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71 お手紙

 夕食の時間には、アルトが言っていた通り東の国の料理が運ばれてきた。味付けされた生の魚が米の上に乗っている料理であった。


 見た目はかなりガサツであったが、口に入れてしまえば気にはならない。さっぱりとした風味は舌をうならせた。食べ物にあまり興味はないが、あと一度は食べてみたいと思った。



 さて、食事も終えたところで、ウィズは自室のイスに座って腕を組んでいた。ジッと眼前の窓を見つめる。部屋の明かりで窓に反射しているのはウィズの姿そのもの。漆黒の夜を背景に自分の表情が見えた。


 表情といっても無表情だ。そうはいっても、例えば窓に映る自分を前にして笑い転げる奴はかなりの少数派だろう。しかしそういう意味ではなく、ウィズの見せたそれは――。


 その瞬間、扉をノックする音が聞こえた。ウィズはハッとして振り返る。


「失礼いたします。お皿をおさげいたします」


 扉越しに聞こえた声にウィズは変哲もなく返事をした。それに呼応して扉は開かれる。


 それはメイドだった。ウィズの近くまで歩み寄ると、一枚の手紙を差し出す。


「……アルト様より、伝達でございます」


「ありがとう」


 メイドは手紙を渡すと、手際よく皿をお盆に乗せて片付けた。そして一礼をして部屋から出ていく。


 扉が閉まる音。それからちょっと時を待って、ウィズは折られたの手紙を展開した。そこに書いてあったのはとても簡素であった。『エントランスにいる初老の男に手紙を渡せ』。ただそれだけの言葉。


「……」


 ウィズはじっとその文字列を見つめる。


(ここまで遠回しにする必要はあるのか……?)


 そうは思いつつも、それが『アーク家』のやり方であるのなら、ウィズがこれ以上思考を巡らせる必要もない。むしろ、いずれ敵対する可能性もある『アーク家』の雰囲気を掴んだと、ポジティブな考え方もできるだろう。


 ウィズは席を立つ。そして扉へと足を進めたのだった。



 廊下では誰ともすれ違わなかった。エントランスに出たウィズは、吹き抜けの上階から壁際に立つ使用人たちを見下ろす。手紙に書いてあった初老の男を探してみたのだ。


 けれども、エントランスに配置されている使用人に初老の男はいない。床の掃除をしている者や、たまに行き交う者にも目を配らせたが、『初老の男』という印象の者は見つからなかった。


 もしや、あの手紙の文章をはき違えて読んでしまったのではないか、という疑問が沸き上がる。あの手紙の内容を再び見るにしても、ここでは人目があった。わざわざ秘密に手紙で伝えてきたことだ。ここで開き直すのは得策ではないだろう。


 仕方がないので、部屋に戻るしかないか。そう思って下を向き、ウィズは息を吐いた。


「……お手洗いでもお探しかな?」


 そんなウィズへ話しかける声が聞こえた。ウィズはその声の方を振り向くと、僅かに瞳を丸くする。


「私でよろしければ、ご案内いたしますよ」


 そこで腰を曲げていたのは整えられた白い髭に白髪で、面影にどこか安心感を与えてくるような"初老の男"だった。ウィズは内心安心して微笑みながらも、表情を一つも変えずにポケットへ手を伸ばす。


「いえ、こちらの手紙を拾いましてね。落とし物を誰にお渡しすれば良いのか、決めかねておりまして」


 ウィズはそう言いながら、手紙を初老の男へ手渡した。彼はウィズからそれを受け取ると、軽くその手紙を指でなぞる。


「そうですか。今後とも屋敷に滞在されるのでしたら、そういう場合にどこへ届ければ良いのか、これから案内いたしますよ」


「それはどうもご丁寧に。お言葉に甘えさせていただきますかね」


ニッコリと笑う初老の執事に、ウィズも笑い返した。「付いてきてください」と言った彼の背中をウィズは追う。


 初老の男に連れられてきたのは初めて来る部屋だった。その部屋の前には一人のメイドが立っており、初老の男を見るや否や右手を顔のわきに上げる。直後、ハッとした表情になったかと思えば、何事もなかったように腰を曲げて頭を下げた。


 初老の男は少し困ったように微笑みつつ、軽く会釈をする。そしてメイドとは逆方向の扉の脇に身を寄せると、ウィズへ告げた。


「どうぞ。フィリア様方がお待ちです」


 彼は扉に手をやり、入室を促す。ウィズは小さくうなずくと、扉に手をかけた。


「失礼します」


 ノックをして扉を開ける。ウィズはそのまま部屋の中へ入った。


「……」


 部屋に入ったところで、ウィズは立ち止まってテーブルを囲む顔に目を細める。中には六人の人物が存在した。ウィズが部屋に入ったところで、メイドにより背後の扉が閉められる。


 中にいたのはフィリア、アークの他に知らない顔が四つあった。イスに座っている銀髪の男女と、その後ろにつく黒髪の男性と緑髪の女性。イスに座っている銀髪に関しては、言われなくてもその正体を推測ができた。


「そこに座りなさい」


「かしこまりました」


 フィリアの鋭い声がウィズの耳へ届く。ウィズは淡々と返事をして、指示通りに指示されたイスの下へ足を進め、その背もたれに手をかけた。


 ――直後、イスを引く音と共に金属がこすれる音が静寂を破り、きめ細やかに響いた。


 銀色の軌道が一閃を(かたど)り、その剣はウィズへと猶予なく振り下ろされる。


「……」


 それは突然のことだったが、ウィズの表情は変わらない。その一閃を身を反らして回避すると、右手に光の魔方陣を展開する。そしてそれは瞬時に収束し、三つの熱線――『緋閃(イグネート)』が放たれた。


「くっ……!」


 イスから立ち上がり、剣を振るったのは見知らぬ銀髪の男だった。『緋閃』はその剣をへし折り、そのへし折った先端を別の熱線が弾く。そして三つ目の熱線は足止めをするかのように、男の足元を焼き切った。


 弾かれた剣の先端はテーブルの真ん中に突き刺さる。ウィズはそのまま襲ってきた男へ人差し指を向け、魔方陣を展開した。


「っ」


 銀髪で短髪の男は汗を頬と額に流しつつ、両手を挙げる。揺らいだ瞳でウィズを見ていた。彼を見る限り、この部屋にいる誰よりも幼く見える。


「いかがですか」


 ウィズは人差し指を向けたまま、フィリアへ視線を向けたのだった。

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