87 ソニアの贈り物②
「あぁ、もう着替えは終わってるよ」
そう言いながら、ウィズはドア前まで近づくと扉を引いた。扉の丁度向こう側にいたソニアはちょっとびくっとしながらウィズの出現を目を丸くして見つめる。
「……わぁ! やっぱり似合うねぇ~!」
しかしそれも一瞬の硬直のみ。ウィズの姿を見るや否や、握りしめた両手を胸の前に持ってきて嬉しそうに肩をはねらせた。ぐいっと一歩踏み出してくる彼女に、ウィズは何かに押されて半歩下がる。
そういうソニアもいつもと服の印象が変わっていた。好きなのか知らないが、いつもと同じようにミニスカートさえはいているものの、上半身が少し違う。胸元に地味目なリボンだかスカーフがまかれており、白い肩が露出していた。いつもよりも薄着であったが、その分軽くベストとジャケットの中間っぽい、すらっとしたものを着ている。
ウィズは目を細めた。
(この流れはオレもソニアを何か褒めた方が……けど何を言えばいい……?)
じっとソニアを見つめながら、ウィズは熟考した。その視線に少し恥ずかしそうにして目をそらしたソニアなど、今のウィズには眼中にない。
(何……えっと、その布素敵だね……いや布……? 布地……リボン……? いや違う。あの小さいコートみたいなのが良いと……コートじゃないな、なんていうんだあれ……ベスト……? アァ分からん……!)
ぐるぐると思考が巡る。なんであれ、ウィズの服を用意してくれたソニアには感謝をこめて、何かしらの気の利いた言葉をかけるべきだ。一番いけないのは無言だ。彼女からの厚意をスルーしているようにみえて、それはいけない。
そして混乱したウィズはついに一言を口走った。
「……ソニアは、とても可愛らしくていいね。えっと、その栗毛色の髪にくせっ毛が出てるとことか、目がぱっちりしてるところとか……。――ハッ!」
頑張って言葉を選んでは発するウィズ。だがすぐに致命的なことに気づく。
(服のことなんも褒めてねぇ……!)
新調した服を見せ合おうとか言われていたのに、ウィズが褒めたのは服とは全く関係がない箇所であった。ウィズはちらりとソニアを見るが、見事に顔をそっぽに向かれてしまっている。これでは赤みを帯びた横の頬しか見えない。
(あ~……失敗したな……)
面倒くさい、と内心で落胆しながら言葉をかけようとするも、ふと両手に温かい体温を感じて、その行動をキャンセルした。
ウィズの両手をそれぞれの手で握ったのはソニアであった。彼女はウィズと向き合いつつも、顔を下に向けてぼそりとぼやくように言う。
「……ありがとう」
「は、はい……」
ぎゅっとウィズの手を握るソニアの手の強さが微妙に強くなる。ともあれ、ソニアの気分を害してしまったわけではないようで、ちょっと安心した。
――直後、頭蓋を貫通するような殺気に見舞われ、ウィズの意識に一筋の雷が落ちる。
「な……!」
ウィズは慌てて殺気の方向を見つめた。それはソニアの部屋とは逆の方にある客室。今は誰も使っていないその部屋の扉が半開きになっており、その隙間から除く目がひとつ。
「……」
「……」
そしてその目とウィズの視線がかち合った。その主は銀色の髪のおくれ毛が特徴の『アーク家』次女――エルシィである。ウィズを恨めしい目で見つめていた。
(……わぁ)
そういえばエルシィはソニアを大層気に入っていた。そのソニアがウィズに構っているのが気に入らないのだろう。ただでさえ、ウィズは彼女に嫌われている節があるのだし。
「えへへ、ウィズもすごく……あれ、どこ見てるの? 何かある……?」
と、ウィズが違う方向を向いて固まっていることに気づいたソニアが疑問を口にした。そしてウィズと同じ方向を見据え、隣の部屋の扉の隙間に見えているエルシィを察知する。エルシィはウィズを睨んでいたせいで、ソニアの視線から身を隠すことができず、彼女の視線から逃れられなかったのだ。
「エルシィ様……?」
「っ……」
空きの客室にエルシィがいるのは不思議だったのだろう。ソニアは彼女を見つけると、彼女の名前を不思議そうに呼んだ。
その声でもうそのままやり過ごすのはやめようと思ったのか、エルシィは客室から出てその姿を廊下に表した。
「あら、ソニアにウィズ。ごきげんよう」
「……ん?」
少しぎこちない笑顔でそう告げるエルシィだったが、ウィズはその後ろに大きめな紙袋を用意していることに気づき、そこに疑問を示した。エルシィは二人に向かって歩きながら、その紙袋を上に弾いて体の前に持ってきた。
「早速新しい服を着ているのね、ソニア。洋服屋でも言ったのだけれど、やっぱりすごく似合って――」
「あー! あー! あー! ありがとうございます!!」
エルシィはすごく優しい目でソニアを褒める。しかし当のソニアはその全てを言わせることなく、慌てて大きな声を被せて妨害したようだった。しかしウィズにはエルシィの言っていたことのほとんどが耳に入っている。
(やっぱり服屋であらかじめ……)
他人に見せて、似合うかどうかは確認済みだったというわけだ。その相手が貴族であるエルシィならば、ファッションについてもそこそこ聡いはず。彼女の助言さえあれば、ウィズの言葉なんていらないような気がするけれど、新しい服を見せびらかしたいという心理は女子の誰もが持つ感情なのだろう。こればかりは突っ込まんでは野暮だ。
ウィズがそう思っていると、ふとエルシィの視線がウィズに向いた。
面倒くさいことを言われるのか、そう思って少し身構えたウィズであったが、彼女の口から出たのは意外な言葉であった。
「ウィズ、貴方にピッタリなお洋服を、わたくしも用意しましたのよ」
「……えっ」
無表情で差し出された大きめの紙袋を前にして、ウィズは思わず硬直したのだった。




