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衰退世界の夢想蝶  作者: 小柚


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第7章(3)

 ライズは自然な流れでここを去る準備をしていた。わざと反感を買うような言動と、次期リーダーの用意。すべてがライズの思惑通りに進み、今日この基地はライズから切り離される。

 新たなリーダーのもと、ここの時間は慎ましく流れるだろう。今までと何も変わらず。最後の一人が死に絶えるまで、ずっと。


 出発は夜だった。からりと晴れた空には星々が瞬く。

 これから長い旅に出るとは思えないほどの軽装、普段通りの装備で俺は仲間たちの後に続いた。

 他の人はさらに軽装だ。体にぴたりと密着する小さなカバンと水筒、小型の武器、マントを羽織り、外出用の通気性のいい着衣を纏っているだけだった。

 草に侵食された石畳を辿り、階段を降りる。このコースはなんだか覚えがあった。やがて視界に入った四角い建物を見て悟る。そうだ、これは病院へのルートだ。

 先頭を歩くロミが、慣れた手つきで病院の柵を開ける。威圧感を醸す大きな鉄製の錠を、ガチャガチャ言わせて取り外す。重そうな観音開き扉の片側を開けると、爽やかな風が足元を抜けた。

「昨日のうちに用意しておきました」

「ご苦労さま」

 二、三会話をしながらライズたちは部屋を横断する。

 俺は初めての病院内部に、物珍しくあたりを見回した。窓に鉄格子がはまっている以外は、驚くほど基地と似ている。

 階段を下り、扉をひとつくぐると、地下世界が広がっていた。洗浄室、貯蔵庫がある先にはなぜかシャッターが下ろされており、床と鎖で繋がれている。

「鍵はかけないでおこうか」

 シャッターをくぐった先は、何の変哲もない地下通路。再び鎖を付けようとしていたロミに、ライズはそう提案した。

 驚くべきは、この先だった。俺たちの基地で言うと、サファーの研究室のあたりだろうか。壁にぽかりと大穴があいていた。四つん這いになれば、体格のいいロミでもゆうに入れるくらいのサイズ。

「ロミが掘ったんだよ」

 凝視する俺に、すごいでしょ、とライズが笑う。

「どこかに繋がってるんですか?」

「それは、潜ってのお楽しみ」

 ロミが先陣を切り、ノギス、レム、キュー、サファーと続き、ライズがお先、と言って潜り込んだ。

「お先にどうぞ」

 ルークにそう言われ、俺も穴に両手をつける。

 中は真っ暗だった。壁を伝わるズリズリという音を頼りに、一定のペースで進む。

 穴を抜けた先は、さほど広くない空間だった。砂で汚れたサファーの背中が見える。出口は腰くらいの高さかな、と見当をつけ、慎重に足から着地した。  

 立てた懐中電灯の側で、ライズがカンテラに火を付けている。

「節約しなきゃね」

 そう呟いて、懐中電灯の光を消した。

 頼りない灯りに照らされ、周りの景色が浮き上がる。どうやらこの空間は、トンネル状に伸びているらしい。タイル張りの壁に既視感を覚えたが、足元を見て理由がわかった。

 地下鉄だ。暗闇に続く二本の線路。こんな近くを通っていたのか。

「こっちがルノ方面です」

 一方を指すロミに促されて進むと、線路上に箱が乗っていた。引手と押手がついていて、いかつい車輪で線路に固定されている。

 中には食料と思わしき缶詰やら水やらが積んであった。だからみんな軽装備だったのか、と今更ながら納得する。

「さあ、行こうか」

 ライズの号令とともに、俺たちは思い思いに車に取り付く。そして長い地下の旅が始まった。

 線路と車輪の、金属の擦れる音がトンネルに反響する。

 ひび割れた壁から流れ落ちた泥の跡が真新しい。空気はもったりとして息苦しいが、気温は我慢できないほどじゃなかった。

「懐かしいな〜」

 車を押しながら、サファーが唄うように呟く。ばらばらの足音が数歩響いたあと、

「そうですね」

とキューが同意した。

「まさか、逆向きを辿る日がくるなんて、夢みたいだよ〜」

「……そうですね」

 キューは俺の隣で車を押しながら、俯く。

「サファーさんたちはね、ここを歩いて来られたんだよ」

 もうひとつのカンテラを持つルークが、俺に小声で教えてくれた。

「わたしたち、おなかがぺこぺこで。当てもなく歩いてたらあの穴を見つけて。人がいるかもしれないって、そこでずっと待っていたんだよね……」

 サファーは遠い目をしている。軽い口調ではあるが、壮絶な体験だったんだろう。

「ロミくんが見つけてくれなかったら危なかったなぁ」

 あははと笑う彼女の傍らで、キューは深刻な顔をして俯いていた。

「たしか……このあたりでね、仲間がひとり倒れたの」

 急なカーブが二度続いた先で、サファーがまた呟いた。

「怪我をしていてね、傷口からなにか悪いものが入っちゃったんだと思う。もうちょっとだったのにね……」

 仲間……サファーと同じ解析師か、それとも弟子か。紙一重で助かった身からすれば、ひどく無念だろう。唇を噛み締めているキューの様子がそれを物語っている。

 ふと周囲を見渡すと、かすかに照らされた壁際に、ぼろ切れがちらりと見えた。カンテラの灯りが徐々に移動し、静かに浮かび上がってくる白い物体。

 一年前の情景が、俺の脳裏にも浮かんだ。

 壁にもたれかかった遺体は、ここで人知れず腐っていったんだろう。

 一瞬だけ髑髏の眼孔を照らした後、再びそれは闇に飲み込まれる。

 俺は心の中で冥福を祈り、視線を前に戻した。

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