75 新たな銀との遭遇
「昨日の山賊が……?」
『はい。今朝見回りに行った役員が目撃いたしました。恐らく時限式の魔術が発動したものかと』
「……」
朝。アルトは『ガーデリー』からの『通信水晶』による連絡を受け、悩ましげに額に手を当てた。
その内容というのが、昨日ウィズたちが捕まえた山賊たちが牢の中で皆殺しになっていたというもの。アルトはそのまま軽く思考を巡らせる。
(口止めか……? ウィズが言っていた『魔法傀儡』の仕業と考えるのが妥当だが……)
しかし水晶越しにそう悩んでもいられない。熟考に入るよりも先に、アルトは連絡してきた役員のエイジャへ指示を出す。
「まぁいい。町は奴らの死因の追求を頼む。何か分からなくても日没までにはこちらに連絡を。この事は内密にな」
『はい。承知いたしました。では、失礼いたします』
アルトは会話を切り上げると、すぐさま通信を閉じた。窓が締め切られた連絡室で、一人背もたれに体重を預ける。
何にせよ、山賊たちから情報を抜き取ることはできなくなった。ともなれば、今ある状況証拠から情報を探っていくしかない。起こってしまったことの原因を追究するのは悪いことではないが、それで歩調を止めてしまっては元も子もないだろう。
まずは『ヴェルナス・アーネート』と『魔法傀儡』の身元を調べなるんが先決だ。そこから糸を手繰り寄せるように、元へと辿って行けばいい。
(やはり……波が立つことになったか)
アルトは一人、ため息をついたのだった。
*
ウィズは目覚め、運ばれてきた朝食を終えた。今日は特にやることもないと思って、イスに座って窓の外をぼんやり見つめていた時だった。ドラゴラムの様子でも見に行こうと思ったのもつかの間、ある事実に気付く。
(……手紙、出してない……)
そう、昨日『ガーデリー』に行った理由のひとつ。お得意様に向けた『リヴ・ヴェータ』閉店のお知らせの手紙を郵送すること。それを山賊騒動にせいですっかり忘れていた。
ウィズは改めてポーチを手元に持ってくる。もしかしたら意識外で手紙を出し終えているかもしれないというありもしない望みをかけて。もしポーチを開けたら、確かに入れたハズの手紙がなくなっていることを期待しながら、その口を開ける。
だがそんな馬鹿な期待など成就するはずもなく、そこには入れた時と同じようにいくつかの手紙が入っていた。ウィズは顔に手をあててため息をつく。
(仕方ないか……)
ウィズはのろりとイスから立ち上がり、ポーチを手に下げた。そしてゆっくりと部屋を出る。
店を勝手に閉じて三日ほど。商売を考えるならすでにデッドラインに立っているとみて良い。せめて今日中に送らないと顰蹙を買う恐れがある。
すぐにでも郵送しなくてはならない。面倒だが、ここは昨日のように馬車を借りて、『ガーデリー』までひとっ走りするしかないか。それとも『アーク家』に手紙の郵送を頼んでみるか。いや、雇われた分際でそれを快諾してくれるかは微妙かもしれない。フィリアに頼めば普通にやってくれそうではあるが、彼女らに借りを作るのは――。
「……あ、ウィズさん」
意気消沈しながら廊下を歩いていると、ふと声をかけられた。あまり聞き覚えのない少年の声だった。ウィズはその声の方へ視線を寄越す。
「貴方は……」
ウィズはその少年を見てちょっと驚いた。舌が微妙に止まり、言葉が詰まる。
そこにいたのは短く整った前髪をした銀髪の少年。濃い藍色の服に灰色のスカーフをつけたクラヴァットと呼ばれる服装で、エメラルドグリーンの瞳はウィズを見つめていた。
ウィズは彼を知っている。彼は昨日、ウィズが尋問された時にその場にいた人物。
「挨拶が遅れてしまいましたね……。僕は『ハーネス・アーク』。姉様や兄様方に続く、末子ということになります」
現『アーク家』の末っ子である少年――ハーネスはウィズに向かって礼儀正しく一礼をした。整った礼だが、その身長か童顔の影響か、どこか幼さを感じさせる。
しかし彼も『アーク家』であるので、年齢差に油断してはいけない。ウィズも彼を倣い、当たり障りなく返答した。
「……ご丁寧にどうもありがとうございます。僕はウィズ。フィリア様の護衛としてお仕えいたしております」
ウィズも一礼した後、彼をじっと見据える。まさかこんなところで『アーク家』の人間に声をかけられるとは思っていなかった。
末っ子、と彼は言っていた。ということは、彼の年齢からして現在の『アーク家』は四人の子供がいるということだろうか。『契約権限』の性質上、子はほどほどに多くないと成り立たない。故にあの話を聞いてから、フィリアとアルト以外にも『アーク家』の未来を担う子がいると想像はしていた。
「朝早くからすみません……。いきなり話しかけちゃって……」
「いえいえ、そんな……」
申し訳なさそうに苦笑しながら、ハーネスは語る。ウィズは相槌を打ちながらも、昨日から感じていた違和感に確信を得た。
ハーネスはアルトとはまた違った形で、『アーク家』の『家訓』に従えずにいるようだ。『家訓』通りに従うなら、ウィズ相手にハーネスがこんな下手に出るわけがない。
(最年少故、か。そういやエイジャもフィリアが幼い頃は年相応だったって言ってたしな)
まあそういう事もありえるだろう。人間には多少なりと元の性格が出るものだ。ハーネスを見る限り、彼は『家訓』に馴染み切れるような性格をしていなかったということだろう。
しかし人間は慣れるもの。いずれはフィリアのように、『家訓』を抱えて『アーク家』として大地を踏みしめることになる。
ウィズはそんなことを考えながら、ハーネスに問うた。
「それで……ハーネスさん。僕に何か用で御座いますか?」
意味もなく話しかけた、というわけでもないだろう。ウィズが用件を聞くや、ハーネスは真っ直ぐにウィズを見た。
「はい。実はウィズさんに見ていただきたいものがありまして……。少し、付き合ってくれませんか?」
そう言ってハーネスはキリッと瞳を細めたのだった。




