表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
衰退世界の夢想蝶  作者: 小柚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/44

第9章(2)

「こっちです、こっち」

 ふわふわの尻尾を追った旅路がしばらく続いた。相変わらず風景は代わり映えせず、ポコポコした岩が続いている。

 目印もないのによく迷わないもんだ。そう感心していると、犬は急に早足になり、やがて叫びながら走り出した。

「リバル、リバル〜〜!」

 おいおい、見失っちまうぞ。俺も走り出そうとしたが、その必要はなさそうだ。

 身の丈以上もある大きな瘤を通り過ぎ、俺たちは開けた場所に行き着く。

 犬はキャンキャンと鳴きながら、そこでくるくる回っていた。広場の真ん中には、木のように成長した巨大な瘤があり、その根元に人が居た。

「ようこそ、到達者たち…………」

 低く、よく通る声。全身の毛が粟立つのを感じた。

「よくぞ、ここまで到達した。おめでとう、お疲れ様だ」

 拍手のつもりなのか。ゆっくりと手を叩くその人物は、黒い長髪、長身の……女だった。女性にしては鋭すぎる眼光に、俺は威圧感を覚える。

「君たちが寝ている間に、少し覗かせてもらったが……いろいろ大変だったようだな」

 ――まさかこんなにたくさんたどり着くとは。

 何を言われているのか、理解できない。

 ライズでさえ言葉を失っているなか、女は愉快そうに続けた。

「いや、良いのだぞ。子は産まれる前はいろいろと危惧しようが、生まれてしまえばみな可愛いものだ」 

「……す、すみません。ここは、神さまの世界なんですか……?」

「ん?」

 おずおずと尋ねるサファーに目を向ける。手のひらを目の前にかざし、その上にあるなにかを通すように彼女を見ながら、口を開く。

「神の世界……まあ、そんなものだろうな」

 返答はそっけないが、口調は柔らかい。厳つい顔をしているが、案外気さくな人物のようだ。

「ここは私のアトリエだ。何もないが、寛ぐといい」

 まあ、座れと言われたが、座る者はいない。特に疲れているわけでもないし、不思議と立っていることに疲労感を感じなかった。

 そんなことより、気になることがたくさんある。疑問が次々と沸き上がってくる。

「俺たちの世界は……フラノールは、どうなったんですか……」

「ん?」

 ひとり地べたに座り込んだ女は、不思議そうに俺を見上げる。

 先ほどサファーにやったように、俺にも手のひらを向けてから、何やら納得したように頷く。

 そして左の方を指さした。

「あれだよ」

 そこにあったのは、大きな水溜まり。人一人分くらいの、あぶくを浮かべた汚らしい水溜まり。

「あれ……あれって」

「あれだよ。ついさっき、あれになったのさ」

 ついさっきって。

「なかなか廃棄に手間取った。だからお前たちが来てしまったのだ。いやいや、来てくれたことは良いのだよ……」

 廃棄? ……理解したくない。俺は、水溜まりをもう一度見た。

 ポコポコとあぶくを出し、なにやら臭そうな蒸気を発生させている。きっとあの気体は、あの臭いがするのだろう。

「ルークさんは……ロミとレムは……シブレットは…………?」

 聞きたくない、理解したくない、だけどつい口にしてしまう。

「……蒸発してしまった者については、わからんな」

 俺の感情にお構いなく、女は馬鹿正直に答えてくれる。

「蒸発? なにそれ……」

 呆然と呟いたライズに、女は向き直った。

 同様に手のひらを向けて覗き見て、そして――豪快に笑う。

「ほう、お前はなかなか……すごいことをやったものだ。大したやつだな!」

 膝を打って笑う姿は異様だった。

 急に笑われたライズも、怪訝そうに眉をひそめている。

「愉快愉快。よいよい、外道でも良いのだ。全ては水溜まりの中の出来事」

 何を言っているんだこいつ。

 目の前のライズは、なにか思い当たることがあるのか、バツが悪そうに顔を歪めていた。

 なんだよ、何をやったんだよお前……。

 凍りつく空気を破るように、女は再び「座れ、座れ」とみんなを促した。

「水溜まりはどうでも良い。もっと建設的な話をしよう。ここには何もないが、何でもある。せっかく到達したのだから、何でも聞くがよい」

