83 姉様の背中
焼き焦がれた芝生地帯から少し離れたところにあるベンチ。
ウィズとハーネスはそこで腰を下ろしていた。ウィズの膝の上には林の中で退避していたドラゴラムが戻ってきており、のんびりと茎を伸ばしている。手合いが終わったことを把握して、自分から戻ってきたのだ。賢い。
「あの、さっきも気になっていたのですが」
ハーネスはそんなドラゴラムを見つめては目を細める。ウィズが彼の顔を覗き見ると、なんとも微妙な表情をしていた。変な顔だ。ウィズはそんな彼に首をかしげる。
「どうしました?」
「いやあの……膝の上の化け物は一体……」
「『観葉魔植物』のドラゴラムです。かっこいいでしょう?」
「……そ、そうですね」
ハハハと笑って目を反らすハーネスに、ウィズは小さくため息をついた。
このドラゴラムのクールさが伝わらないというのはなんとも残念である。人間の感性とは身を持って体験してもなお分かりづらいものだ。
「ウィズさん」
「……?」
そうやってセンスの違いを疎ましく思っている中、ふと真剣な声色で彼はウィズの名を呼ぶ。ウィズはドラゴラムとじゃれ合うのを止めて、ハーネスの言葉に耳を傾けた。
「『セリドア聖騎士団』の総長選定式まで、姉様をよろしくお願いしますね」
ぽつり、と膝の上で手を組んだハーネスは告げる。その手を強く握りしめては、ウィズの方へ真摯な視線を向けた。
「昨日の事も聞きました。『ガーデリー』で貴方が起こした行動は、とても勇敢だったと思います。ですが……」
彼の眼差しが曇った。組んだ指を遊ばせながら、ハーネスは小さくも決定的な口調で続ける。
「最優先は、姉様の命です。僕たちは領民のために、領民は僕たちのために、そういう相互関係が成り立ってはいますけど……。貴方の仕事は姉様の命を守ること。それだけは忘れないでください」
『アーク家』らしからず柔らかな物腰とは一変、とても芯のある言いようであった。
そのままハーネスは空を見上げる。
「僕がもっと幼かった頃、魔獣に襲われたことがあったんです。その時はフィリア姉様と二人だけで、屋敷の近くということもあって、お世話役の方がそばにいなくて……。
今でも覚えています。僕はとても恐ろしかった。腰を抜かして、太陽を背に邪悪に翼を広げる魔獣の姿を見ていました。全身を震わせて。今でも瞼の裏にその姿が焼き付いています。
そんな中でも、姉様は怯まなかった。お父様からいただいたナイフを姉様は構えると、真っ先に斬りかかったんです。……今でさえ厳格たる雰囲気ですけど、当時は小動物と戯れ合うのが好きで、よく微笑んでいたんですよ。
その姉様が、真っ先に声を上げて魔獣に斬りかかっていったんです。足が震えて動けない僕を助けるためにですよ」
ハーネスは自分の太ももに手をかざした。震えていない足を軽く掴みながらハーネスはじっとそこを見つめる。
「姉様の本質は、誰かを助けるために自分を顧みないんです。今でさえ立場上、そう簡単に動けませんが、いざとなったら動いてしまうでしょう。身の危険を顧みずに。
だから、もしその時が来てしまったら、本当にお願いします。姉様を守ってくださいね」
顔を上げ、薄く笑みを浮かべながらハーネスはそう締めた。その薄らと現れた笑みには、微かな信用と安心の色が浮かんでいる。
(……オレに手合いを頼んだのは、不安だったからなのか。フィリアの護衛に務まるのか、実際にもっと確かめたかったんだな)
ハーネスの表情でようやく手合いの本当の意図が見えた気がして、ウィズは小さく息を吐いた。考えてみれば、魔法を教えていた中での手合いなのに、斬撃で締めたのは主旨からズレている。
あれはウィズの力を試すため――測っているつもりが、同時に測られていたというわけだ。
ウィズはどこか暖かいものを感じて、無意識に口元が緩んだ。自分に降り注ぐ陽の光が妙に柔らかくて、体の輪郭を曖昧にしている気がした。
「ええ。必ず、守ってみせますよ」
ウィズも決意めいた瞳でハーネスを見返し、キッパリと言ってのける。その言葉にハーネスは安心したようになると、背もたれに体を預けたのだった。




