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起ー【4】

 地上への階段に戻ると、イブが駆け寄ってきた。

「サファーさんたち、どうだった?」

 心配そうな顔。よかった、ちょっとは落ち着いたみたいだな。

「無事だった」

 そう伝えると、彼女は顔をほころばせた。

 仲間たちは、落ち着きなく上を見上げていた。サファーたちに興味のあるやつは他にはいないらしい。

「どうしたんだ」

 俺が問うと、男が答えた。

「津波だ」

「津波」

 びくと身が縮むのがわかる。脳裏に、聳え立つ壁のような波が浮かんできた。

 この施設から外が見えるのは、ライズの特等席の奥にある窓ひとつ。そこから様子を伺っているらしい数人の会話が聞こえた。

「今回も大丈夫でしょうか」

「うーん。大丈夫だと思うよぉ」

「思うって……? 逃げた方がいいんじゃないですか!」

「うーん」

 主に聞こえてくるのは、ヒステリックに叫ぶ女とライズの声だ。

「何か……備えていないんですか? 津波対策……」

「うーん。そういえばね、そこの階段を閉めるとね、浮くらしいよ」

 ライズの声に、周りの仲間たちの顔色が変わった。

「おい! まさか俺たちを締め出す気じゃ……」

「見捨てないでください」

「リーダー!」

 俺も遅まきながら、先ほどの言葉の意味に気付く。階段の入口は、鉄の扉で閉まるようになっている。俺たち階下の人間を切り放せば上は助かるというわけだ。

 閉めよう、という囁きが聞こえる。階段にいるやつらは押し合いへし合い上に入ろうとしている。

 俺はめまいがした。こいつらは、みんな醜いな。どうせこんな世界じゃ長く生きられない。近いうちにみんな死んでしまうのに、ここで仲間を見捨て生き残って空しくないのか。

 イブを見ると、静かに微笑んでいた。大丈夫、お兄ちゃんは見捨てたりしないよ。そんな自信が透けて見えた。それに呼応するように、ライズの声がする。

「あのねぇ、君たちさぁ。どのみち地下がなくなっちゃったら、ぼくたちは終わりなんだよぉ〜」

「でも……」

「どぉすんの、ぎちぎちに人間ばかりが詰められたコンクリの箱の中で。共食いでもするぅ? ぼくは割と好きだよぉ、人間の肉」

 ケケケ、と不気味な笑い声が響くと、空気が凍りついた。とりあえず混乱はおさまったようだ。階下の仲間たちが不信の目で見上げていることを上の人間は知るまいが。

「大丈夫だよぉ。まだ当分は届かないって」

 見えないのがもどかしい。上の人間が悲鳴だか歓声だかを上げるのを、ただ不安な気持ちで聞くしかない。

 しばらくの間、静寂が辺りを占める。遠くに地響きのような低音が聞こえ始めた。今、外はどうなっているんだろう。

「ほら、大丈夫だったでしょ?」

 ライズの自慢げな声が聞こえた。やつのニンマリという笑いが脳裏に浮かぶ。安堵の空気が伝染してくるのがわかった。

「明日のご飯には、お魚が出せるかもねぇ。焼き魚……」

 気の抜けた呟きが聞こえると、みんな危険が去ったことを確信したらしい。解散、解散、と誰かの号令と共に地下に向かう流れが生まれた。俺は地下道に引っ込んで流れが過ぎるのを待った。 

『各地の震度を報告します。……区で震度八、……区で震度六、放棄区の一部で津波が観測されましたが、本国に被害はありません……』

 ラジオから放送が流れている。″本国に被害なし″か。俺は顔をしかめた。 

「どうしたの、チャフ。魚を捕るのはまだ無理だよぉ」

 ライズは数人の仲間とまだ窓の外を眺めていた。俺もひょいと覗きこんでみる。丘の下は海に浸かっていた。

「捕れますかね、魚」

「さあねぇ」

 あまり前向きじゃない返事に、拍子抜けする。

「明日、俺も探してきますよ」

「いいよぉ、きみは。センスないから」

 気を利かせてみたのに、返事はつれない。そういえば昔、海釣りの仕事を任されたことがあったが、奇抜な魚しか釣れなかった。あの蜘蛛とか図鑑で見たような毒々しい色のやつ。ライズは食べられるかも、と言って果敢に挑戦してみたようだが、翌日激しい腹痛に襲われたと聞いた。あれ以来、俺に海釣りの仕事は回ってこない。

「それで、なんか用?」

 そう問われて、用件を思い出した。

「サファーさんたちは無事でした」

「そう」

 今更、という顔をされた。予想していたが、一応俺に言いつけられた仕事だから報告しないと気持ちが悪かったのだ。

 ライズはふいに空を仰ぐと、ぼそりと言った。

「何か言ってた?」

「わかったって言ってました」

「何が」 

 俺と同じことを聞く。俺は微かに聞こえたあの言葉を復唱した。

「地震の、スイッチとかなんとか」

「わかったの?!」

 意外な反応だった。ライズは細い目を大きく開いて俺を見る。

「あともうちょっと、とも言ってましたけど」

「そっかぁ〜よくやってくれたよぉ、うん。焼き魚十匹分だね」

 たった十匹かよ。大したことないじゃないかと思ったが、魚が手に入らない今、ライズの中では十匹というのは破格の評価なのかもしれない。

「ありがとう、チャフ。きみはもう休みなよぉ」

 満面の笑みで階段に向かうライズ。サファーのところへ向かうのか。何の話をしにいくのか少し気になったが、俺には関係ないことだとも思った。

 そうだな、部屋に戻るか。窓の外の空は赤く染まりつつある。冬は来なくなったが、夜は変わらず訪れる。地下はいつでも薄暗いので、時計以外で時間を感じることができるのは、外とここだけだ。

 それと、腹時計だな。ぐうとなった腹を抱えて俺は踵を返した。


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