第9章(3)
「なんのために、そんなことを……」
「ん?」
つい、そんな言葉が口をついていた。
「なんのために、そんなことを繰り返しているんだ?」
――誰かに命令されているのか? それとも、作りたい物があるのか?
今まで、どんな問いにも即答していたリバル。俺たちの問いに呆れつつも愉快そうに答えてくれていたリバルだが、今の彼女は今までと違い……困惑していた。
しばらく天と地を交互に眺めていたが、やがてぽつりとこう言った。
「わからない」
「え?」
「命令されているのかもしれない。作りたい物があるのかもしれない。わからないんだ、私にも」
なんだそれ。困った顔をするな。
「ただ……私は、″到達者″を作らなければと思っている」
「到達者?」
「到達者は、大釜で合成された素材のうち、″自ら釜を這い出してきた者″だ」
「……?」
「私は、到達者とは我が子と同じものじゃないかと思っているんだよ」
リバルは、ぼそりと呟いた。
「多分、私は子を得るために世界を作っている。しかし同時にそれは破滅だとも思っているんだよ」
両手を広げ、左右を見渡す。
地の果てまで続くスズメバチの巣。
どこまで遠くに意識を飛ばしたのか。たち戻ってきた彼女は、ぼんやりしたまま口を開く。
「この世界も有限だ。子が増えればやがて奪い合いが始まろう。だからね、子は欲しいが、沢山はいらない……」
リバルは再び鋭い眼光で、俺を見据えながら言った。
「私は子を得るために世界を作っている。だけどね、子が欲しいわけではない。子を得る可能性を期待しながら、作っている時間が楽しい。たぶんそういうことだ」
「楽しいから、作っているだけだと?」
「うん、そうだ。到達者が出ないように、出来るだけ長く楽しめるように、調整しながら世界を作っている」
「……到達者が、出ないように?」
俺はその言葉に反応した。
ぞわぞわと悪寒が駆け上がる。
リバルはそれに気がつかない様子で、のんびりと話を続ける。
「到達者が一度出た世界はもう終末さ。一度あることは二度三度、という。現に君たちは、七人も出て来てしまった」
「…………」
俺は浅い呼吸をした。
言われた意味を理解したからだ。
徐々に冴えていく頭に任せて、俺はゆっくりと口を開く。
「……だから、壊したのか。俺たちの世界を……鍋をひっくり返したっていうのか」
「ああ。まあ、ひっくり返す前に煮ているよ。壊れたのはその時――」
「そんなこと、どうでもいいんだよ!」
言葉を遮られたリバルは、ぽかんと間抜け面を晒す。
やめろ、そんな生々しい話はやめろ。
俺の世界を残飯のように扱うのはやめろ。
様子がおかしいことを、流石に察したらしい。リバルはやれやれと首を振ってみせた。
「到達者が出た世界は必ず、さらに多くの到達者が出る。我々は壊すしかないんだ」
――そしてまた、作り直す。
「意味はないが、それなりに愉快だぞ」
「…………」
カラカラと笑う声に、閉口した。
どうしてそんなに軽い口調で語れるんだ。
拳をぐっと握り締める。
――俺の送ってきた人生は、そんなに軽いものじゃなかった。
『私たちはみんな、神の子なんだよ。神さまはいつも私たちを見ていて、良い子にしていれば必ず幸せを与えてくださるよ』
信心深い父が言っていた言葉。この教えは、俺の中に深く根付いていた。良いことをすれば、幸せになれるはず。神さまは見ている。無償の愛を受けられる。だって、俺たちは神さまの子供なんだから。
――そう信じていたのに。
目頭が熱くなる。別に悲しいわけじゃない。なのにどうして涙が出る? そうか、悔し涙か。
俺たちは神さまにとって、我が子ではなかった。
俺は父と母の愛情から産まれたんじゃなく、釜の中でかき混ぜられて「なんとなく合成」された。
俺はなんとなくイブと出会い、イブは死に、世界は煮られて蒸発し、水溜まりになった。
その全てが、″それなりに愉快だから″、だ。
この女がなんとなく楽しむために、俺たちは苦しんで苦しみ抜いて、みんな殺された。
不意に、懐に重みを感じる。
そっと手をやると、冷たい質感に触れた。
引き抜いて見ると、装飾が見えた。シブレットにもらった刃のない剣の柄だ。
