74 盲点
「貴方の反応から見るに、私が今述べたことは事実として間違いないわね?」
フィリアは肘をテーブルにつけて告げる。それに対しウィズは沈黙で肯定を示した。
真実がどうだとかはおいておいて、『アーク家』がそう思っているならそれで良い。その方が都合も良かったし、何より間違ったことを事実と捉えているのなら、それはそれで滑稽で面白いかもしれない。
真面目な顔をした『アーク家』血統持ちが四つと、それに連なる護衛らしき顔が二つ。ウィズはその六つの顔が真剣な顔で隠れた真実に気付かず、いけしゃあしゃあとテーブルを囲んでいる事が面白くてたまらなかった。
しかし別にそれは愉悦に浸っているとか、そういう俗な感情で感情が回転しているわけではない。能動的にウィズという存在の介入を経て、はじめて『アーク家』がウィズの情報を探り始めた。そうしてさえも得た情報が"これ"だというのならば、『ブレイブ家』を相手取って情報戦を行った場合も、ウィズの正体には辿り着けないということ。
このことから、ウィズ自身から情報開示をしない限りはしばらく安全だ。ウィズは内心一息ついた。
「間違いないとするなら、極めて重要な問題が発生するのだけれど」
そういうウィズに対し、フィリアは悩まし気に瞳を細める。
「――貴方、『不法入国』……してるわよね?」
「あ……」
*
まさかの切り口であった。ウィズは改めて部屋にいる六つの顔を見渡す。よくよく考えてから個々を観察すると、からかうように薄く笑っていたり、呆れているような表情をしていたり、気まずそうにウィズから視線をチラチラと外していたり、千差万別だ。
「護衛として『聖騎士団』総長の選定式に私たちと足を運ぶからには、不法入国者では困るのよ。列記とした政なのだから」
(……やっべ)
秘天教派のアジトは『ミヘター国』にあった。そしてそこから『セリドア王国』へ逃げ出したのだ。それはつまり、ミヘターからセリドアへ不法入国したという事実に他ならない。
当然、ウィズは国籍といった身分証明できるものを所持していなかった。身分証明となりえそうなものといえば、商業大国『カットスター』で授与されたカットスター印の『良品証明札』を持っているぐらいである。
ちなみに『良品証明札』を獲得するにあたって、身分証明となるものは必要なかった。その時点では証明札に『カットスター』という名前以外の効力はなかったのだ。今では発行に証明書は必須らしい。ウィズはタイミング的にも恵まれていた。
「ならば選定式が始まる前に一旦『ミヘター国』に戻りなさい。それから正式に手続きを行うこと。いいわね。やってもらうかわ」
「……」
フィリアのそれは提案ではない。命令だ。『アーク家』の次期当主としての、ウィズに対する指令。
しかしながらウィズの顔色は優れない。確かにフィリアは難しいことはいっていない。ただ祖国に戻って再び戻ってこいと、そう言っているだけなのだ。
だが、『ウィズ』にそれはできそうにない。だからどうにしかしで誤魔化すしかなかった。そのために色々と考えなくてはならなくなる。
「……かしこまりました」
とりあえずはここで従っておく。ウィズは真っ直ぐとフィリアへ告げた。
了承するのを見たフィリアはふん、とウィズを見下ろす視線を出すと、そのまま言う。
「さて。前置きはここまでよ。昨日の襲撃者、そして今日の出来事について、貴方の口から話してもらおうかしら。……この場で、はっきりとね」
ウィズは昨日の襲撃者――ヴェルナスのことや、今日起きたユーナ誘拐事件のことを改めて語った。昨日のことはともかく、今日山賊のアジトでウィズが触手を使ったことは当然ながら話さなかった。
ここで改めて話を聞くことで何が変わるのか。もしかしたら昨日連れ帰った襲撃者が何かを吐いたのかもしれない。
「深緑色の髪の男……ヴェルナスと、紫色のフードをつけた『魔法傀儡』か……」
