18 薄闇の待ち伏せ
改めて食料を調達した一行はサラマンダーの馬車へと戻っていた。
「話はついたわ」
最後に戻ってきたフィリアがそう言いながら、馬車の後ろに腰をかける。すでに前にはウィズとソニアが待機していた。
「この町で余分に時間を使ってしまった。急がないと」
「はい。分かっています」
馬車の荷台――キャリッジに座って言ったフィリアに、ウィズは短く返事をした。そして手綱を振るう。
サラマンダーの馬車は走り出した。カラカラと車輪が回り、『ネグーン』の町を後にする。
馬車は草原やら森の中を通り、時間は流れる。
途中で軽い食事休憩を取って、さらに車輪は回っていった。
それから日も暮れ、『アーク領』がすぐそこまでに迫ってきた。
ずっと運転席に座って手綱を握るウィズも、流石に疲れてきていた。
景色も見飽きて、暇というどうにもならない感覚に溺れていると、ウィズの肩が不意にピクリと跳ねる。
「……これは」
ウィズの感覚が気配を察知したのだ。独断で馬車のスピードを下げる。
それから後ろのキャリッジに乗ったフィリアへと声をかけた。
「フィリアさん……」
「ええ」
ウィズの声掛けのタイミングとほぼ同時にキャリッジからフィリアが顔を出した。その視線は前方の薄暗い道の先へ向けられている。
フィリアもその気配に気づいていたのだろう。
「道前方に気配があります……これは集団です。『アーク領』の方々ですか?」
「出迎えは頼んでないわ。……嫌な感じね」
やはりフィリアも感知していたようだ。ウィズは彼女の同じく、暗闇の先にある気配をじっと睨んだ。
(……ただの旅団なら良い。だがもしや――っ!)
ウィズが思案をしている最中に、それは来てしまった。
「フィリアさん! ソニア! 下がって!」
「――ウィズ?」
「分かった! ソニアはこっちに!」
ウィズが手綱を左手に、右手をフリーにして立ち上がった。
フィリアはキャレッジの中に戻ると、困惑するソニアを抱き寄せて共に後ろへ身を伏せる。
――刹那、暗闇の前方にピカリと光が輝いた。それは星のように、いくつかの点としてウィズの視界に映る。
「――!」
ウィズは右腕を振るう。その振るわれた軌道上に『緋閃』の素粒を生み出し、それはすぐに熱線として前方へと放たれた。
その『緋閃』による熱線は前方でキラリと瞬いた光――否、前方からこの馬車に向かって放たれてた雷撃魔法『エレクトロウェーヴ』へと飛んでいき、飛んできていたそれらを全て相殺する。その爆風が巻き上がり、馬車が振動した。
「くっ……待ち伏せかよ……!」
ウィズは腕のガードの中で揺れる前髪をうざったく思いながら、忌々しくそうぼやいた。
(十中八九、馬車を狙った攻撃だな……。その理由は――いや、今はいい!)
ウィズは左手の手綱を勢いよく振るいかけた。サラマンダーがそれに反応し、進行速度を上げる。
「ソニア! 前に来れる?」
「……っ! うん!」
呼びかけに応えて、ソニアがキャレッジから出てきて運転席に移った。それに続いてフィリアも顔を出し、苦々しい顔でウィズに告げる。
「馬車……いや、私が狙いね……。なら、ここは私が」
「――ダメに決まってるでしょう! 貴女は領地へ辿り着かなければならないのに!」
フィリアの提案をウィズは即座に蹴った。それでは護衛をつけている意味がないではないか。
そしてそれ以上に、ここでフィリアがもし『アーク領』へ辿り着けない事態が起こってしまったのなら、今後の活動に支障が出る。
『剣聖御三家』が一堂に会する『セリドア聖騎士団』にフィリアが出られなくなってしまったら、わざわざウィズが彼女の護衛になった意味がない。慈善事業でフィリアの護衛になったわけではないのだ。
「ソニア! 運転頼む!」
「――ウィズは!?」
「居残りだよ! 追跡はさせないから!」
「そんな……!」
再び前方がきらりと瞬いた。ウィズはソニアに手綱をパスすると、再び『緋閃』を放ち飛んできた『エレクトロウェーヴ』を相殺させる。
再び爆風が巻き上がる中、長い髪をたなびかせながらフィリアは前に出てきた。
「分かった……! 賢くやりなさい、ウィズ!」
「フィリア様……!」
ソニアが納得しきれずにフィリアの名前を口に出すも、その選択が最良であることを彼女も理解したいた。だからそれ以上は何を言わず、ただ唇を噛みしめて手綱を握りしめる。
ウィズとフィリアの視線が一瞬だけ合致した。互いにうなずいて、それぞれの意志を確認する。
