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衰退世界の夢想蝶  作者: 小柚


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第2話(1)

「あっつい」

 翌日も、皮膚をじりじりと焼く日差しの下にいた。

 津波の後だというのに、景色はほとんど変わらない。

 もともと川底のようにぐちゃぐちゃだったせいだろう。

 一応、魚影を探したが見当たらない。

 地面に立てた日傘の角度を調整する。

 探索には欠かせない道具だ。

 一人用を二人で使っているせいで、どうにも息が合わない。

「やだー、そっち日が入ってる!」

 背中合わせのイブが文句を言う。

 ぐい、と戻され、今度は俺の腕が焼かれる。

 ……また変な日焼けだ。

 いや、日焼けというより火傷だ。

 直射日光は命に関わる。

 俺は仕方なしに、背中に掛けていた上着を頭から被った。

 日は遮られるものの、熱がこもり息苦しい。

 火傷跡を増やすよりはマシ、と諦めて、俺は足元の瓦礫を持ち上げた。

 昨日に比べて、今日の仕事は気楽なものだ。

 わずかに湿った泥の中に、白いものが覗く。

 いやがった。革手袋をした右手を突っ込み、土ごとそいつを持ち上げた。

 天日に晒されたそいつは、黄色く変色しながらうぞうぞと身をよじる。硬くなる前に、手早くアルミ箔でくるむ。

 いわゆる幼虫というやつだ。なんの幼虫かは知らないが、きっと大きな虫なんだろうな。ふと昨日見た蜘蛛を思い浮かべてゾクリとした。

 なんの幼虫だって、別にどうだっていい。今日明日には俺たちの胃袋に収まってしまうのだ。さらに掘り進めると、もう数匹同じのがいた。今日は豊作だな。思わず頬が緩む。

 慣れというのは恐ろしい。ライズがこれを食べようと言い出したときは、人生を絶望視したものだ。

 しかしみんな慣れてしまった。今ではライズを悪食と罵倒する声はない。

 昔はどうだったか知らないが、獣人の異質性は今は長所なのだ。

「いっぱい採れたねぇ」

 カゴはホイル巻きでいっぱいになっていた。中身は日光でゆったりと煮えて、肉汁でパンパンになっているだろう。イブがつばを飲み込む音が聞こえた。

「最近数が減ったって噂だけど、ぜんぜん大丈夫だね」

「そうかな。今日はたまたま運が良かっただけじゃないか」

 イブの不安げな視線に気付く。いかん、つい本音が出てしまった。

「いや、きっと隠れるのが上手くなっただけだな」

 取り繕うようにそう言うと、イブは無邪気に笑って同意した。

 水筒に口をつける。すこししょっぱい水が口内を潤す。至福の時間はあっさり途切れた。もう飲み干してしまったらしい。

 水がなくなると、外にはいられない。基地に戻る支度を始める。


 その後、一ヶ月続いた日照りは豪雨で途切れた。

 この一年、気候は極端な循環を繰り返している。

 雨天の日は特に仕事がない。

 地面がぬかるむと、液状化の危険がある。湿度が高いのも良くない。

 しばらく食料採集に行けないこの間は、一気に食事が質素になる。

 とある雨の日。倉庫番から今日の配給分を受け取って、部屋に戻った。

 芋団子と肉団子がみっつずつ。

 芋はともかく、この肉団子は苦手だ。

 培養肉。

 犬の餌の缶詰めのような見た目で、内蔵を混ぜたような妙な苦味がある。

 あの幼虫の方が、何倍も旨い。

「ばーちゃん、飯だぞ」

 扉を開けると、狭い部屋の真ん中に二人の老婆が座り込んでいた。

「ばーちゃん、聞こえてんのか?」

 俺は反応のない二人の間に割って入り、脇に団子を置いてやる。二人は熱心にラジオを聞いていた。

『……政府は、ユビグラム解析師が事態を引き起こしたという意見を受け、彼らの処遇について話し合い……』

 まだそんなの聞いてんのか。俺は眉をひそめると、二人から離れた場所に腰を下ろした。

 老婆たちは飯に見向きもせず、ラジオに聞き入る。俺は寝転んで読書を始めた。適当に選んだ娯楽小説、読み進めるとどうやら推理物らしいことがわかった。

 施設内は若者に対して老人、とくに老婆の比率が高い。彼らを補助するため、若い奴が同室で世話をすることになっている。俺はカルラとハナという二人の老婆を任されていた。二人はラジオが好きで、垂れ流しにされている本国の放送を毎日飽くことなく聞いている。

「チャフちゃん。これはユビグラム解析とかで作られたのよねぇ」

 身を起こして見ると、カルラ婆が肉団子を手にしていた。

「らしいな」

 俺は自分の肉団子に齧り付く。何とも言えない苦味が口内に広がった。

「不味いよな」

 同意を求めたが、彼女が気にしているのはそういうことじゃないらしい。

「こんなもの食べてたら、天国に行けないんじゃないかねぇ」

 隣で聞いていたハナ婆も、不安そうな顔で団子を見る。俺は思わず笑ってしまった。

「ばーちゃん。天国を心配するのは早いって。とりあえず食えよ」

 ケラケラ笑う俺に安心したのか、彼女たちは顔を見合わせた後、団子を口に運ぶ。俺は一気に口に含んで水で流し込んでしまった。

「でもねえ、本当に不安になるのよ」

「ライズさんの決定だから、何も言えないけど」

「あの人たち、やっぱり……」

 婆さん達はごにょごにょと口ごもる。何が言いたいのかはなんとなくわかった。

 この婆さんたちは信心深い部類の人間だ。近代の科学技術に付いていけなかった一派の生き残りだ。

 しかし、世界はとっくに取り返しのつかない領域へ行っている。

 今更俺たちが何を食おうが関係ない。

 天国なんて誰も行けない。

 そう言ってやりたかったがやめておく。

 婆さんを絶望させたところで何も面白くない。 


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