 開き直ったように、ライズがふてぶてしく座る。それに合わせて、サファーとキューも座った。仕方なく俺も座る。ノギスだけは立ったままだった。

「自己紹介がまだだったかな。私はリバル、このアトリエに住んでいる」

 そう名乗った女は、尻尾を振りながら駆け寄る犬を抱き上げる。

「この子は、ディクティス。その水溜まり世界の初めての到達者、君たちのお姉さんだよ」

 犬は″どうだ!″という顔で俺たちを見回した。みんな一瞥しただけで興味なさそうに視線を逸らす。

 俺は内心、鼻で笑った。ディクティス? ずいぶん立派な名前をつけられたもんだ。この女の趣味だろうか。

「ここにはいないが、君たちの前に兄が一人いる。そして――」

 リバルは突然俺に目を向ける。

「君が、次男」

 次にノギスに目を向けて、

「君が、次女」

 ライズ、キュー、サファーと目を移していき、

「君が、三男、四男、三女」

と順番に指さしていく。

 何の話だ。ままごとでも始めようってのか。

 みんな困惑していた。サファーが末妹とは妙な話だ。

「すみません、それは、わたしたちがこの世界に来た順番とか、ですか?」

 おずおずと末妹が手を上げる。なるほど、俺の後はそういう順番で送られたわけか。

 そして一番初めにここに送られてきたのは″犬″。シフト博士に送られた犬……。

 納得した俺だが、リバルは微妙な顔をして言う。

「そうとも言うが。……″生まれた順番″、だよ」

 彼女なりのこだわりがあるらしい。その言葉は妙に強調されていた。

 何だかモヤモヤする。

 女の言うことが、全て癇に障る。

「到達者っていうのは、何? ぼくたちはここへ来て、何かをさせられるの?」

 痺れを切らしたように、ライズが質問を重ねる。

 未だに警戒は解いてないらしい。毛を逆立て、ギラついた目を忙しなく動かしている。

 リバルはカラカラと笑った。

「落ち着け。ここには危険なものなどない。もはや、命をやり取りする必要はない」

 その答えを聞いて、安堵しているらしい。ライズは長い吐息を漏らした。

「何をさせるわけでもない。何をしてもよい。私のように大釜で世界を作ってもよい、小釜で遊んでもよい」

「釜?」

 キューがそう尋ねるが、恐らく見当はついているんだろう。周囲に取り巻くスズメバチの巣に目を向けた。こぽこぽと何かを煮る音がしていた。

「小釜では、大釜に入れる素材を作っている」

 リバルは立ち上がり、一つの巣に歩み寄った。

「一から設計するのもよかろう。偶然に身を任せるのも面白い」

 穴に手をつっこみ、何かをたぐり寄せるような仕草をする。やがて彼女の手には小さな鍋がつままれていて、それを逆さまにする。縁からとドロリと液が垂れ落ち、地面に広がった。

「最近は私もマンネリが酷いよ。同じようなものが出来上がる」

 液溜まりを覗きながら、彼女はそうぼやいた。キューが立ち上がってそれを覗きに行くので、俺も倣って覗いてみる。

「な、何これ……」

 俺の後ろで、サファーが息を呑むのが聞こえた。

 煮液の中には、魚がいた。いや、魚が映っていた。ビチビチと跳ねる無数の魚が。

「おお、一匹珍しいのがいるな。見ろ、虹色の鯉だ」

 珍しいが、この色を出す配列はわかっている。

 その発言にサファーがすぐさま食いついた。

「配列? ユビグラムの配列のことですか?」

 ユビグラム、結局ここでもユビグラムなのか。

 俺は気分が悪くなる。

「ユビグラム……お前たちはそう呼んでいたかな。まあ、それと同じものかな」

 リバルはつまらなそうに呟き、すぐに水溜まりに意識を戻す。

「見ろ、これは珍しい。ほら、残った水を掻き寄せているよ。これは記録をしておこう」

 液だまりに手を突っ込み、魚を握る。引き上げた手のひらには、毛玉がひとつ転がっていた。それは一本の糸で出来ていた。

 リバルは空の鍋を穴に戻すと、元の場所に再び座る。

「鍋に原料を入れて、煮る。気に入ったら工程を記録し、気に入らなかったら廃棄する。小釜で書いた処方を用いて、大釜で作ってみる。大釜はより複雑な環境が作れるから、もっと多様なものが出来上がる。私のアトリエは、それの繰り返しだよ」

 リバルは遠い目をしながら言った。

 その顔は、疲れているのか陶酔しているのか判然とせず、不気味だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