77 それぞれに張られた糸
ウィズのもとへ歩いてきたソニアは小さく手で彼に挨拶をした後、ハーネスへと目を向けた。
「お久しぶりです。ハーネス様」
ソニアが頭を下げる。ハーネスはソニアに気付くと、持っていた剣を芝生の上に置いて嬉しそうに笑った。
「ソニアさん! お久しぶりです! 元気そうで良かった……!」
「ハーネス様こそ、お変わりないようで何よりです」
「変わりがない……か」
にっこりと微笑むソニアに、ハーネスは瞬きするほどの一瞬だけ、表情を曇らせたような気がした。ウィズにはその理由が分かる。
『アーク家』の『家訓』――"変わりがない"というソニアの言葉は暗に、『家訓』通りにハーネスが振る舞えていないことを示してしまったのだろう。ウィズから見ても今の彼の言動にはフィリアのような、はなはだしいものは感じられない。
(まあでも……)
ハーネスがもしも『家訓』に従う努力をしているのなら、それが水の泡になる可能性は十分とある。フィリアは『家訓』を消し去ろうとしているのだ。『アーク家』の身勝手な伝統で他者を振り回すのは御免だと。彼女が『アーク家』の主権を握ることになれば、それは成就されるだろうか。
「というかソニア、こんなところに来てどうしたの?」
ハーネスのことはさておき、ウィズはソニアへ聞いた。ウィズたちがいるこの庭園は客室の廊下から見下ろせる場所にある。推測だが、ソニアはその廊下からウィズたちを見つけたのだろう。
ソニアは少し目を泳がせながら、小さくぼやくように言った。
「いやさ……何してるのかなーって」
「ハーネスさんに魔力のアドバイスしてるんだよ。彼、『魔法剣士』なんだってね。少しでもお力になればと思って」
「ふーん……」
ソニアはそう言いながら、ちょっとだけ、まるで拗ねるかのように口をとがらせる。それを見たウィズは軽く笑った。
「分かってる……。えっと、ハーネスさん? ソニアも一緒に教えてもいいですか……?」
「もちろんですよ……!」
恐縮しつつハーネスへ訊いたウィズであったが、ハーネスの物腰は柔らかかった。むしろ、どこか嬉しそうにさえしていて、彼は続ける。
「ソニアさんも魔力の使い方を覚えてる途中なんですね! もし貴方が完璧に使えるようになれば、僕なんかよりも強くなれますよ……! なんだってソニアさんの御父上は、あの『東洋の加護』って呼ばれた『デ……」
「それはなしです。ハーネス様」
身振りで奮う気持ちを表しながら語るハーネスを、ソニアは冷静に阻止した。さっきまでの雰囲気とはがらりと変わって、ウィズが見る彼女の横顔にはどこか"冷たさ"を感じた。
否、"冷たさ"というよりは"冷徹さ"というべきだろうか。ソニアの父は『未開領域』だとかで行方不明というのを『ネグーン』で聞いていたが、それに関係しているのだろう。
「父とボクは違うから……。ボクは父と母を『未開領域』に迎えにいくまで、両親の血統を名乗らないことにしてます。だって……両親すら救えない自分がそれを名乗ってしまえば、ボクは両親に顔向けができません」
瞳を曇らせつつも、とても率直に真っ向からハーネスを見据え、ソニアは堂々とそう言ってのけた。その言葉にハッとさせられたのはハーネスだけではなく、思わずウィズもその威圧に引き込まれそうになってしまった。
(……血統、ねぇ)
ウィズはちらりとハーネスを見る。
『血統』、『伝統』――形のないもの縛られてるのはハーネスも同じだ。
「……そうですか」
ハーネスは特に荒波も立てず、ソニアの言葉に身を引く。
ソニアのそれとハーネスのそれは形式が似通っていても、その実全く違うものだ。それでもハーネスは何かを感じ取れただろうか。
「……」
アレフにとっての『家族』と『血統』の問題は彼の人生と切り離せないほど強い。しかしウィズにとっては。
「……さて、じゃあソニアと一緒に魔力についてアドバイスでも……といってもハーネスさんの方は、すで魔力による身体強化が教える域にないので、残りは実戦込みで上達していくのが良いと思いますよ」
なんだか面白くなかったので、ウィズは自ら口を開いて話題を戻した。それを聞いたハーネスは目を細めると、剣を手にして立ち上がる。そして座るウィズを見下ろした。
「なら、手合いをお願いします」
「……そうきますか」
あまりにも真っ直ぐな言葉にウィズは思わず笑ってしまった。しかしながらウィズも満更でもなくて、ハーネスと同じく立ち上がる。
気分転換には丁度良い。それに『アーク家』とソニアに強さを誇示しておくには良い機会だ。
そんな二人を見上げるソニアであったが、ウィズの視線が彼女に向くとピクリと肩を揺らした。
「いいですよ。ただ、ハーネスさんとソニアの二人で僕に向かってきてくださいね。……フィリアさんに見込まれた力、見せますよ」
ウィズは妖しげに笑みを浮かべ、右手に魔力摩擦による火花を散らしたのだった。




