86 ソニアの贈り物①
「ウィズ」
ウィズが廊下を歩いていると、ソニアに話しかけられた。彼女の方を見ると、紙袋を手にして立っている。
「どうしたの?」
「えへへー」
ウィズの呼びかけにソニアはにんまりと笑う。真意が分からずウィズは微妙な表情をした。
「これだよこれ」
両手で袋の底を持った紙袋をこれ見よがしに胸の前に持ってくるソニア。すれば、その中にあるものがソニアの笑みの原因であることは誰でも予想できる。
何が入っているのだろうか。ウィズは怪しんだ。ウィズに見せつけるということは、それだけソニアにとって嬉しく思うものなのか、それともウィズに渡したり見せて初めて効力発揮するものなのか。
その答えが出たのは早かった。
「この前お洋服屋さんに行ったのに、肝心のお洋服を買えなかったでしょ? この前、エルシィ様と『ガーデリー』に行った時にね、ユーナちゃんのところに顔を出してみたんだ。そしたら、この前のお礼ってことで貰っちゃった。その分をあげるよ、ボクが選んだからさ」
どうやら中身は服のようだ。そういえば、山賊の騒動があったせいでまともに服も変えていなかった。いつかは新しいのを調達必要があったが、やはり人間のセンスをウィズが把握できている自信もない。
それに魔法で洗浄はしているとはいえ、レパートリーがあるのに越したことはないだろう。人付き合いの面でも必要といえば必要だ。
「だからさ……ウィズ」
ソニアは袋の底を持つ手をさらに上に持ってきて、その紙袋で口元を隠す。そして若干ながらウィズから目をそらした。
「……うん?」
そんな彼女の反応に、ウィズはどこか不穏な空気を感じたのだった。なんだか、ちょっと面倒くさいような、そんな気がウィズの中に芽生える。
ソニアはもう一度、ウィズの方へちらりと視線を戻すと、思い切った様子で言ったのだった。
「ほら、あれだよ、うん。ウィズのいないときに選んだからさ、ちゃんと合うのか心配でさ」
「うん」
「いくつかあるから、一人で確認するのは大変だと思うしさ」
「うん」
「ちなみに、ボク、この後暇なんだよね」
「……うん」
「ちなみにちなみに、ボクも新しい服貰ったんだよね。……でも試着とかは自分で見てしかないの。ちゃんと似合ってるのか、誰かに見てほしい気もするんだよねー」
「……服屋ではエルシィさんと一緒だったんじゃ――」
「……」
「……」
少しむっとした表情で見つめてくるソニアに、ウィズは弱った顔に手を当てる。
どうにもこうにもどうしようもない気がした。やんわり断るのは不可能であると悟る。
「……互いに見せ合おうか」
「――うん!」
逃げ道が見えない状況にウィズは内心参りつつも、ぎこちない笑みを浮かべてそう言ったのだった。
「じゃあ着替えたらノックするね」
ドアからウィズの部屋を覗き込んだソニアはそれだけ言うと扉を閉めた。パタン、という音が消え去ってその場に残ったのはウィズとソニアが持ってきた服入りの紙袋のみ。
ソニアは彼女の部屋で着替えるようで、着替え終わったらわざわざこっちに来るようだ。
ウィズは一人になった部屋でため息をつく。
(まぁ……いいか)
面倒くさいだけで、別にとびきり着替えが嫌いなわけではない。暇であるのはウィズも変わらないし、洋服は頂戴できるしで、ソニアの厚意に甘えて悪いことはなかった。
袋の中を探って、適当な一着を引っ張り出す。ご丁寧に上下一式がまとめてあって、適当に着れるようになっていた。
クローゼットの中に閉まってあった大きな鏡を引っ張り出し、それを見ながら服を着ていく。
着替えが終わったので、ウィズはベッドの上に腰を下ろした。そして前の壁に立てかけた鏡を見つめる。
最初の服は白いシャツに黒いベスト、藍色のネクタイにチャーンのようなものがついていた。それの存在意義は疑問である。そしてスーツなのか軍服なのか、もしやその中間といえばいいのか、そういう感じの灰色の上着を羽織る形になった。
ズボンはスラックスのような黒いそれである。なんだか正服を着た気分でちょっとだけ態度が改まった気がした。
「……」
前かがみになって、鏡に映る自分を見つめる。藍色の瞳が自分を映した。
黒がかかった青い瞳。その"黒"がウィズを見つめている。ただただじっと、ウィズを見つめている。
急かしているのか。それとも、ウィズをただ観察しているだけなのか。しかし問題はない。もうここまできたのだ。あとは受け身で待つだけだ。いずれ来るその日を。
「ウィズ?」
コンコン、というノック音と共にソニアの声が聞こえた。ウィズは瞬きをすると、立ち上がって扉へと向かったのだった。