ウィズの話を聞いたアルトは顎に手を当ててそうぼやく。それに呼応するかのように、末っ子であるハーネスはフィリアの方へ視線を向けて、静かに告げた。
「姉様……やはり……」
フィリアは二人の様子を組みながらうなずく。ウィズが思った通り、昨日連れ帰った襲撃者たちから何かを聞き出せていたようだ。フィリアはウィズを改めて見据えた。
「貴方にも言っておくわ。昨日の襲撃者と今日の事件の首謀者――どちらも同じクチよ。襲撃者の手下を尋問した結果、仲間に貴方が言った『紫色のフード』がいるということを吐き出した」
「……そうですか」
昨日の襲撃者と今日の首謀者が同じグループだとすると、ある程度の計画性があって『アーク家』を狙っていることになる。ただの思い付きで蛮行をする野盗の類ではないようだ。それはヴェルナスや『魔法傀儡』の戦闘力からして薄々勘づいてはいだが。
ウィズはそこでふと思いついた。故に、彼はフィリアへ問う。
「では、僕を調査したように、彼らの身元を調査するのですか?」
「そのつもりよ」
「そうですか……。ヴェルナスの方はともかく、紫色のフードを被っているのは目立ちますからね……。フードは脱げばいいだけですけど、あのフードには希少性と使い古した感じがあったので、恐らく……」
今度はウィズが顎に手を当てて考える――フリをこの場にいる全員へそれとなく見せた。当の本人は顎に手を当てて考えることよりも、口元が緩まないように気を配っていた。
(紫色のフードが『ブレイブ領』に出入りしていたことをオレは知っている……)
「……それでは、私からの尋問は終わりよ。何か他に問いたいことは?」
「無いよ」
「ありませんわ」
「大丈夫です」
この聞き取りも終わりを告げようとしていた。フィリアは各人にウィズへの質疑がないか確認をする。その全員が何もないことを知るや、ウィズへ告げた。
「もういいわ。ご苦労様。今日は休みなさい」
「はい。では、失礼いたします」
ウィズは立ち上がって頭を下げると、言われた通りに退室した。部屋を出ると、この部屋へウィズを連れてきた初老の男が依然待っており、部屋を出てきたウィズへ言う。
「お送りいたします」
「……ありがとうございます」
ウィズは初老の男に笑って返した。そのままもう一人の見張り番を置いて、ウィズは初老の背中につく。
(……秘天教派のことまで突き止めたんだから、紫色のフードが『ブレイブ家』と関係があったことも突き止められても不思議じゃないな)
廊下を歩きながら、ウィズは静かに思う。
別に今回の騒動を『ブレイブ家』が起こしたとかそうでないとか、どうでも良かった。ただ事実として存在しているのは、かつて『紫色のフード』が『ブレイブ家』に協力していたということ。
しばらく歩いて、ウィズは自分の客室へとたどり着いた。送ってくれた初老の男にお礼をすると、ウィズはすぐ部屋の中に入った。
(ツバをつけていて良かったよ)
部屋の中で、ウィズは『緋閃』の魔法陣を展開する。しかしそれはいつものそれではない。
(遠隔操作は苦手だが……暴発前提なら話は別だ)
ウィズは魔法陣に魔力を込め、それを起動させた。それは呼応するように、ウィズがつけてきた"ツバ"へ伝達される。
("口止め"の見せしめだ。悪く思うなよ、山賊風情)
ニヤリとウィズは嗤う。
ウィズが今起動させた魔法陣を介して、それは今日捕まえた山賊たちへと魔力が伝達された。捕らえていた際に、彼らへ特殊な魔法陣を植え付けていたのだ。
それはウィズの魔力に反応し、『緋閃』が起動するもの。だが遠隔操作は不可であり、精度は悲哀を見せる。
――ただ、魔力を暴発するように仕向けるのは簡単だった。魔法陣が許容できる量以上の魔力をぶち込めばいい。耐えきれなくなった魔法陣は破壊され、残留した魔力が嵐のごとく肉体の中から暴れのたうちまわることになるだろう。
(さてと……国籍の方、どうしよっかなあ)
ウィズはそう思いながら、ベッドへと腰を下ろしたのだった。




