65 休戦
ソニアは気絶した山賊の影から出ると、その体を仲間たちの方へ思いっきり投げた。
「なっ……!?」
山賊たちは目を見開いた。ソニアは彼を投げた後に、左右の腕につけたワイヤーを起動させながら言う。
「一旦休戦にしよう! 逃げるよ!」
ソニアはそのままライトワイヤーを出口方向の天井に放ち、それを利用して宙を急加速した。一人でスルスルと移動していく彼女を見上げた山賊たちは、ハッとして視線を下にやる。
「そ、そいつを連れて早く出る!」
「おう!」
ソニアの提案を呑んだ女山賊が仲間に声をかけた。それを拒絶する者はいなかったらしく、他の山賊たちは肯定の声をあげて弓矢を閉まった。
そして未だ洞窟が揺れ、天井の砂の落ちるスピードがはやくなっている中、山賊たちは投げられた仲間の下へ駆け寄った。数人で気絶した山賊を持ち上げると、ソニアに続いて彼らも急いで洞窟の出口へ向かう。
左右のワイヤーを駆使しながら、走るよりも早く移動していたソニアは数回にわたってちらりと後ろを確認していた。ソニアの言う通り、攻撃よりも撤退を選んだ彼らに安心しながらも、目の前から迫る外の光に目を細める。
「……っと!」
洞窟から出て、ワイヤーを刺す場所がなくなったために、ソニアは勢いよく外の地面へと投げ出された。なんとか勢いを殺しつつ着地して、無事脱出できたことに安堵のため息をつく。
空を見上げると、洞窟がある方向に斜めになった光の柱が顕現していた。そしてそれは先の方から粒子となって零れては消えていっている。
凍りかけて冷たくなっている地面に手を置いて、ソニアはそれを見上げていた。凍結の浸食は洞窟の外まで届いているが、それは数メートルまで。現時点でもう浸食は止まっているようだ。
「お姉ちゃんっ!」
上を向いていると、ふとユーナの声が聞こえた。ソニアは声が聞こえた方へ視線を下ろす。
ユーナはソニアを見つけたようで、脇にある草むらの中からゆっくりと出てきた。その表情はソニアが帰ってきた安心と、唐突に放たれた謎の光の衝撃による不安が、双方入り混じっている。
「大丈夫だよ。……たぶんね」
ソニアは両腕につけたワイヤーを太もものバンドに戻しながら、そう告げた。
ユーナがソニアのすぐそばまで近づいてきたところで、遅れて山賊たちが洞窟の中から出てきた。外に出るや、緊張からか山賊たちはその場で腰を下ろす。
その直後、洞窟の中から地響きがとどろいてきて、入口は砂埃と共に崩落したものだから、山賊たちはさらに深く息をついた。
「あたしたち以外はどうなった……?」
「……分かんねーのかよ。……分かるだろ、言わなくたって」
外に出てこられた山賊は気絶している者を含めて四人。それ以外はソニアたちが道中で気絶させた者を含み、瓦礫の下になっているとみるのが当然だろう。
彼らの声が聞こえてきたソニアは目を伏せた。敵であろうとも、仲間を失った様子を見ているといたたまれない気分になる。
そんな彼らにも言わなくてはいけないことがあることにも、ソニアにとってはちょっとした憂鬱であった。今の状況からしても、ソニアたちの対立関係が根本的に覆されたわけではないのだから。
ソニアは少し間を開けてから、ユーナと山賊たちとの間に立ち位置を変えた。そして山賊たちへ言う。
「……どうする? ボクとしては、もう大人しくしててほしいんだけど……。まだ、続きやる?」
凍り付いた地面の上で座り込んでいる山賊たちは、疲れ切った表情でソニアを見上げた。その表情からして、答えはもう出ているような気もするが、ソニアはあえて彼らの言葉を待つ。
ソニア側としてもユーナを無事に連れ帰らなくてはならない。ここで同情した結果、油断をして悲劇に繋がる可能性もなくはないのだ。ソニアは目を細める。
ソニアが未だに警戒している雰囲気を感じ取ったのか、山賊の内の一人が両手をあげた。それに伴い、他の仲間も視線を落とす。
「……やらないさ。もう、俺たちは……」
両手を挙げた男は静かに言った。
「大人しくしてるよ。……瓦礫の中よりも、檻の中の方が幾分マシだ」
そう言って、持っていたククリを投げ捨てる。他の山賊たちも彼にならって、それぞれの武器を遠くへ投げた。
「……そう」
ソニアはそんな彼らを見て、ちょっと安堵した表情になる。闘わなくて良いならそれが一番だ。
とはいっても、ソニアだけではこの場を収めるには足りない。山賊たちに戦闘の意志はとりあえず無いとしても、逃げられる状況になれば逃げてしまうかもしれない。彼らを連れていくにも、ソニアだけでそれを完遂するにはリスクがあった。
(……ウィズ)
ソニアは崩れ落ちた洞窟を見つめ、ウィズの名前を頭の中で浮かべる。
ウィズも洞窟の中で取り残されたままであったが、普通の人のように命を落とすとは思えなかった。彼の戦闘を実際に見たわけではないが、『怒りの森』ではソニアが手も足もでなかった怪物を倒し、馬車での奇襲には一人で対抗して生き残った。
さらには『アーク家』のフィリアからもお墨付きがある。だから大丈夫だ、とソニアは自分に言い聞かせていた。
「……ああ、やっぱこっちで合ってたか」
ふと、聞き覚えのある声が微かに洞窟の上から聞こえてくる。ソニアはハッとして洞窟上の丘を見上げた。
そんなソニアと目が合った声の主――ウィズは、安心したように笑ったのだった。




