69 温度差
「あはは、ダメだってば! あんまり噛み噛みしちゃあ……」
『ぐしゅー』
「……」
手綱を握り、馬車を走らせるソニアは全く集中できない表情で隣のウィズを横目で見る。
彼は植木鉢がはまった土台を膝に乗っけて、そこから意気揚々とウネウネしている『観葉魔植物』と遊んでいた。頬をちょっと赤らめて、ガブガブと口のような花弁で甘噛みしてくる『観葉魔植物』に甘々な様子である。
ソニアはそれを睨んでは、どうしようもなく気持ちが沈んでため息をついた。
(あんな表情……ボクには見せたことないのに……)
幸せそうに微笑みながら、『観葉魔植物』の大きな図体を抱きしめるウィズ。「んー」と『観葉魔植物』を頬ずりして、とても気持ちよさそうに表情も解けている。
「よしよし……」
ウィズはソニアの事など忘れているかのように、雑貨店で『観葉魔植物』と一緒に買った白い手袋をつけた手で、花弁を撫でていた。『観葉魔植物』もクネクネと葉や根を揺らして、それに反応する。
――『観葉魔植物』。誰が作ったのかさえ分からない。そもそも自然に発生したのか、生物の手で造られたのかさえも曖昧な生態系を持つ謎の植物だ。
普通の『観葉魔植物』は手のひらサイズでもっと小さいのだが、ウィズが気に入った『観葉魔植物』はそうではなかったようだ。こんなに大きな『観葉魔植物』はソニアとて初めて見た。
いや、そんなことはソニアにとってどうでも良いのだ。
すごく、とてもすごく気になっているのは、ソニアを差し置いてウィズがその『観葉魔植物』に熱を注いでいるということ。
「むー……」
ソニアはもどかしそうに目を細める。
流石に植物には負けたくないという自尊心が、ソニアの中で芽生えつつあったのだった。
*
「えっと……何、そのモンスター……? テロでも起こす気……?」
「違う……! このつぶらな瞳がそんなことをするわけ……!」
「瞳無くねぇ?」
『アーク家』の屋敷に着くや否や、まず最初に出迎えの執事がウィズの持つ『観葉魔植物』に腰を抜かした。
それから強めの口調で『その場待機』を命じられ、執事長が出てきて、それからまさかの『アルト・アーク』が呼ばれるハメになった。
(……マジか)
アルトの様子からして、『観葉魔植物』を屋敷内に入れてくれそうにないのは明白だった。ウィズはその現実に直面して、本気で名残惜しい気持ちに襲われていた。
本当は山賊から奪い取った腕を隠すために、手袋を買うつもりだった。観葉植物の手入れツールを理由に、自然と購入してしまうつもりだったのだ。
なのに、ウィズが目にしたのは胸を馳せるほどカッコ良い『観葉魔植物』。しかも店主に恐怖された時、悲しそうな仕草をしていた。つまり『観葉魔植物』はこのカッコいい姿であるのにも関わらず、人間とも優しくしたい気持ちがなるのだ。
そのギャップにウィズは完全に魅入られてしまった。ペットと同じだ。
「そこを……なんとか……」
「いや……いやいや……確かに……今のところヴィジュアルに対して実害はなさそうだが……屋敷の中におくのは……」
「く……!」
アルトの言うことは至極真っ当な意見だった。確かに見た目はとてもクールであるが、それは店主やソニアが示していたように安心を感じるものではない。
ウィズは歯を食いしばると、『観葉魔植物』を地面においた。そして一番ウィズのことを甘噛みしていた花弁の前に顔を寄せる。
「ごめんね……。ドラゴラム……君は一緒に行けないみたいなんだ……」
「名前か……」
「いつの間に名前を……」
『観葉魔植物』――もとい、ドラゴラムと名付けたその植物に、ウィズは悲しみを抑えながら告げた。ドラゴラムもとても悲しそうに花弁を垂れる。
周囲でそんなウィズを一歩下がった場所で見ていたソニアやアルトも、気まずそうに互いに目配せをした。どちらも、ウィズのこんな様子を見るの初めてで、はっきり言えば困惑していたのだろう。
ウィズは鼻をすすると、アルトの方へ真摯に向き直した。不意を突かれたアルトはピクリと肩を伸ばし、ウィズと向き合った。涙ぐみながら、ウィズは言った。
「アルトさん……せめて、日差しの良い場所に……」
「……『アーク家』の庭は広い。きっと、その子にもお気に入りの場所ができると思うよ」
「ありがとうございます……!」
流石の温度差を感じながら、アルトはどうしようもなくそう答えたのだった。




