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60 焼け付く体

 千切れた両腕の断面からいくつかの細く黒い触手をうねらせながら、ウィズは紫色のフードへと駆けた。そこでようやく、紫色のフードが動く。


「!」


 奴は深い袖をウィズに向け、その腕があるのか分からない闇が広がる袖の中から、火炎弾を放った。ウィズは足を止めず、魔方陣を前方に顕現させて『緋閃(イグネート)』を放つ。


 飛んできた火球を熱線が撃ち落とし、小爆発を起こした。肌を焼く砂埃の中を、ウィズはただひたすら駆け抜ける。


 すぐに煙の領域を突破し、ウィズは紫色のフードの前へと出た。


 少し慌てた様子の紫色のフードの前で右足を踏み込む。右腕から生えた黒い触手を手の形に模して、その平に『緋閃(イグネート)』を顕現させた。



「オマエだァァァアアアアアア!!!!」



 紫色のフードは赤い防御壁を、ウィズは熱線の矛を発現させて、それらがぶつかりあう――。



「あああああぁぁぁあああぁァァァァアアアアア!!!!」



 ウィズの獰猛な叫びが、洞窟の中で爆発音とともに響き渡ったのだった。




 ◇



 ソニアはユーナを抱いて走っていた。背後からは山賊たちが追いかけてくる気配がある。ユーナを抱えたまま戦うのは相手の数的に無理だ。


 洞窟の中は相変わらず暗い。短剣の『地形感知(サンドキャッチ)』で脳裏に浮かぶ感覚を頼りに、ソニアは足をすすめた。


「逃すなァ!」


 山賊の怒鳴り声が背後から聞こえる。彼らは魔法松明を持っているものの、明るくできる範囲はソニアまで届いていない。


 ソニアたちを目視できない以上、攻撃もままならないはずだ。


 そう考えていたソニアだったが、ヒュンと風を切る音が耳元で聞こえたこちでそれは一変する。


「っ! 『燃焼魔矢(ファイアブルアロー)』……!」


 山賊が射り、ソニアを横切った矢。それは燃えており、ソニアの行く先で地面に着弾すると、一気に燃え広がった。


 着弾点に炎を燃え広がらせる矢―― 『燃焼摩矢(ファイアブルアロー)』。山賊はそれを放っていた。


 ソニアが走る先に火の海が。そしてその火の明かりにより、ソニアの位置は山賊たちに丸分かりになる。


「いたぞ! 狙え! 逃すな!!」


「っ!」


 目の前が燃え広がっていようとも、ソニアは止まれなかった。止まったら放たれる矢によってサボテンみたくされるだろう。


 ソニアは抱くユーナを守るようにかばい、燃え広がる火の中で入っていった。足が焼けて痛みが走る。


 同時に短剣に『祝福付与(エンチャント)』されている『自動治癒(オーバーヒール)』が発動した。多少の傷であれば、それで治すことができる。


「……!」


 なので、ソニアは火の中を走りながらユーナをかばうように抱き直した。そして短剣を引き抜いて、ユーナに持たせる。


「え……?」


「……ッ!」


 ユーナが困惑した表情でソナイを見上げた。ソニアは修復しない傷の痛みに耐えながらも、ユーナに告げる。


「道、分かると思うから教えて……っ!」


「は、はい……っ!」


 ユーナに短剣に渡ったことで、ソニアから『地形感知(サンドキャッチ)』と『自動治癒(オーバーヒール)』の能力が失効した。そして代わりにユーナにその力が発現している。これでユーナが傷つくことがあろうとも、軽微なら回復してくれるはずだ。


 同じく、ソニアが『祝福付与(エンチャント)』の『地形感知(サンドキャッチ)』を失ったことで、代わりにユーナにその感覚が継げられた。そこはユーナに教えてもらうしかない。


 火の海を抜けた先でも、さらに新たな『燃焼摩矢(ファイアブルアロー)』が放たれ、再びソニアたちの姿は露になった。これでは(らち)があかない。


 しかし走り続けるしか道はなかった。背後から迫る無数の矢をかいくぐり、ユーナの指示に従って洞窟を駆け抜ける。


 そして三度ほど火の中を駆け抜けたところで、外の明かりが見えてきた。ソニアの足はすでに焦げ付いていて、まともに走れていること自体が奇跡かもしれない。


 もう陽の下まで手が届く――といったところで、ソニアの背中の肩に衝撃が走った。


「っ!」


 ソニアの背中に、『燃焼摩矢(ファイアブルアロー)』が刺さる。ソニアが目を見開くのもつかの間、その着弾点から火が燃え上がり、ソニアの全身を包み込もうと延焼していった。ソニアは瞬時にユーナを外へ投げ出す。


「! お姉ちゃん!」


 燃え上がるソニアの手から離れ、ユーナが外へ転がり出た。


 投げ出されたユーナはすぐに洞窟の中で残ったソニアを見る。その姿はすでに炎に侵され、地面に倒れていた。ソニアに宿る火は彼女を押しつぶすかのようだった。


 その光景がユーナの視界に刻まれる。ソニアは手を震わせながらも、なんとか体を引きずって外に出ようと足掻いていた。


「こんな……とこで……」


 しかし焼け付く痛みが全身に繋がる神経の感覚を焼き切り、思うように動けない。ソニアはただ自分の肉体の表面が焦げて固くなっていくのを感じながら、ゆっくりと目を閉じていく。


(おわり……かなぁ……)


 沈んでいく意識。ソニアの手も力を無くし、地面に落ちた。それを見たユーナが目を見開き、涙を流しながら手を伸ばす。


(熱いよ……ウィズ……)


 消えゆく意志の中で、ただ呑まれていった。ソニアが全てを諦めようとしたところで、"それ"は起きた。


「――」



 洞窟の奥から爆音が響き渡る。そして束の間、一気に視界が白く染まる。


「……?」


 連続するように、ソニアの感覚に変化が訪れた。ヒリつくような――冷たさが、全身を襲う。


「……!?」


 ユーナはまたもや目を見開いていた。その眼前に広がる景色に。



 ――洞窟内が凍結した、その白銀の姿は皮肉にも美しく見えたのだった。


 

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