82 姉妹
「……あら?」
エルシィが何気ない目つきで誰かの姿を捉えたようだ。ウィズがその視線を追うと、その先にいたのはソニアであった。
エルシィは彼女を見るや否や、パーッと明るい満面の笑みを浮かべる。それからフィリアのもとを離れ、タッタとソニアの方へ駆け寄った。
「ソニアちゃん? 貴女もいたのね! お怪我はないかしら?」
「は……はい」
純白な笑顔で握ってきたエルシィに、ソニアはどこかぎこちなく笑う。ニコニコと嬉しそうにしているエルシィはまるで久しぶりに仲の良い姉と再会した妹のようだった。もっとも、本当の姉はさっきまで隣にいたのだが。
それを見たウィズはちょっと驚いて思わずフィリアとハーネスを交互にちらりと見た。ハーネスもフィリアも、微笑ましくあるような、どこか不思議そうな表情をしていて、それらの面影が類似している。この二人も姉弟なんだな、とウィズは悟った。血の繋がりというのはどこか面白い。
そんな感じに不思議な感覚に包まれていたウィズだったが、ふと素に戻って頭を振った。
(いやいや、二人が姉弟なのは知ってるんだって……!)
ウィズは再びソニアの方を見る。明らかに楽しそうなエルシィと、困ったように微笑むソニア。
ウィズに対しては割と辛辣な態度だった気がするのに、今のこれは何なのだろうか。ソニアがコネを作っていたの考えるのが妥当かもしれないけれども、彼女にそこまでの計算めいた器用さがあるようには見えない。
「本当はね、お庭でお姉様とお散歩しようかと思っていたのだけれど……。そうもいかなかくなったから、お屋敷でお茶しましょう! お姉様と、貴方も一緒に!」
「ぇぇ……ありがとうございます……」
ぐいぐいとエルシィに詰められつつあるソニアはちらりとフィリアの方を見た。姉妹の憩いに同席して良いものかと思ったのだろう。加えて、フィリアが『家訓』の縛りで普段見せざるを得ない冷然とした態度も影響しているはずだ。
確かに自分に尻尾を振っているエルシィはともかく、横暴な態度をしていたフィリアと同席というのは少し気が引けるだろう。ソニアは性格からして断るのは少し罪悪感を得てやりづらいのだろうが、ウィズが彼女の立場ならいい感じに断っていた。
そんなソニアの視線を受けてか、フィリアは少し罰の悪い顔をしつつも、短く息を吐いて言う。
「そういうことなら、早く屋敷に戻りましょう。……そこの男二人も来るの?」
最後の何気なくフィリアが放った一言。
それを言った瞬間に"しまった"という表情で口に手を当てるフィリアと、"あっ"という表情でフィリアへ何か反応を示そうとしたハーネスの行動が連なり、そしてそれらは途切れ、二人は何事もなかったように仕草を中断する。
それらは恐らく、その傍らで、ウィズを視線を貫く女の影を阻止するためのものだったのだろう。しかしすでにそれは手遅れであることを悟ったから、何もなさげな風を取り繕ったのだと、ウィズは思った。
「……」
「……」
エルシィはジッとウィズを見つめていた。ウィズはエルシィと目を合わせないように、彼女の表情を伺う。
『来るな』
顔に書いてあった。強すぎる意志であった。ここでようやく、ウィズは自分がエルシィに本気で嫌われていることを悟る。
嫌われた理由は分からない。けれども嫌われていることはもう確実だ。ここはすんなり断った方が良い。
ウィズは両手を前にしてフィリアへ告げる。
「ハーネスさんはともかく、僕はいいですよ。ソニア、存分に楽しんでくるといいよ」
「――えぇそう。残念だわ、お姉様の付き人だというのに。えぇ、本当に、夜空から月が落ちてしまったように残念で、むしろ肩を落としてしまったわ」
と、ウィズが断ったその刹那、まくしたてるようにエルシィは言った。どう考えても心に思ってないであろうことだが、ウィズは突っ込む気にもなれずそのままスルーする。
エルシィはソニアの後ろに回ると、その背を押してフィリアの方へソニアを促した。そして彼女の背を押しながら、ハーネスへ訊いた。
「ハーネスはどうしますの?」
「……僕もいいよ。もうちょっとウィズさんに『魔法』を教えてもらう」
「そう。あまり遅くならないように」
そう言ってエルシィはフィリアとソニアを引き合わせると、二人の間を取り持ちながら屋敷へと向かっていった。
彼女らの姿が小さくなったところで、ウィズは息を吐く。この距離なら大丈夫だろう。ようやくウィズはハーネスへエルシィに問うことができようになった。
「あの、僕、なんかやらかしてます? 取り返しが付かなそうなんですけど……」
「やらかし……というよりは逆ですね。上手くやりすぎたせいというか……」
ハーネスは困ったように頬をかく。
「……フィリア姉様は貴方をかなり高く評価してます。昨日帰ってきてからも、気付けば貴方の……」
頬をかく手が止まる。同時に口が止まった。ハーネスはそのままウィズを見る。
それからウィズを見る瞳に気の毒そうな淀みを浮かべると、お手上げといわんばかりに両手を挙げた。
「……いえ。なんというか、頑張ってくださいとしか……」
「……うーん、胃に穴が開いたら医療費落ちますかね?」
「それは……分からないので、自力で穴を塞ぐ魔法の準備をしておいた方が良いかと……」
「あぁぁ……はぁぁ……」
「……僕ら二人で、なんか美味しい物でも食べますか?」
「……食べます……」




