。


 「見えなくても、勘だけは鈍らせねえぜ!」


 その言葉通り、彼は煙幕の中でも見事に足場を渡り切ってみせた。観客席から歓声が上がる。


 「すげえ! 目を瞑ってても平気なのかよ、あの人!」


 「さすが元S級……!」


 しかし、続く区画では、ガルムの得意な力任せの突破が通用しない仕掛けが待ち構えていた。幻惑の霧が漂う一角で、複数の分身のような幻影が同時に出現し、正しい道を惑わせてくる。


 「なんだこいつら……! どれが本物の足場だ!?」


 ガルムは苛立ちながらも、大剣の柄で足場を叩いて確かめる方法に切り替えた。硬質な音の違いを頼りに、一つ一つ着実に本物を見極めていく。荒々しい見た目に反して、意外なほど繊細な判断力を発揮していた。


 「おいおい、脳筋のはずなのに、やることが妙に丁寧じゃねえか」


 観覧スタンドの隅で、シルフが感心したように呟く。ゼノンもまた、その様子を興味深く見守っていた。


 「戦場で培った経験は、伊達じゃないということだろう」


 試練は次第に速度を増していった。次の区画では、足場そのものが縮小と拡大を繰り返す仕掛けが待ち受けていた。狭くなった瞬間に踏み外せば、確実に下の冷水プールへと真っ逆さまだ。ガルムはタイミングを見計らいながら、大きく踏み込んでは着地の瞬間に体を丸め、なんとか足場の中心を捉え続けた。


 「くそ、忙しねえな! だが、これくらいこなせなきゃ話にならねえ!」


 彼の額から流れる汗が、陽光を受けてきらりと光る。観覧スタンドの空気は、いつしか単なる見世物を眺める空気ではなく、真剣勝負を見守る緊張感に変わっていた。



    



 試練が中盤に差し掛かった頃、ガルムの息は次第に荒くなっていった。全身は汗と煙幕の残滓にまみれ、外套はところどころ焦げ跡が付いている。それでも彼の目には、諦めの色など微塵も見えなかった。


 「はぁ……はぁ……。まだだ、まだ終われねえ」


 彼は大剣を杖代わりにして体を支えながら、次の足場へと視線を向けた。そこには、これまでで最も複雑な仕掛けが待ち構えていた。回転する足場と、周期的に切り替わる重力方向、そこに追い打ちをかけるように、次々と飛来する光弾――全てが同時に発動する、まさに集大成とも言える区画だった。


 観覧スタンドは、固唾を呑んで見守っていた。誰かが小さく息を呑む音さえ聞こえるほどの静けさが、一瞬だけ広場を包んだ。


 「行くぜ……!」


 ガルムは大きく息を吸い込み、渾身の力で足場に飛び込んだ。回転する足場の上でバランスを取りながら、切り替わる重力に合わせて体重を移動させ、飛来する光弾を大剣で薙ぎ払っていく。その動きは、もはや戦士の技というより、一種の舞のようだった。


 一撃、また一撃と光弾を弾き返すたびに、彼の額から汗が飛び散る。観客の誰もが息を詰め、その動きから目を離せなくなっていた。シルフは水晶パネルの角度を微調整しながら、この一瞬を逃すまいと必死に映像を追いかけていた。


 「うおおおおお!!」


 雄叫びとともに、彼は最後の足場を踏み越え、ついにゴール地点へと辿り着いた。次の瞬間、観覧スタンド全体が割れんばかりの歓声に包まれた。


 「やったぞ! 突破した!」


 「すげえ、本当に突破しちまった!」


 拍手と歓声が鳴り止まない中、ガルムは大剣を地面に突き立て、荒い息を吐きながらも満面の笑みを浮かべていた。



    



 「感情マナの回収量、過去最大を記録しましたわ」


 ルナリアが興奮気味に報告する。ゼノンは記録を示す数値を確認しながら、静かに頷いた。


 「予想を上回る結果だ。挑戦者本人の達成感、観客の興奮、両方が最大限に噛み合った結果だろう」


 感情マナの数値を示す羊皮紙には、これまでの記録を大きく塗り替える線が描かれていた。単純な恐怖や驚きだけでなく、長時間の緊張と、それを乗り越えた末の達成感――複雑に絡み合った感情ほど、質の高いマナに変換されることが、これまでの運営で分かってきていた。


