94 アルトの用事④
「にしても、これ踏んだらどうなると思う?」
アルトは剣を手で遊びながら真下の黒いシミを見据えてせせら笑う。それに対し、ウィズはため息をついた。
アルトもわかっているはずだ。動物たちの変死体を調査しに向かわせた者たちがどうなったのか、なんて。
「アルトさんが精神錯乱したら置いて帰っていいですか?」
「そこは持ち帰ってくれ」
ウィズの真面目な返答にアルトは予定調和の如くやれやれと手をやって答える。
調査員たちは中身を抜かれることなく、精神錯乱のみの結果ですんでいる理由は種族に関係していそうだ。パッと思いつくのは『黒いシミ』は人間をコピーすることができない。だから中身を抜いても意味がなかった、という推測だ。
しかしそれでは精神錯乱の原因が置いてけぼりになる。故にとりあえずの推測になるだろう。
「……とりあえず封印する方向でいきますか」
「そうだね。こんな生物初めてみるし……」
二人の視線が真下のシミに向かった。が、その最中にウィズは違和感を覚える。
(……?)
何だろうか、黒いシミから感じる気配が増幅しているように感じたのだ。見る限りシミの広がりは大きくなっていない。それなのに、気配だけが独り歩きするように感じ取りやすくなっていた。
――そう、感じ取りやすく。
「……っ!」
ウィズは突然目の前に現れた黒い突起に目を見開き、すぐさま乗っていた枝を蹴って違う木に上へと跳びさった。目の前に現れた黒い突起はウィズのいた場所へ突っ込み、その場を破壊する。
「影から……!」
突然現れた黒い突起――それはウィズの影から伝って出てきたものであった。新たに乗った木の上から、さっき乗っていた木の根元をよく見る。
さっきいた位置からは見えないところで、黒いシミから木の上に向かってシミが伸びていた。それは木の影を伝い、木の根元まで線となっている。さっきはその先にウィズの影があり、そこから攻撃してきていた。
「ふむ。黒いシミというよりは、影というわけか」
ウィズへの攻撃を見ていたアルトが興味深そうにぼやく。そして次の瞬間には口元を緩めた。
そして。
「――もっと踏んでみたくなるじゃないか」
アルトは木から飛び降りた。
「……は?」
ウィズは思わず真顔でその行為に口を開いた。
アルトが落ちるその先には例の黒いシミがある。アルトはあえて、そのシミ――もとい、影の中へ降り立つつもりなのだ。
(クソが……!)
ウィズは気休め程度に手を伸ばすが届くはずもない。そもそも今の距離からでは間に合わない。ウィズは内心で舌打ちした。
アルトが何故謎の生命体の中心に飛び込もうとしたとかの理由はどうでもいい。ウィズが懸念しているのはその結果だけだ。
もしこの行為でアルトに何かあったらウィズにはどうしようもない。護衛から外され屋敷からは追い出されるに違いなかった。それでは今までの苦労が水の泡だ。
――アルトの足が黒いシミの上についた。軽々と着地してみせたアルトは依然薄い笑みを浮かべていた。まるで楽しんでいるかのように。
直後、黒い影がアルトの周りに凸出した。アルト囲みように出てきたそれらは形を鋭利なものに変えて、一斉にアルトへ向かう。
「……っ!」
次にウィズが見たのは宙に舞った影のカケラであった。アルトは向かってきた影の刃を目にも止まらないほど速い斬撃で斬り取ったのだ。
ウィズはその姿に美しさを感じてしまった。フィリアの力任せの斬撃とはまた違う、力を全て一閃にまとめきって放たれたそれは実に洗練されていた。
同時に安堵もする。あの影の生命体の攻撃手段が影による攻撃であったからアルトは無事でいられたのだろう。もし『影』という性質を活かして、他者の影に干渉して本体に影響を与える能力を持っていたら危険であった。
アルトは剣を片方に持ったっまま、宙へ飛んだカケラの一つをもう片方の手で取った。
「へぇ」
黒いカケラを掴み取って観察したアルトは目を細める。
その間にアルトの下にある黒い影はゆっくりとアルトから脱げるように動き出していた。
「ほら」
それに気づいていながらも、アルトはウィズへ手に持ったカケラを投げつけた。ウィズはそれを唖然とした顔で受け取る。
「……これは」
ウィズはそれを唖然としたままアルトを見つつ手に取るや、その材質にハッとする。
「魔力の塊だ……。心臓のように脈をうって……いや徐々に弱く……」
それ確かに実体があった。そしてその全てが魔力で構成されている。魔力によって具現化しているのだろう。
しかし脈が小さくなっていることから、今は実体化できているがじきに消滅するようだ。
「コイツの正体が分かってきたな」
アルトはしてやったり言いたいような笑みで告げたのだった。




