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衰退世界の夢想蝶  作者: 小柚


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終章(1)

 俺は、何をやっているんだろう。こんなところまで来て。

 寝転がったまま、空に広がる闇を見つめる。

 周囲には屍の山。

 どれもこれも、醜く歪んでしまった俺の成れの果てだ。

 不思議なことに、いくら殺しても俺の海は枯れることがない。

 この屍の山も、時間が経てば溶けて消える。

 おそらく、この死体をばらして、新しい俺に作り替えているんだろう。

 粋なサービス精神だ。

 あれから俺の研究は進み、年齢や髪の色、外見の設定くらいなら自由にできるようになった。

 食べ物の好みや喋り方、歩き方――そういうものも直せるらしい。

 だが肝心の、内面の設定はからっきしだった。

 未だにやつらは命乞いをするし、責任を押し付け合って争う。

 食事を与えれば奪い合うし、巨獣を放てば我先にと逃げ惑う。

 俺は、何をやっているんだろう。

 もう一度、天を見上げてひとりごちた。

 その時、するりと懐から何かが抜け落ちた。

 シブレットにもらった剣の柄だ。

 ……あのまま地下にいれば、シブレットの子供が見られたかな。

 ふと、地下のことを懐かしく思った。

 シブレットの子供は、どんな子供だっただろう。

 男の子だったら、一緒に外で遊べたかな。

 シブレットは基地のリーダーだから、きっとそんなに構ってやれない。

 友人代表として、俺が面倒を見てやらなきゃな。

 狩りの仕方でも教えてやるかな。

 女の子だったら、どうだろう。

 シブレットみたいにやんちゃな女の子なのか。

 全然想像できねえや。

 きっと俺も子供が欲しいって思うんだろうな。

 イブはいないけど……もしかして、サリーとかと上手くいったかもな。

 お互い大切な人を亡くした仲だ。

 冷静になれば、仲良くなれたかもしれない。

 ルークさんやロミとレムも、何食わぬ顔で帰ってきてまた一緒に生活するんだ。

 ロミとレムも、きっと恋仲だったんだろ?

 二人で幸せになればいい。

 ルークさんと二人で祝福してやろう。

 幼虫でウェディングケーキとか作ったら怒られるかな。

 そんなことを妄想しているうちに、俺の胸は少しずつ温かくなっていった。

 あんなに不幸だった地下世界が、こんなにも幸せな場所だったなんて。

 どうして気づかなかったんだろう。

 気づいていれば、こんなところには来なかった。

 あそこにいれば、イブを亡くした心の傷も、いつかは癒えていたかもしれない。

 生温い液が頬を伝う。

 また泣くのか?

 どうしてお前は泣き虫なんだ。

 肝心なところでは泣けないくせに。

 俺のコピーたちは遠巻きに俺を見ている。

 誰も近寄っては来ない。

 慰めに来てくれるやつはいない。

 そうだな。俺はそういうやつさ。

 涙はすぐに乾いた。

 サボっている場合じゃない。

 俺はユビグラムを直さなきゃ、天国に行けねえからな。

 上体を起こすと、俺たちは悲鳴を上げて逃げていった。

 この世界で距離なんて関係ない。

 俺は地面の方を動かせる。

 視野に入りさえすれば、拡大してユビグラムを表示できる。

 逃げても無駄なのに、なんで逃げるんだあいつらは。

 呆れ果てて、もう苛立ちすら覚えない。

 その時――

 背後に気配を感じた。

 俺じゃない。俺は近寄ってこないはずだ。

 コンピュータを鷲掴みにして振り向こうとした瞬間、首に何かが回された。

 や、やめろ!

 慌てて抵抗しようとして――首に回された細い腕を見て、動きが止まる。

 首を締められたんじゃない。

 後ろから抱きつかれたんだ。

 肩にかかる体重は軽く、視界の端に黒い髪が映る。

「ノギス……?」

 どうしてノギスが、ここにいるんだ?

 ノギスは俺に抱きついたまま動かない。

 何だよ、どういうつもりだ。

 迎えに来てくれたのか?

 リバルが呼んでるのか?

 何か言ってくれよ。

 久しぶりに感じた他人の感触に、心がゆっくりと和らいでいく。

 ……しかも、なんだか眠くなってきやがった。

 どういうことだ。

 ノギスは何も言わない。

 ただ俺の首にしがみついている。

 キーン、と耳鳴りが響く。

 あれ……?

 ふと、何か大事なことを忘れてしまったような気がした。

 何だろう。

 強烈な眠気でぼんやりする頭を必死に動かす。

 あれ、そういえば……。

 イブって、どんな顔をしていたっけ。

 俺が亡くした、大切な人。

 “イブ”って名前だったのは覚えているのに、どうしても顔が思い出せない。

 おかしいな。

 さっきまで覚えていたはずだ。

 どうして急に忘れちまったんだ?

 頭に霧がかかっていく。

 濃霧の中で、俺は必死にイブの姿を探す。

 イブって、赤い髪……

 いや、黒い髪……だっけ。

 黒い瞳で、華奢な女の子。

 そもそも、俺の大切な人の名前って、なんだっけ。

 イブ?

 ノギス……じゃなかったか?

 肩の重みが消えていく。

 目の前に、少女が立っていた。

 天使のような微笑みで、俺に手を伸ばしている。

 黒い髪の華奢な少女。

 ノギス。

 俺の大切な人。

 なんだ。

 俺の大切な人は、死んでなんかいない。

 目の前にいるじゃないか。

 今まで一体、何を苦しんでいたんだ。

 目の前に――

 手を伸ばせばそこに――

 俺は彼女に手を伸ばし、引き寄せた。

 真っ暗だった世界が、途端に明るくなった――気がした。

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