92 アルトの用事②
(……本気か?)
ウィズは正面でこちらを向いて立っているアルトを見据え、その腹を推測していた。
決定的な証拠があるというわけでもないが、ウィズはどこか奇妙なものを感じていた。足が地についていないような、宙ぶらりんの安心感。その感触が脳髄から全身に広まっては気になって仕方がない。
以前のユーナ誘拐事件の際に、ウィズが遠隔魔法で始末した山賊たちのことも、未だ『アーク家』より知らされていない。すでに十も数えるほど日は経っているのにも関わらず、だ。一般的に情報規制するのは良いとして、当事者であるウィズやソニアには知らせても良いはずなのに。
そして『アーク家』に対する疑念は他にもあった。恐らくこれはウィズだけでなく、ソニアにも当てはまるものである。しかしながらそれは"偶然"とか"気分"だとかで解決できてしまう、いわば"気のせい"で片付いてしまう恐れもあった。
(いや……どうであれ、ここは振りだけでもアルトの言葉に従うしかないか)
完全なシロを演じるには、それ以外の選択肢はそもそも存在しないだろう。こうして疑念を抱いて『アーク家』を警戒する動きはウラがないと成立しない。それ故、シロを演じるウィズがその兆候を見せるわけにはいかなかった。むしろ、アルトはそれを誘発させようとしているのかもしれない。
だからウィズは、訝し気な視線をアルトに向けて問う。
「変死体、ですか?」
ここは目の前に突然ぶら下げられた話題に食いつかざるを得ないウィズを演じるのだ。アルトは警戒を深めるウィズの態度を前にして、どこか愉し気に微笑む。
「あぁ、スゴいぞ。まるで"愚蝕悪魔の通り道"みたいなんだ」
「"愚蝕悪魔の通り道"……? 知性を失った暴食悪魔が道行く先の生物を食い荒らした結果、その進んだ道に"食べ残し"が散乱してるっていう……?」
「よく知っているね、それだよ」
いつしか読んだ話に"愚蝕悪魔"という名前が出てきたような気がして、顎に手を当てたウィズが記憶を探りながらぼやいた。それにアルトは肯定すると、さらに説明を続ける。
「この山に不自然に表れた動物の死骸――それにはある共通点があった。とても奇妙な、ね。……"皮"だけが残っていたんだ。まるでボロボロになって捨てられたスカーフのように、肉を吸いつくされた皮だけがびったりと地面に落ちていた」
「……」
アルトの声色が語るにつれて真剣なものへと変わっていく。聞いているウィズもいつしかちょっとだけ身構えていた。
"中身"が吸われ皮だけが残った死骸。波の魔物がそんなことをできるとは思えない。ともなれば、突然変異種の魔物か、それとも"悪魔"の仕業か――それらを考慮すると、確かに命の危険はウィズ次第というわけだ。
アルトは前に向き直りながら告げる。
「俺たちが赴く前に数人の調査員を送り出した。結果は死人さえゼロだったが……」
一瞬だけ口をつぐんで沈黙が生まれた。発言を少し躊躇したのだというのはすぐに分かった。しかしアルトはすぐに続きを語る。
「皆、精神的に錯乱していたところを発見された。不幸中の幸いか、肉体的に欠損も大して見つからなかった。そこが逆に引っかかる点でもあるけどね」
アルトはゆっくりと歩き出した。ウィズも数歩遅れてそれに続く。
「俺たちの目的は『オボロアカネ』の採取と、この山に蔓延り始めた"愚蝕悪魔"のようなナニカの排除。俺と君でなら、まあ正体不明の化け物でも何とかなるだろう」
ははは、とアルトは笑ってみせるものの、ウィズにとっては迷惑に他ならない。
(命の危険が匂ってくる……)
アルトが屋敷の庭で言ったことを思い出す。どの口が命に危険がないとほざいたのだろうか。もしやアルトはあまり考えずに発言しているのではなかろうか。
(……まあ、こいつとなら大丈夫か)
しかしながらウィズは言うまでもなく、アルトも『アーク家』だ。腰にしっかりと剣を差しており、アルトと共に戦う限りはほぼ負けはない気がする。
「……?」
――ふと、二人の足が止まった。奇怪な気配を感じ取ったからだ。ウィズはアルトと背中合わせになると腕に魔力を込める。
「うわぁ、頼りになりそうだ。今日は俺の護衛ってわけだね」
「……ふざけたこと言ってると――」
アルトが与太話をしている最中にも、その気配は二人へと近づいてきていた。そしてそれは勢いに乗ったままウィズの前に飛び出す。
「権利の濫用だっていって、フィリアさんに告げ口しますよ?」
飛び出してきたのは真っ黒な狼であった。唯一、黒以外の要素である赤い瞳がウィズを映す。その瞳に映るウィズは右手をかざしていた。
「緋閃」
刹那、狼のハラワタが弾け飛んだ。緋閃は狼の頭から尻尾に至るまで貫通し、その過程で高熱により内臓を破裂させたのだ。
「……ん」
いとも容易く飛び散った内臓と残った本体の肉。しかしそれらの行き先を見たウィズは顔をしかめた。
何故なら、それが地面に落下すると、べちゃりいう音をたてて黒い液体となり、地面のシミになってしまったからだ。
アルトも振り返り、興味深そうに地面の黒いシミを見つめる。
「……使い魔かい?」
「いえ、そんな感じじゃなかったですね……」
若干ながら蒸気発生している黒いシミを見つめながら、二人は息を呑む。
森の中で獣の雄叫びがくぐもり響いたのであった。




