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59 オマエ

 洞窟の奥の広間で、山賊たちが焚火を囲っていた。片手には飲み物を持ち、大声で騒ぎ合う。


「あの金がありゃ、『アーク領』なんかからは出て遠いとこでよぉ――」


 そんな彼らは気付かない。焚火の明かりが届かない洞窟の通路から、四つの眼が自分を狙っていたことなんて。


「――!」


 山賊たちとは離れ、壁際でもたれかかっていた紫色のフードの者がピクリと動く。


 ――直後、その広間を一縷の熱線が焼いた。


「なぁ……っ!」


 焚火の枝と火の粉が『緋閃(イグネート)』によって跳ね、周囲にいた山賊たちに降りかかる。思わず手を前にやって、不測の事態に反応した。その背後に、黒い影が滑り込む。


「へっ」


 暗い通路から飛び出してきたウィズが、彼らの後ろを取った。そして三つの背中の内、一つに手のひらをかざす。そして威力を弱め、さらにはバネのような螺旋状の『緋閃』を放ち、その山賊の体を吹っ飛ばした。


「がぁっ!」


 その男の体は天井に勢いよくぶつかり、そのまま力を無くして地面に落ちる。


「な、なんだお前は……!」


「っ!」


 背後から襲ったというのに、ウィズは広間の真ん中へと体を前転させた。そして立つ上がり、周囲を見渡す。


「素晴らしいおうちですね! 僕にもくださいよォ!」


「てめぇ!」


 山賊の一人がククリを取り出し、ウィズに向かって突き刺した。ウィズはそれを体を横にねじってかわすと、そいつの胴に手をかざす。その手から霧状の『緋閃』を放ち、意識を刈り取った。


 ウィズはちらりと壁際を見る。そこにはそろりそろりと、忍び足で縛られ転がされているユーナに向かうソニアの姿が。それを確認すると、すぐ視線を彼女から離す。


 それからウィズは片腕を勢いよく上げて、その手から『緋閃』を放ち天井を揺らして見せた。


 周囲をもう一度グルリと見渡して、ウィズは微かに笑みを浮かべて言う。


「動かないで! 僕の魔法はどこにいたって――」


 そこでウィズの視線は。


「いたって」


 壁際にたたずむ。


「って」



 紫色のフードに釘付けになった。



「て、てめぇ! 動くんじゃねえぞ!」

「何モンだ!? 両手をあげろ!」


「ぁ……っぁぁっ」



 山賊たちが喚く声が遠のいてきた。ウィズの視界は紫色のフードで染まる。


 雨に濡れると黒くなるフードだ。下には金色の模様付きの帯がある。そして薄っすらと、紫色の布地には白い糸で模様が描かれているのだ。薄っすらと、トカゲなのかドラゴンなのかは分からないが、四足歩行で細い胴  「なんだその女は! おい、人質を――」  体を持つ爬虫類だ。フードはとても深く、顔どころか髪すら覗くのは難しい。まるで顔  「ウィズ! なんでそこでつっ立って――」  に『存在隠蔽(インビジブル)』をかけているかのよう。正面から回っても顔を  「く……! ユーナちゃん、逃げるよ――」  見れるか分からないぐらいだ。下は黒く変哲もないスラ  「ウィズも逃げて! ボクはユーナちゃんを――」  っとしたズボン。靴も革靴。とてもじゃないが、高価なものではないし、"あの時"は泥で汚れ  「あの女を逃がすな!」  ていた。雨でよどみ、ぬめりを持った泥の上を汚れるのを気にしないで歩いていた。列を作って数人の中、紫色のフードも、それ以外の奴らも傘をささず、ただただ泥をはねて歩いていた。ネズミよりも黒い空の下で、透明な水のつぶてにうたれ、彼らがかかげていたのは――。



「オイ」



 ウィズは虚ろの瞳で、紫色のフードの方へ一歩踏み出す。崩れかけた焚火を踏み、火花が散った。



「テメーだよテメー」



 目を丸くして、紫色のフードをただ一点に見つめながら、ウィズは歩みを進めていた。対して紫色のフードは全く動かない。


「なあおい……っ!」


 ユーナを開放したソニアはすでに洞窟の外へと向かっていた。それを半数ほどの山賊は追う。けれども、もう半数はウィズを殺すために残ったのだ。


 しかしウィズの視線は山賊たちに見向きもしなかった。ゆっくりと、歩みを紫色のフードへと進める。


 完全に山賊たちを無視した歩み。それに山賊が腹をたてないはずがなかった。


「無視するな……っ!」


 山賊の一人がククリをウィズに向かって投擲する。


 そのナイフは不幸にも、ゆっくりと歩くウィズの頭へと向かっていった。そしてさらに不幸なところに、ウィズの横顔の目玉が入っている場所へとククリが突き刺さった。


「っ……!」


 ――そのむごい光景を見た山賊たちは一斉に息を呑む。


 ククリを投擲した力加減、タイミング、投擲覚悟、その全てが偶然にも最善を辿ってしまったのだろう。ククリは目玉と神経の糸の丁度間に突き刺さって、ビビンと振動した。そこから血飛沫が高く広く散るも、ウィズは歩みを止めなかった。


 目玉の視神経に刺さったナイフをもろともせず歩み続けるウィズ。それもあってか、ナイフの刃が振動で暴れまわれ――。



 ――ポロン。



 それは、とてもあっけなかった。あっけなく、ウィズの左目はおでこの下の穴ぼこから零れ落ち、コロコロと転がっては、その瞳は怯える山賊たちを映した。


「……」


「オマエだよ……オマエ……!」


 それでも、ウィズは紫色のフードを睨みながら、ズンズンと歩みを進めていた。


 カタカタと、山賊たちが持っている武器に震えが走る。それでも彼らには山賊としての野犬に近い矜持があった。こんなところでビビっていては、山賊の隅にも置けない臆病者になり果てる――ウィズを囲む山賊たちの焦燥しきった思考にそういう考えが巡っていた。


「うわぁっぁあぁぁあああああ!!!」


 山賊の一人が、くだらなくも実行に移せるぐらいの勇気をもって、手に持った斧でウィズに斬りかかった。それに誘発されるが如く、他の山賊もウィズに斬りかかる。


「うわぁぁぁぁぁあおおああぁぁぁ!!!!」

「おおおぉぉぉぉおぉぉぉぉお!!!!」


 汗を流し、腕は震えて、足は千鳥足のよう。それでも山賊たちはウィズに斬りかかった。


 そんなもんだから、ゆっくり歩くウィズにもまともに斬撃を当てられない者が多かった。


 しかし数打てば当たるのだ。四人の山賊の斬撃はウィズの体を捉えたのだ。


 その内の二つはウィズの体に切り傷を作った。しかしそれだけ。


 残りの二人は、その斧と大きな剣でウィズの両腕を斬り落とした。両腕はゴロンゴロンと地面を跳ね、そこら辺に転がる。


 山賊たちはこの場の異様な緊張により、一振りしただけで膝をついた。立っているのはウィズと、壁際で全く動かない紫色のフードのみ。


「オマエ、だ……」


 どくどくと失った両腕から血を流すウィズ。しかしそれはすぐ止まった。


「オマエオマエオマエ」


 ウィズの失った左目の穴から、黒い触手が少しずつウネウネと飛び出してくる。


「オマエだぁぁぁッァァァァアアアアアアアア!!!!!!!」



 ウィズは叫んだ。呼応するように両腕から一気に無数の黒い糸のような触手が飛び出し、ウィズは駆け出したのだった。


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