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76 ブレイクスルー

 ソニアはふわりと小さく欠伸をしながら、屋敷の廊下を歩いていた。


 時刻は午前。朝食は取り終え、やることもないので屋敷の庭を見て回ろうかと考えていたところだった。ふと廊下の窓から見える庭に人影が見えて、足を止める。


「……ウィズ?」


 横目で見えたその人影がウィズに見えて、ソニアは窓へと駆け寄った。


 ちゃんと真っ直ぐ見てみると、その人影はやはりウィズであった。そして人影は二つあり、もう一つは銀髪の少年。ソニアは彼を見たことがあった。


 『ハーネス・アーク』。『アーク家』の末っ子の男の子だ。ちょっとした期間、次女の『エルシィ・アーク』と共に外に出ていたと聞いていたが、どうやら昨日帰ってきていたようだ。ソニアとしては、早い内に挨拶に行かなければならないだろう。


 そう思いながら、ソニアはぼそりと呟いた。


「……何してるんだろ」


 自然と口から出た言葉。それは単なる疑問であった。


 昨日帰ってきたハーネスがどうしてウィズと屋敷の庭に行くことになったのか。ちょっと気になってきたソニアは、小走りでその場を後にしたのだった。



 *



 ウィズはハーネスと共に、屋敷の広大な庭に腰を下ろしていた。膝の上には昨日購入したドラゴラムを乗せており、それは気持ちよさそうにウネウネと体を揺らしていた。


「"魔力伝達"の捉え方としては人それぞれですけど……。そうですね、血液の流れと同じように考えるのが良いと思います。意識せずとも流れ続ける血液は"魔力"の伝達のイメージとして、一番負担がかかりづらいかと思われます」


「血流……」


 ウィズの言葉をハーネスは真剣に聞いていた。それから自らの剣を持ち上げると、そこに魔力を込める。刀身に清らかな緑色のラインが走り、剣の性質が若干変化した。


 ウィズはそのまま続ける。


「すでにご存じかと思いますが、重要なのは、どんな状況化においても無意識の内に魔力の流れを思うがまま操ることができるか、ということです。


 後衛の魔術師は立ち位置的に魔力に意識を向ける余裕がありますが、魔法剣士はそうはいきません。前線で足と腕と目と頭を動かしつつ、魔力の管理もしなくてはなりませんから、集中力とそれを良い具合に分散する器用さが必要です。


 魔力の流れのイメージには他にも"川"や"風"、空を泳ぐ"雲"をイメージとして例える方々もいらっしゃいますが、それらは全て体外の事象です。外界を認識する必要がある。魔術師としては良いかもしれませんが、思考のリソースがギチギチで割くに割けない魔法剣士の場合は思考のムダを最大限にまで削る必要性を感じます。


 半面、血液の流れならばそう思考もいりません。生まれ付いた頃から体に刻みつけられてきた脈拍の鼓動。想像する必要すらありません。自分の体の血流をただ感じればいいのです。それだけでイメージは成立します。やはりここは"血流"をベースにするのが得策かと」


「なるほど……」


 ハーネスは納得したように顎に手を当てる。ウィズはそのまま空を仰いだ。


 ――青い空の下、どういうわけかウィズはハーネスに対して『魔力の使い方講座』を行っていた。


『魔力の使い方を僕に教えてくれませんか……!?』


 廊下で出会ったあの時、ウィズが用件を聞くとハーネスは曇りない瞳でそう答えた。


 話を聞いてみると、彼は『魔法剣士』として鍛錬を行っているらしい。『アーク家』の肉親は魔力の使用もおり混ぜた剣術を使っているものの、剣術とは枠が異なる魔術を扱っている者はいない。その影響もあり、ハーネスは『魔法剣士』として魔術使用の側面で伸び悩んでいたようだ。


 そこで現れたのが『魔術師(ウィザード)』のウィズというわけである。


 さらに決め手となったのは昨日。ハーネスがウィズに斬りかかった際に、ウィズは難なくその斬撃を無効化した。その身体能力も相まって、ちょっとした鍛錬を頼まれてしまったわけだ。


(ソニアにも教えないとな……)


 ハーネスの悩みを聞きながら、ふとウィズは思い出す。彼女にも同じようなことを頼まれているのだ。昨日、馬車の中で少し教えられたが、ソニアはあれだけでは決して満足しないだろう。


 何より、ソニアは才能があるとウィズは思っている。馬車から突き落とし、その危機感と恐怖から無理やりに魔力の扱いを身に着けさせたわけだが、それでも一回であれだけできるのは努力と才能の賜物だ。


 『ネグーン』でソニアは元同級生に『ドベ』だとか『望み無し』だとかでなじられていた記憶があるが、どうして学び舎ではそう言われるほどまでに落ちぶれていたのだろうか。


 ――いや、だからこそ、そのドベから抜け出すために努力したのかもしれない。


 努力と成果は一次関数のように伸びていくわけではないと聞いたことがある。確か『ブレイクスルー曲線』だとか呼ばれていた。最初の内は努力が成果を下回るけれど、ある一定のラインで『ブレイクスルー』が起き、努力が実を結ぶ。そんな眉唾(まゆつば)な話だが、ソニアには当てはまっていたのかもしれない。


 ふと草を踏む音が聞こえる。ウィズは視線を反らし、その音の方を見るや小さく笑った。


「なんだ、来たんだ」


 こちらへ歩てくるソニアを見ながら、ウィズは体勢を崩したのだった。


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