 「あたしの映像技術のおかげでもあるけどね!」


 シルフが胸を張って割り込んでくる。ゼノンは苦笑しながらも、素直にその功績を認めた。


 「否定はしない。今回の映像の鮮明さは、これまでで一番だった」


 「でしょ!」


 シルフは満足そうに水晶パネルの調整レバーから手を離し、額の汗を拭った。彼女にとっても、今回の配信は技術者としての大きな手応えを感じさせるものだったのだろう。


 「次はもっと視聴者を驚かせるような演出も考えてみようと思うんだ。例えば、挑戦者の心拍数を色で表示するとか」


 「心拍数を、映像に?」


 「そう。緊張してる時は赤く、落ち着いてる時は青く光らせるの。見てる人にも、挑戦者の緊張感がもっと伝わると思わない?」


 その発想に、ゼノンは思わず感心した。技術者としての探究心は、留まるところを知らないようだった。


 「面白い。ただし、挑戦者本人の許可は必ず取ること」


 「もちろんだよ。そこは支配人のルール、しっかり守るから」


 ガルムが息を整えながら近づいてきた。汗だくの顔には、達成感と、まだ物足りなさそうな表情が入り混じっていた。


 「坊主、次はもっと厳しいのを頼むぜ。今のままじゃ、俺様もそのうち飽きちまう」


 「注文が多いな」


 「贅沢言ってすまねえな。だが、これが俺の性分だ」


 ゼノンは肩をすくめながらも、内心では次の仕掛けの構想を早くも巡らせ始めていた。この施設は、常に進化し続けなければならない。挑戦者の成長に合わせて、ダンジョンもまた成長していく――それこそが、深遠のアミューズメント・グラウンドの真髄だった。


 「次はもう少し時間をかけて設計させてもらう。付け焼き刃で作ったものより、じっくり練り上げたものの方が、あんたも満足するだろう」


 「おう、楽しみに待ってるぜ。……にしても」


 ガルムはふと表情を和らげ、周囲を見渡した。観覧スタンドではまだ興奮冷めやらぬ観客たちが、口々に今日の攻略について語り合っている。


 「こういう賑わい、悪くねえもんだな。戦場の熱狂とはまるで違うが、これはこれで、胸が熱くなる」


 その言葉に、ゼノンは小さく頷いた。命を懸けた死闘の代わりに、笑いと達成感で満たされる熱狂――それこそが、自分が追放されてから作り上げたいと願っていたものだった。



    



 その夜、噂は瞬く間に周辺一帯に広がっていった。元S級冒険者が新しい試練エリアを突破した話は、旅の商人たちを通じて隣領へ、さらにその先の国境近くの町々へと伝わっていく。


 王都の片隅、ある貴族の邸宅では、若い令嬢が召使いから届けられた噂話に目を輝かせていた。


 「まあ、そんなに面白いダンジョンがあるの? ……ねえ、今度こっそり見に行ってみたいわ」


 その呟きは、まだ誰の耳にも大きくは届いていなかった。だが、深遠のアミューズメント・グラウンドの評判は、確実に、そして着実に、国境を越えて広がりつつあった。


 令嬢の傍らに控えていた侍女が、心配そうに眉をひそめた。


 「お嬢様、そのようなお話、旦那様がお聞きになったら、きっとお叱りを受けますわ」


 「あら、だからこっそりって言ったでしょう? 誰にも見つからないように、うまくやるわ」


 令嬢は悪戯っぽく笑うと、窓の外を見つめた。噂に聞くその施設が、一体どれほどの熱狂を生んでいるのか、想像するだけで胸が高鳴るようだった。この小さな好奇心が、やがて大きな出来事に繋がっていくことを、彼女自身もまだ知る由もなかった。


 広場では、疲れ切ったガルムがミシェルの作った特製シチューを頬張りながら、リクたちに今日の武勇伝を語って聞かせていた。


 「な、聞いてくれよ、あの回転足場のところなんてよ――」


 彼が身振り手振りを交えて語る様子に、リクたちは目を輝かせながら聞き入っていた。ダンなどは、まるで自分のことのように誇らしげに相槌を打っている。


 「マジですか! それ、映像でも見ましたけど、実際に近くで聞くとまた迫力が違いますね!」


 「だろ! あの瞬間はな、正直死ぬかと思ったぜ! だが死なねえのがこのダンジョンのいいところだ、はっはっは!」


 ガルムの豪快な笑い声に、周囲のテーブルからも次々と笑い声が重なっていく。ミシェルが追加のシチューを運びながら、微笑ましそうにその様子を眺めていた。


 「今日はよく食べる殿方が多いこと。お代わり、まだまだあるからね」


 「おう、ありがてえ! 今日は腹が減って仕方ねえんだよ!」


 少し離れた席で、ゼノンはエールの入った杯を傾けながら、その賑やかな光景を眺めていた。傍らに座るルナリアが、静かに口を開く。


 「今日一日で、感情マナの蓄積量が過去最高を記録いたしましたわ。この調子でいけば、次の階層拡張も予定より早く着手できそうですの」


 「悪くない報告だ」


 「ええ。……本当に、悪くありませんわ」


 ルナリアの声には、どこか誇らしげな響きが混じっていた。


 賑やかな笑い声が、夜の帳が下りた広場に、いつまでも響き渡っていた。深遠のアミューズメント・グラウンドの第二章は、こうして着実に、その熱を増していくのだった。

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