20 木端微塵
蜘蛛の巣に囚われたウィズは腕を動かしてみる。
けれど蜘蛛の糸が見事に引っ付いており、数センチ動かしたところで蜘蛛の糸の伸びが限界に至って、それ以上大きくは動かせない。
ヴェルナスの繰り出した糸。かなりの粘着性がある。四肢に張り付いた糸はそう簡単に外せそうになかった。
「魔術師、と自己紹介してたな。なら風魔法で糸を切り取るか?」
ヴェルナスはウィズが引っかかった蜘蛛の巣の下まで来ると、顎を手に当てて体を横に曲げて見せる。
風魔法とは魔力で空気を圧縮し、それを風の刃にして放つ魔法である。
基本的な魔法の一つなので、魔術師でもないヴェルナスももちろん知っていた。
「いや……風魔法はちょっと苦手でね……」
「おいおい……苦手は"克服"するもんだろうが……。ダメだぜぇ~、そう好き嫌いしちゃあ……」
剣を頭上に向けて、ヴェルナスは片目を閉じる。糸が巻かれたその剣が発熱し、燃え上がった。
「俺の『蜘蛛の糸』は特別性でねぇ……帯電も放電も発熱も発火も! 『可能』なんだなぁこれがァ!」
燃え上がった剣の炎が蜘蛛の巣へと燃え移る。
それはぐるりと蜘蛛の巣のフチに燃え広がり、四方から中心で捕まっているウィズへの火の導線が迫りだした。
「僕はこれから丸焼きになるのかい?」
ウィズは真下のヴェルナスへ苦笑いを浮かべる。ヴェルナスは人差し指をチッチッチッと振るって応えた。
「いや……丸焼きなんてもんじゃねえ、木端微塵になるんだぜ。跡形も一つ残らない、土壌に還るんだよ」
その手を懐に入れると、そこから蜘蛛の糸でグルグル巻きになった物体が出てきた。
ウィズは不思議そうにそれを見つめる。
何がグルグル巻きになっているのか。蜘蛛の糸が隙なく全体に巻かれているので、中身が全く見えない。
その間にも火の手はウィズへ迫っていた。
「俺の糸はグルグル巻きに……隙間ひとつなく密閉することで遮熱もできるんだよ」
そう告げながら、ヴェルナスは糸に巻かれた物体を頭上のウィズに向かって投げた。
投げたと同時に、蜘蛛の糸がクルクルと解かれていく。どんどん中身が見えていく物体。そしてある程度中身が見えてきたウィズは、ハッと目を見開いた。
蜘蛛の糸に巻かれていたもの――それは『閻魔石』だった。
「アツアツのチキンなんかを持ち運ぶの時とかも便利なんだぜ……」
『閻魔石』は火が迫るほど、温度が高くなる。衝撃を与えると爆発し、その爆発は『閻魔石』の温度が高いほど大規模になるのだ。
今、『閻魔石』はヴェルナスの頭上に投げられた。頭上にはウィズと、彼を捉えている蜘蛛の巣がある。
『閻魔石』はウィズの顔のすぐ隣の蜘蛛の糸にくっついた。
「……!」
――『閻魔石』がどんどん発熱していくのを、接触していないのにウィズは頬に感じる。現在蜘蛛の巣は燃えており、それはどんどん中心にいるウィズへと迫っていた。
ウィズに迫るということは、すぐ隣に張り付いた『閻魔石』にも近づくということ。――『閻魔石』はさらに温度を上げる。
「くっ……」
すぐさまこの蜘蛛の巣から脱出しなければいけない。そう思ってウィズは体をよじらせるも、蜘蛛の巣は逃がしてくれない。
(面白い能力だな……)
火と爆発までの時間が迫る中、ウィズは冷静にそう思考する。
蜘蛛の糸は硬さすらないが、その伸縮性と粘着性が実質的に強度を生み出していた。中途半端な刃物で切ろうとするならば、びよーんと伸びて斬りきれないだろう。それどころか、刃が蜘蛛の糸に粘着して捕らわれる。
「じゃーな、魔術師さんよぉ。楽しかったぜ」
後ろに大きく跳びながら、ヴェルナスは剣を構えた。そして地面に着地すると、それを『閻魔石』に向かって投擲する。
「……!」
火はウィズのすぐそこまで迫っていた。『閻魔石』の発熱は充分だ。
剣は一直線に『閻魔石』へ向かっていった。この剣が『閻魔石』にぶつかれば、その衝撃をトリガーとして爆破が実行される。
ふとウィズはヴェルナスを見た。彼は前方に蜘蛛の巣の盾を作り、爆発に備えていた。
さっきから思っていたが、中々汎用性も豊かな能力である。自称『蜘蛛男』らしいが、ヴェルナスがウィズに興味を持ったように、ウィズも彼に興味を持っていた。
「"さよなら"だ……」
ヴェルナスは糸の盾の後ろで静かにぼやく。
刹那、彼が投げた剣がウィズのすぐ隣に張り付いた『閻魔石』へ当たった。
迫る火の波で発熱した『閻魔石』が衝撃を受け、瞬時に爆破段階へと入る。
そして――。
「――」
爆発で空間が歪み、可視化できそうなほどの爆音が轟音となり暴れまわった。木々は薙ぎ倒れ、焔は掻き消える。
糸の盾に隠れていたヴェルナスも、その衝撃に耐えられず後ろに吹っ飛んだ。しかしすぐに腕から糸を放ち、背後に蜘蛛の巣のクッションを作って難を逃れる。
「すげぇ爆発だ……」
蜘蛛の糸から無事這い出て、ヴェルナスは笑う。
あの爆発が至近距離で起これば、ただの人間ならば生きてはいられない。
――そう、ヴェルナスが『勝ち』を確信したところだった。
「ほんと、びっくりしてしまったよ」
「……ッ!?」
ヴェルナスの背後から、声がした。
彼が振り向くよりも先に、首元に腕が伸びて力づくで地面に落とされる。仰向けで黒い夜空を見上げることになったヴェルナスであったが、彼の視線に入ったのはその夜空だけではなかった。
「てめぇ……」
今度はヴェルナスが見開いた。
「面白い顔してるね。なにを考えているの?」
そこには、その体に赤い輪郭と粒子を纏わらせたウィズが、薄く笑って立っていたのだった。




