70 報告
ウィズは胸が引き締まるほどの思いで、『観葉魔植物』もとい、ドラゴラムを執事に預けた。
何よりもドラゴラムが悲しそうな顔をしていた――気がする――のがつらかった。ドラゴラムを植えている鉢付き土台を持って、執事が真っ青にしていることに気付かないほどに。
ウィズとソニアはドラゴラムと別れると、アルトを先頭にそれぞれ屋敷の中に入った。玄関の扉がゆっくりと閉められる。屋敷の中に入って数歩歩いたところで、アルトは振り返って二人に言った。
「さてと、お疲れ様だな。早速だが、今日の事件について詳しく聞きたい」
「……はい」
さっきまでの軽い雰囲気は消し飛び、残されたのは重圧だけ。真剣な眼差しに見入られた二人は、静かにその意志を示したのだった。
それから二人はアルトに連れられて、前に訪れた応接間についた。中に入るとそこには誰もおらず、そこでウィズとソニアは隣り合わせで席に座り、対面に座ったアルトへと事の顛末を語る。
口を開いてから数分後。
「……なるほど」
偶然町の服屋に訪れたことで事件を目撃したところから、山賊たちを捕らえたところまで説明し終えた。ウィズたちが話し終わるまで黙って聞いていたアルトが、初めて見解を示して顎を手に当てる。
それからひとまず顔を上げると、薄く微笑んで告げた。
「まずは、そうだね。君らに礼を言っておこう。ありがとう。本来、君らの仕事じゃないのにな」
それからテーブルに肘をついて、表情を引き締める。
「だがこれはまだ序の口なんだろう。……姉様が君らを雇った理由は"そこ"にある。だから今後はより一層気を引き締めて欲しい。王国からの通告は前例がないからな。前代未聞の事態には、想像を超える何かが起こるかもしれない」
「……」
彼の真剣な言葉は室内の雰囲気に重力を付与するには充分だった。緊張感に満ちた部屋の空気にソニアは息を呑み、ウィズもじっとアルトを見つめる。
王国からの聖騎士団発足指令。それはこの国が出来てから初めてのことだ。信用に足る見通しができないのは剣聖御三家だけではない。その領民たちや、主催である王国でさえ、その勝手が分からない。だからその分警戒は多くなるし、同じく見えない穴もそこら中に発生する可能性がある。
――そしてそれは、ウィズにとっても同じなのだ。
(……内側には潜り込めつつあるんだ)
ウィズは膝の上の拳を握りしめる。
(関わる人間は少なからず『不安』なんだ。その『不安』を煽ればもしくは……)
「セリドア聖騎士団の発足を良く思わない国民もいる。敵はどこにいるか分からない。だから君らは、最大限の警戒で姉様を護衛してくれ」
ウィズの心情など知らず、アルトはそう言ってのけた。ウィズとソニアは深くうなずき、彼の言葉を心にとどめる。
『敵はどこにいるか分からない』――アルトの言葉は『ウィズ』という存在が信憑性を高めていた。少なくてもウィズの標的は『ブレイブ家』であるが、もし『アーク家』が『ブレイブ家』を助太刀しようものなら。
――ウィズは、戦るしかない。
アルトは短く息を吐いた。
「今日はお疲れだろうし、ここまでにしようか。……そうそう、今日の夕飯は東の国の郷土料理みたいだ。料理長が東に住む古い友人に会ったとかで。そういうわけで、今晩は忘れずに楽しみにしててくれよ?」
「……」
それは二人に対しての言葉であった。しかしウィズにとってだけは、また別の意味をアルトに押しつけられた気がしてならない。
(今晩、忘れずに、か)
杞憂かもしれない。しかしながら、ウィズにはアルトからの確認に聞こえたのだった。
*
ウィズとソニアが応接間から退室した。アルトはそこに一人残り、テーブルに肘をつく。
カチカチと時計の針が動く音だけが聞こえる。
(……ウィズの話によると、黒幕は『魔法傀儡』ということだったが)
アルトは回想しながら心を整理していた。
(昼、突然空に掛かった光……あれをウィズは自分の魔法と言っていたな)
テーブルに反射する自分の顔を見ながら、軽く思考を巡らす。
(そしてその傀儡が使っていたフードを入手することに成功した、か)
肘をついた両腕の手を顎の下で絡めた。そしてその上に顎を乗せる。その視線は対面の真っ白な壁に向けられていた。
森の中から斜めに発射された光の柱。偶然にもアルトはその一部始終を目撃していた。アルトは剣士ではあるが、その『光の柱』の魔法の出力は並大抵のものではないことは理解していた。
(あの物量の光をぶつければ、フードは木端微塵に、傀儡自体もかなり損壊するはず。でもなぜフードが残っている……?)
考えられるはざっと三つだ。背をイスに深く寄りかかる。
(一つ目と二つ目の推測としては、ウィズに殺す気がなかったというものだな。捕まえて持ち返るための生け捕りか、それともウィズがスパイで仲間を殺すわけにはいかなかったのか。後者はともかく前者ならそれで納得できる。……だが)
アルトは絡んだ指を戻した。
(あの光の出力的に、人間を殺す威力だったはずだ。狙って生かすのなら、あそこまで大胆で強力な魔法を撃つとは考えにくい。
ここで三つ目の推測。それは、何らかの理由で気が動転していて、魔法の威力が分散していたということ。そうだなあ、考えられるものと云えば)
アルトはテーブルに手をつくと、静かに立ち上がる。そして白い壁に目を細めたのだった。
(とてつもない"怒り"のような感情で、思わず威力を分散させてしまった、だとか)