『見事な細工だろ? 俺、そういう気持ちを大切にしたいと思ってたんだ』
シブレットがこれを大切にしていたことも、これを俺にくれたことも、あの女が鍋をかき混ぜた結果だっていうのか。記号の羅列で説明が付くことなのか。
「……君は、他の子と違うな。反抗期というか」
リバルの、困惑した声が聞こえる。俺は柄を握り締めて、目の前の女を思い切り睨んでやった。
そうだろうよ、犬はとびきり従順だし、サファーやキューは小釜の前で新しい研究にすでに目を輝かせてやがる。あの猛獣のライズですら、牙を抜かれたように腑抜けた顔をしている。
お前ら、いいのかよ、こんな狂った話、受け容れるのかよ。
「君は、私のことを憎んでいるようだな」
リバルは、先ほどのように手のひらを上にして俺を見ている。
コンピューターのキーボードを打ち込むような手つきで、手首の辺りをつついている。
「同じくらい、自分を憎んでいる」
「……何を見てるんだよ……」
俺はぞっとした。
恐ろしいことが起きている気がした。
「好きな子を守れなかったから? なんとも可愛らしい理由だな」
クスクス笑う女。顔にかっと熱が上がるのがわかる。
「何を見てるんだよ……書いてあるのか? そこに俺が……読めるっていうのか?!」
寄越せ――そう叫んで、手元のそれ奪い取ろうと突進する。ふわりと身をかわされ、勢い余ってつんのめった。
「何やってんの、チャフ」
顔を上げると、腑抜け顔のライズがいた。
彼は心底、面倒くさそうに言った。
「ぼくたちは助かったんだよ? この解放感を楽しもうよ……」
ノギスが助け起こしてくれる。
俺のはらわたは煮えくり返っていた。
解放感? 一体何から、解放されたって言うんだ。
まだ俺は記号の羅列でできていて、何一つ変わっちゃいない。
ノギスの手を振りほどき、再びリバルを睨みつける。
「そうだよ、俺はお前が憎い! お前が母親なんてこれっぽっちも思わない。俺の母さんは、その水溜まりの中にいた母さんだ!」
母さんは死んだ。お前が鍋をかき回したせいで――。
俺の脳裏に、腐っていく母さんの姿が浮かぶ。
「母さんがどんな姿で死んだか知っているか? 人間の腐る臭いを嗅いだことがあるか?」
おかしいんだよ、みんな。どうしてそんな平然としていられる?
本気でこいつのままごとに付き合う気なのか?
おかしいんだ、みんなおかしい。
俺は肩で息をする。
いや、おかしいのは俺なのか?
新しい環境に馴染めない俺のほうなのか?
仲間から困惑の視線を受けて、俺はだんだんとよくわからなくなってきた。
「ご覧のとおり、俺のユビグラムは欠陥品だ! 俺にとっても、お前にとってもだろ?!」
気付けば、叫んでいた。
胸の中のどろどろを吐き出すように、叫んでいた。
「放置したお前が悪い! 直してみろよ、直せるんだろ?」
「……私は、子の情報をいじるのは趣味ではない。どんな子が生まれようと、かけがえのない我が子だよ」
平然と、訳のわからないこだわりを語りやがる。
否定くらいしろよ。
「俺の親父は、母さんは、イブは、シブレットは、ルークさんは! 我が子じゃなかったのか! お前にとっては、ただの鍋に浮いた灰汁かなんかだったのか?」
「少し落ち着け。話が無茶苦茶だ」
「そっちのほうが無茶苦茶なんだろ!」
リバルは小首を傾げて聞いていた。さも子供のわがままに閉口しているように。俺の話はその程度の印象しかないらしい。
ちくしょう、舐めやがって。
俺は腰に手をやった。そこには以前のまま、装備のナイフがぶら下がっていた。これを握り締めて、目の前のあいつに飛び掛かることができたら、どんなにかっこいいか。
なあ、そうだろイブ。お前が死んだのも、元はといえばこいつのせい。みんな、こいつに殺されたんだ。仇を取れるのは俺しかいねえ。なあ、そうだろ、俺!
だが俺の手は、足は、動かない。
目の前の女が眉をひそめる、それだけで俺の身は凍った。
俺の足は、じりりと後退する。
じりじり、じりじりと後退し、ついには膝がガクガクと笑い出す。腕はへにゃりと地を向いた。
――この、欠陥ユビグラムめ!
リバルは不敵な笑みを浮かべて、俺を観察していた。
笑っている。そのことに安堵しているらしい自分に、俺は愕然とした。




