第8章(1)
長い旅は、ついに終わりを告げた。
ギギィ、と音を立てて車が止まる。
ずっと俯いて貨車を押していたのだが、顔を上げると目の高さにホームが見えた。
「線路はここまでです」
ロミがそう言うと、車から荷を降ろし始める。
「背負える分だけ持って行きましょう」
人数分のカバンに物資を詰めると、わずかな食糧と水が貨車に残された。
最後に黒いシートがかけられ、貨車の姿は闇に溶け込んだ。
ホームに上がり、階段を登る。辛うじて読める案内板から、この駅が区と区を繋ぐ電車の乗り換え駅だとわかる。
「維持に費用がかかるから、地方を結ぶ地下鉄は早くに閉鎖されちゃったの。わざわざ危険な地方に行く区民はいないしね」
サファーたちは中央から、ルノを目指してここを下ってきた。でも道が地震により崩落し閉ざされてしまっていた。
戻るわけにもいかず、進むこともできず、彼女らは仕方なくヨギ区のほうへ進路をとった。
″崩落していた″と語られた場所は、瓦礫がどけられ人ひとり通れる通路が確保されている。ロミの言っていた″開通″とはこのことだったんだろう。
「……!」
トンネルを抜けると、異臭が鼻を刺した。仲間たちも鼻を覆って顔をしかめている。
この臭いには覚えがあった。思い出しそうになって、俺は頭を振る。
布で顔を覆いながら、俺たちは歩き出す。ほのかに照らし出される光景は、先程までとほとんど変わりない。ただ泥に混じって骸が山をなしているのが以前と違うところか。
鼻の奥が焼ける。この臭いは知っている。
まだ終わっていない匂いだ。骨になる前の、途中の匂い。
進むほどに、それらは酷くなっていった。俺たちは自然と早足になっていく。そのせいで、次の駅のホームに着いた時には疲労困憊になっていた。
「ここで、嬉しいお知らせ〜。目的地の最寄駅はここだよ。悲しいお知らせ、今は昼のようだね」
ホームに上り、大理石の床に座り込んで上方を眺めていたライズがそう呟く。
地上へ繋がる階段から、きつい日光が射し込んでいた。懐かしい陽射しに思わず頬がほころぶが、同時に全身を焼かれるあの痛みも思い出す。
昼間に外に出ることはできそうもない。ライズが「悲しいお知らせ」と称した通り、俺たちは日が暮れるまでの数時間、この腐敗臭の篭った墓場に留まらねばならなかった。
日が傾いた頃に俺たちは外に出た。駅からまっすぐ続くアスファルトの坂道を上ると、町並みが見えた。まだ破壊されていない景観。この辺りは高地のため津波が届かなかったんだろう。
俺たちの基地だったヨギ大学と同じような好立地に、その建物群はあった。
ルノ大学。シフト博士とサファーの母校。
「懐かしいなぁ。よかった、壊れてなくて」
「とりあえず、第一関門突破ですね」
勝手知ったるサファーに続いて、物珍しげに周りを見回しながら仲間が続く。
レンガ造りの古風な様相だったヨギ大学と違い、白を基調とした近代的な建物が並ぶ。耐震工事中だったんだろうか、一部の壁に鉄筋の骨組みが組まれているままになっていた。
『ユビグラム研究科』と書かれた建物にたどり着き、サファーはその扉を開く。
中は真っ暗だ。ライズとルークはそれぞれ懐中電灯を点けた。廊下はしんと静まり返っている。教室の名前が書かれた扉が、半開きになったり全開だったりして、荒らされたあとのような中身を晒していた。
「シフトくんとわたしは同じ研究室だったんだよ」
階段を降りながら、サファーが呟く。
「シフトくんはその頃から、『ユビグラムで世界を変えてやるんだ』って言ってたの。わたしたちは友達っていうか、ライバルっていうか……そんな関係だったかな」
地下深くへ下りるにつれて、棟内は整然とした雰囲気を取り戻していく。扉はきっちり閉められ、足跡や泥の侵入は消えていた。
恐らく区民たちは食糧や物資を探し回ったものの、めぼしい物は見つからず、撤退したんだろう。
地下三階の通路は、大型機械の展示会の様相を呈していた。頑丈そうな扉に閉ざされた室内はガラス越しに公開されていて、そこから様々な機械が見てとれる。
その中にぽつんと簡素な扉を見つけたサファーは、迷いなくそのノブを握った。
「ここがわたしたちの研究室。当時のままだといいんだけど……」
ギギと不安な音を立てて開いた扉の先は、こぢんまりとした小部屋だった。長机に部屋の八割方が占領されており、奥に小さなキッチンと、崩れた折りたたみ椅子の山が見えた。
サファーは荷物を机に投げ出すと、壁を埋め尽くす書棚の一角に向かう。
「たしかこのあたりに……あった」
サファーは机の上に薄いファイルを置いた。
仲間たちは彼女を中心に机に群がり、疑問符を浮かべていた。目の前にあるのはなんの変哲もない普通のファイルだ。
「タイムカプセルを探していたんじゃ?」
ルークの問いに、サファーは満面の笑みを浮かべて答えた。
「これがわたしたちのタイムカプセルなの」
「これが、ですか?」
腑に落ちない様子で、レムが呟く。
「わたしたちはこの研究室で学んで、中央の大学に就職することになったの。シフトくんは天才だったから、中央のさらに中央の大学に行くことになって、わたしたちは離れ離れになった」
サファーはパラパラとページをめくる。中は黒く塗りつぶしたかのようにびっしりと文字が並んでいる。
「卒業する前に、わたしたちは将来の夢……『教授になって、どんな研究をするか』……を書き残すことにしたの」
――また何十年か後に会えた時に、見に来ようって約束してね。
そう言って目を細める姿は、大学生だった当時の面影を残しているようだった。
ふたりは恋人同士だったんだろうか。彼らはお互いの夢のために、別れることを選んだのか。つい憶測してしまう。
サファーはあるページで手を止めた。そのページも、びっしりと文字で埋め尽くされている。サファーは食い入るようにそれを眺めていた。
俺も覗き込んでみたが、暗くてよく見えない。
「これ……これのこと? シフトくんが言いたかったのは……」
彼女はガタンと立ち上がり、自分の荷をまさぐる。手放されたファイルを、ライズが即座に拾い上げた。皆も周りに群がった。
俺も斜めから身を乗り出して、目に入ったところから読んでみる。