「フィリアさんはキャリッジに!」
「ええ!」
ウィズは右腕を構えた。そして弓を引くように後ろへ下げると、次々と周囲に光の魔法陣が顕現する。
腕を引き切ったところでパチンと指を鳴らした。
それを合図に魔法陣に溜まったウィズの魔力が膨張し、『緋閃』の熱線となって前方に感じた気配を爆撃する。
地面が砕かれ大地が震えた。数々の悲鳴が爆破の轟音にかき消される。ウィズの気配感知からして、待ち伏せていた者の大多数はこれで撃滅できた。
それはフィリアも感じ取っていたのだろう。その余波で長い髪を揺らしながら、フィリアはキャリッジへと入っていった。
馬車の運転席は再びウィズとソニアだけが残される。
「ソニア、フィリアさんを頼むよ……!」
「うん……! 気を付けてね!」
ウィズはソニアに笑いかけると、彼女も笑って返した。
待ち伏せしてきた集団の数は残り僅か。しかしそれでも馬車を集中攻撃されればひとたまりもない。
だからこの辺で攻撃を警戒しつつ、ウィズは馬車から降りるべきだろう。
降りたら残った数の少ない敵に攻撃を行い、錯乱させる。その間に馬車を『アーク領』へ無事に走らせ、そして追っ手もつけないようにしなければならない。
なのでウィズは馬車の縁に足をかけた。
少し面倒くさいが、やるしかないのだ。ウィズは足に力を入れた。
「……!」
――直後、近くに邪悪なものを感じてウィズは飛び降りるのを中断した。それは馬車へ飛び掛かってきて――。
「っ! ソニアっ!」
手綱を持つソニアの方へ向かっていた。ウィズは瞬時に翻し、ソニアのそばへ駆け戻る。
「……!」
ソニアの瞳が見開いた。
彼女の目前では剣と光の小手がぶつかり合い、火花が散っていた。
「やるねぇ! 誰だ貴様!」
「単なる魔術師ですよ。ならず者」
飛び掛かってきた邪悪な気配の正体。――それは深緑色の無造作な長髪を垂らし、剣を手に持った男であった。その持っていた剣で運転手のソニアに斬りかかったわけだが。
「魔術師にしてはアクティブだなオイ!」
「多様性の時代ですからね」
その男が振るった剣をウィズは左腕に装備された光の小手で防御したのだ。
その光の小手の正体は『緋閃』。それを熱線として放たず、応用として筒状に腕へぐるりと光の壁を巻いたのだ。
強度は鋼や鉄を優に超えている。そしてさらに、『緋閃』の性質も完全には失っていない。その熱は未だ健在だ。
「……!」
深緑色の髪の男が小手と拮抗する剣の異常を察知する。小手に触れている刀身が徐々に熱で削られていっていた。
「なるほど、多様性ねェ……」
男はクククと笑う。ウィズは一瞬だけ不審に思ったが、すぐにその真意に気付いた。
「なら、こういうのはどうだ!?」
男が剣を握っていたのは右腕。反対側の左腕はフリーだった。その左腕の裾の中からいつの間にか糸が飛び出してきていて、ソニアの前へ垂れていたのだ。
その先には魔鉱石が繋がれており、それはソニアのすぐ隣で揺れている。
――その魔鉱石は『閻魔石』。衝撃を与えると、大きな爆発を起こす鉱石だ。
「――点火ァ!」
どこか楽しそうに男が叫んだ。
直後、『閻魔石』を繋げている糸が燃え始め、その火は『閻魔石』へと向かっていく。
ウィズはすかさず右腕でその『閻魔石』を握りしめた。
「――ッ!」
『閻魔石』は常に発熱しており、さらには火が迫るほど温度が高くなるという性質を持っていた。さらに温度が高くなっているほど、爆発は大きくなるのだ。
この時点で、糸に伝った火はすぐそこまで来ている。それもあってか、ウィズが『閻魔石』を握りしめた瞬間、右手の平が一瞬にして焼かれた。
肉を焼くような良い音と一緒に、嫌な香りの煙が鼻を劈く。
「ぅ――!」
「ウィズ! ダメだよ! 手が……!」
ここで『閻魔石』を爆発させてしまえば、ソニアも重傷のケガを負ってしまうし、何より馬車が消し飛ぶ。そうなればフィリアを『アーク領』に送り届けることができなくなる。
それはダメなのだ。ウィズは静かに口を開く。
「ソニア、あとは任せたからね」
「え……」
ウィズは力を振り絞って左腕の小手で剣を弾き、男の体勢を崩した。そしてそのまま左腕で男の首筋を鷲掴みにする。
「な――」
「無賃乗車はご遠慮願います故……降りろよお前」
冷や汗を浮かばせながら、ウィズはそう告げる。同時に、左腕で男を鷲掴み、右腕で『閻魔石』を握りしめたまま、走行中の馬車から飛び降りたのだった。




