19 蜘蛛の巣
ウィズは襲ってきた緑髪の男を無理やり掴み、馬車を飛び降りた。二人の姿が吸い込まれるように暗闇に消える。
手綱を握っていたソニアは間近でそれを目撃していた。
呆気にとられ、馬車から飛び降りたウィズに思わず手を伸ばしてしまいそうになるも、彼女は手綱をぎゅっと握りしめなおす。
(……だめだ! ここはウィズの言った通り、フィリア様を……!)
奥歯を噛み締めて、ソニアは手綱を振るった。
馬車は加速し、薄暗い中を風切って進む。周囲からの魔法攻撃による妨害は多少あれど、残っている敵は残りわずか。
馬車は攻撃を受けながらも、その場を後にする。
――背後で『閻魔石』の爆発音がつんざいた。
その走り去っていく馬車をウィズは地面に寝転んだ状態で見ていた。馬車から降りた後、地面に叩きつけられて倒れてしまっていたのだ。
馬車の微かな明かりが暗闇の向こうへ溶けて行ったのを見ながら、ウィズは立ち上がる。そしてズボンについた砂を払う。
直後、ウィズが取り上げ、馬車から飛び降りた際に頭上へ投げた『閻魔石』が爆発した。生暖かい空気と爆発により砕けた枝の破片が周囲へと飛び散る。
「うおぉぉぉおおぉ!」
その爆破に闘気が誘発されたのか、ウィズの背後から大きな斧を持った男が斬りかかった。しかしウィズは振り向かず、ズボンの次に今度は服についた砂を手でたたいて払っていた。
ウィズの頭に刃が迫る。その時、ウィズは肩の辺りの汚れを払い落としていた。そして払いつつも、その指先が不意に後ろへと向けられる。
――直後、その指先が煌めいた。瞬きよりも速く『緋閃』の熱線が斧を振りかぶった男の体に着弾し、吹っ飛ばす。
「つまらねえな」
地面を転がりダウンした男の隣の暗闇から声がした。
ウィズはその声の方をじっと見つめる。
「随分と悠長ですね」
その男――深緑色の髪の男が目視できるまで接近してきた。ウィズはその姿を目を細めて見据える。
「いいんですか? 言葉よりも攻撃するべきでは?」
ウィズがそう言うと、深緑色の髪の男は剣の刀身を撫でながら口元を緩ませた。
「押しつけられて連れてきた雑魚どもは半壊。もう馬車も行っちまった。どう足掻いてもこれじゃ任務失敗だ。ならよぉ――」
男が剣先をウィズへ向ける。直後、彼の袖の中から糸が出てきて、刀身をぐるぐる巻きにし始めた。
訝し気にして警戒するウィズなど気にもせず、男は楽しそうに口を開ける。
「任務失敗ならよォ……。それならそれで、ここからは個人的に楽しむことにシフトするぜッ!」
バチ、と枝が折れたような音がした。しかしそれは枝が折れた音ではない。あくまで似ているというだけで、実際は違ったのだが。
「俺はお前に興味が湧いた! とことんやり合おうぜ!」
それは男が刀身に隙間なく巻いた糸が放電した音だった。バチバチと鳴らしながら電撃は糸の上からさらに刀身を包むかにように増殖していく。
ウィズは表情を特に変化させず、後ずさりしながら言った。
「ずいぶんと……変な体をしていますね。糸を出すなんて、蜘蛛みたいだ」
「そうさ! 俺は――」
男が剣を振るった。
剣から電撃が放出され、地面を砕きながらウィズへと向かう。
「俺は蜘蛛男! 名前はヴェルナス・アーネート!」
ウィズは『緋閃』を地面に撃ち、その反動で隣に体を吹っ飛ばして雷撃をかわした。地面に足をつけると、身をかがめて見上げる。
その視線の先には深緑色の髪の男――ヴェルナス・アーネートの姿。彼はウィズへ飛びかかってきていた。
「死んでも恨むなよ!」
ヴェルナスは地面を蹴りジャンプする。そして剣をウィズに向かって投げ放った。
ウィズはそれを身をかがめてかわし、『緋閃』の魔方陣を右手に顕現させる。
「……いや」
ウィズの感覚が嫌な気分を感知した。
『緋閃』をヴェルナスに放つのをやめて、明後日の方向にぶっ放した。その衝撃で自分の体を吹っ飛ばす。
体がその場を離れたところで、さっきまでいた場所にヴェルナスが投げた剣が突き刺さった。
ヴェルナスは着地しつつ、その剣を手元に戻す。まるで"テレキネシス"のように、物に触れず物を動かしているようだ。
しかしウィズはすぐそのカラクリに気付いた。目を細め、剣の柄から伸びているモノを見破っていた。
「剣に糸を繋げて……鎖鎌を振り回すみたいに、剣を振り回したのか」
「蜘蛛は糸を吐いて器用に生きる! 蜘蛛の専売特許というわけさ!」
ヴェルナスはくわっと大きく笑って見せる。相も変わらず嬉しそうなヴェルナスに流石にウィズもうんざりだった。
ちょっとした精神異常者にわざわざ構うほど、ウィズは心広くはない。すぐに片付けてしまおうと、その右手をピクリと動かす。
「……?」
何か、何か変だ。ウィズは違和感を覚える。
腕の動きに、引っ張られているような感覚がした。
言ってしまえば不自由。自由に動かせる腕をそうはさせないと、別の物に阻止されているかのような弱い感覚。
そろりと、ウィズは視線を右腕に向ける。そこには右腕があった。何も変哲もない腕が――。
(――いや、これは……!)
ウィズはじっと注目した。薄闇を背景にぼんやりと見える右腕がそこにある。けれど、見るべきはそこではない。
ヴェルナスはウィズに人差し指を向けた。
「蜘蛛の専売特許といえば……あるよなぁ……? 蜘蛛特有の、捕食行動が!」
ウィズの瞳が右腕に繋がれた透明な糸を捉えた。――それは蜘蛛の糸だった。
「蜘蛛の糸を……『トランポリン』のように丸く張って、そこに敵をおびき寄せ捕獲するッ! "蜘蛛といえば"、八本の足でも二本の鋏でもない!」
ウィズが気づいた時には、すでに遅かった。
右腕を捉えた蜘蛛の糸がウィズの体を引っ張り上げた。空に投げ上げられたウィズはすぐに柔らかいものに体が囚われる。
それは言わずもがな、大きな蜘蛛の巣だった。
「"蜘蛛と言えば"! "蜘蛛の巣"だろうが! どこにいても目にする"蜘蛛の巣"こそが蜘蛛の特徴さ!」
「……っ」
蜘蛛の巣に吊るされたウィズを見上げて、ヴェルナスは満足そうにニヤけて見せたのだった。




