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93 アルトの用事③

 黒いシミの跡からは湯気のようなものが漂っている。それはウィズの『緋閃(イグネート)』が貫いた黒い狼が溶けてできたシミだ。


 異様、その一言に尽きる。この森で起きているらしい動物の変死体発生。この黒いシミに変化した狼も、それに関係がしているのだろうか。


「……アルトさん」


「あぁ、分かっているとも」


 二人のその黒シミを凝視していた。黒い狼がウィズの『緋閃』で貫かれ、溶けて倒されたようにみえたものの、それは少し違うかもしれない。


 ウィズとアルトはその黒いシミから生き物の気配を感じていたのだ。水たまりとすらいえない、黒い液でぬれただけの地面。その薄い膜から気配がするとなれば、異様さはさらに上がる。


 アルトが黒いシミを指さして言う。


「あれ、踏んでみたら何かアクション起こすかな?」


「……やめておいた方がいいですよ。さすがに危険です。なので、僕が『緋閃』で地面ごと消し去りますよ。余波でこの山が二割ほど削れちゃいますけど」


「それこそやめてほしいんだが」


 丁度良い案が出ないまま、数分の時が経とうとしていた。あの『黒いシミ』が異常の原因であるということは間違いなさそうではあるものの、異常によって『黒いシミ』が生まれたという可能性もありえなくはない。二人とも、どちらか確定できる状況証拠を持っていないので、中々事態は進行せずにいた。


「……じゃあ、あのシミの辺りを地面ごと斬り取ってから弾き出していただけませんか。その弾け飛んだ部分を凍結封印しますので。屋敷に持ち帰って『東棟』で研究すれば何か結果がでるかもしれません」


「封印、か。器用だねぇ、君は」


 アルトは満足そうに笑って剣の柄に手を伸ばす。ウィズの提案には賛成のようで、柄に手が触れると同時にゆっくりと腰を下ろして居合の構えを取った。


 彼の瞳が意気を得て目標を見据える。ウィズも彼の斬撃に備えて右腕に魔力を用意した。


 アルトが動き次第、それに遅れないように、しかし確実にアルトが動いた後でウィズも動く必要がある。彼に動きに注視しつつも、瞬時に対応できるよう魔力は肥やしておく。


「……!」


 アルトの体が動いた。――同時にウィズの身体も動く。


 それはアルトの太刀筋に呼応されたものではない。アルトが地面を蹴るとほぼ同時にウィズも地面を蹴っていた。


 そして、まるで影が伸びるように二人の方へ()()()()()黒いシミは誰もいなくなった地面を呑み込んだ。


「んー」


 木の上に飛び乗ったアルトは地上を見下ろしながら唸る。同じくして違う木へと飛び乗っていたウィズも真下へ移動してきた黒いシミを見下ろした。


「あれ自体が何らかの生命体なんですかね」


「恐らくな。一旦、この『黒いシミ』がコイツの元の姿だと仮定しよう」


「分かりました。なら、この生命体は最初僕らに襲いかかってきた時に()()姿()()()()()()()、と」


「ああ、"擬態"していたということだな。なるほど、暫定的な推測だが整ってきたぞ」


「あー、じゃあこの森に狼が生息しているってわけですね」


「そういうことだ」


 アルトは頭の回転が早い。全てを言わずとも意味を咀嚼し、少ない言葉でウィズにも分かる程度に示してくれる。そのテンポの良さに安楽を感じた。


 "擬態"したとアルトは言った。つまり真似る対象である狼が小森にいて、黒いシミの生命体はそれを参考に姿を変化させていた。


 さらには狼とほぼ同じ動作で襲ってきていたことを見るに、ただ姿だけを真似たわけではなさそうだ。ウィズはさらにアルトへ問う。


「狼の変死体は?」


「そう聞いてくると思ったよ。――もちろん、君が考えている通りであってるよ」


 見えすぎた問答であったが、しかしこれでウィズの推測がアルトと一致していることを確定できた。


 『姿を模倣する未確認の生命体である黒いシミ』と『動物たちの奇妙な変死体』という二つの事柄が繋がっているとみてまず間違いないだろう。黒いシミが変死体を生み出したいうのが自然だ。


 続いて『黒いシミ』が狼に"擬態"していた点に注目してみる。姿を擬態する魔物は存在するが、『黒いシミ』の見せた"擬態"は他と異なるのだ。


 ウィズの『緋閃』で狼に擬態したシミを破裂させた時、狼姿の中に入っていた内臓が飛び散った。これが指し示すことはつまり、『黒いシミ』は外部だけでなく内部も狼に擬態していたということ。


 ウィズは顎に手を当てぼやく。


「あの『黒いシミ』は生物の中身を吸い尽くすことで、その生物の身体構造ごとをコピーできる……。精度次第でとんでもないことに……」


「ああ」


 アルトは自分達の影を呑みg込んだ黒いシミを鋭い目つきで睨みつけた。


抹殺(Dead)(or)確保か(Alive)……。さあて、どっちにするべきかね」


 悩ましげにアルトはそう言ったのだった。


 

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