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衰退世界の夢想蝶  作者: 小柚


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第7章(2)

『……中央区議会で正式に決定しました。ユビグラム解析師の処刑を三十日より順次執行するよう、各地刑務課に勅命が下りました。国民は歓声を上げています。みなさん、聞こえますか……』

「ということだよ」

 ライズがぶつりと録音機を止める。

 隣でレムが静かにメガネを押し上げた。

「上では、さっそくサリーが扇動を始めているようです」

「そろそろ潮時だね……」

 ライズは遠い目をして呟いた。

「各自、荷物をまとめておいて。いつでも出られるように」

 部屋の空気が一瞬だけ引き締まり、皆が静かに散っていく。

 俺もその流れに乗って外へ出た。

 ――まとめる荷物なんて、ない。

 俺の所有物は水筒ひとつ。

 それすら、与えられたものだ。

 備品室で装備でも調達しておくか。

 そう思いながら廊下を歩いていると、前方に人影が見えた。

 若い男女。談笑している。

 近づくにつれ、顔がはっきりする。

 シブレットとモモカ。

 思わず視線を逸らし、そのまま通り過ぎようとした。

「おい、チャフ!」

 足が止まる。

 シブレットはモモカに何か耳打ちし、先に行かせた。

「ちょっと、いいか」

 俺は頷き、近くの部屋のドアを開けた。

「あのさ、その……」

 歯切れが悪い。

 子供の件でサファーに相談しているのは知っている。

 だから俺は先手を打った。

「相変わらず仲良さそうだな。順調か?」

「え? ああ、まあ……」

 気まずい沈黙。

 なにを言いたいんだ。

 幸せ報告か? それとも俺の不幸話か?

 勝手に卑屈になっていく自分が嫌になる。

 シブレットは急に真顔になって、口を開いた。

「聞きたいことがあるんだ」

「何を……」

「行くんだろ、お前」

 心臓が跳ねる。

 急に何を言うんだ。

 シブレットも、ライズの計画を知っていたのか?

「知ってるのか?」

 つい、そのように聞いてしまう。

 仲間以外に話してはいけないと言われていたのに。

 だけど、シブレットは「ああ」と短く答えた。

 シブレットも仲間だったのか?

 話題に上ることはなかったけど。

 俺はひどく怪訝な顔をしていたのだろう。彼は宥めるような柔らかい笑みを浮かべた。

「俺が、モモカと住みたいと掛け合ったとき――リーダーから、交換条件を出されたんだ」

「交換条件?」

 頷くシブレット。

「もし、自分が居なくなったら……俺がリーダーをしろって」

 何だって?

 俺は目を見開く。

 シブレットは薄く微笑んだ。

「言われた時は、″居なくなったら″ってのは、病気とか怪我とか……そんなことだと思ってたんだ」

 でも、良く考えたらおかしい。

 病気とか怪我で死ぬなら、外で働いてる俺たちの方が可能性が高い。

「だから、リーダーが居なくなるってのは、別の話だと思った」

 クスクス笑い声を上げる彼に、びくりとする。

「リーダーさ、サリーを煽ったろう。ニールさんが死んだとき。あの時も妙だと思ってたけど。

 チャフのとき、俺のことも煽ってきてさ。頭に来て殴っちゃったんだ」

「それは……」

 知っている。サリーが嬉しそうに話してくれた事件だ。

「あの後、上の空気が激変してさ。リーダーを変えろ、解析師を国に引き渡せって、ばーちゃんたちもうるさくなって。それで俺、なんかわかっちゃったんだ」

「わかったって……」

「リーダーが出ていくつもりだってこと」

 ただの予想?

 俺ははっと口をつぐんだ。

 もしかして、言ってはいけないことだったのか?

 俺の焦りを悟ったんだろう。シブレットは慌てて首を横に振った。

「いや、俺は別にリーダーをどうこう言うつもりはないし、お前らを止めるつもりもない。ただ――」

 ぐっと言葉を止める。

「もし、交換条件を出されていなかったら……俺も、一緒に行きたいと思っただろうな」

「シブレット……」

 あははと笑う顔は、なんだか半泣きのようで、見るのが辛かった。

「思えばあの時、リーダーにわがままを言った時な。リーダーは俺に、″ここで死ね″と言ったんだろうな。リーダーになれということは、そういうことだから」

「そんなことないだろ。今からでもリーダーに言えば、モモカも一緒に……」

 シブレットは緩く首を横に振る。

「俺は家族を持って、ここで暮らす……安定した人生を望んだんだ。それは、希望を追いかける人生とは両立できない」

 彼は決意を新たにした目で、俺を見た。

「俺は命が尽きるまで、ここでモモカと子供と、ばーちゃんたちを守るんだ」

「でも……」

「俺はこっちを選んだんだ、後悔はしてないよ」

 俺は、今更ながらに気が付いた。

 ここを出ていく、という重みを。

 ここを出て、俺たちが死ぬにしろ、ここが衰退するにしろ……二度と会うことはできない。

 結局見舞いにも来なかったばーちゃんたち。

 繁栄社会も知らないガキたち。

 俺は社交的じゃなかったから、あまり思い出もないが……みんな、俺とイブを知る数少ない人達だ。

 なんだか胸が締め付けられた。

「チャフは行くんだろうなと思ってた。最近俺が部屋に行ってもいなかったり、ノギスが邪魔してきたりして、避けられてる感半端なかったし」

「……」

 別に避けていたつもりはない。

 ただ、会いたくない気はしていた。

 幸せそうな二人を見るのは辛かった。

 ノギスが邪魔、というのは良く分からないが。面会謝絶のつもりだったのだろうか。

「そんな辛気臭い顔すんなよ! リーダーのことだ、きっとすげえこと考えてんだろ? 世界を救うような……」

 シブレットは豪快に笑って、俺の肩を叩いた。

「また会えるさ、きっとまた会える」

 そうだ、と彼は懐をごそごそし始める。取り出したなにかを、俺の手に握らせた。

「それやるよ。餞別だ」

 手を開くと、そこには。刃のついてないナイフ? 剣の柄のようなものがあった。蔦だか鳥だか、精巧な細工が彫られている。

「かっこいいだろ。それ、親父の形見でさ、捨てられずにずっと持ってて……」

「いいのか、そんな大事なもの」

「うん。役には立たないだろうけど、見事な細工だろ? 俺、そういう気持ちを大切にしたいと思ってたんだ」

 こいつは、ずっとそうだったな。

 こんな陰気臭い地下社会に暮らしながら、いつも情熱的で、人間的で。

 不貞腐れてるだけの俺とは対照的なやつだった。

「もし、世界が救われる道が見い出せて、お前が俺たちのことを覚えていたらさ……迎えに来てくれよ」

「…………」

「俺の子供も、見てもらいたいしさ」

「……ああ」

 俺たちは、がっしりと握手した。

 別れの言葉……色々と考えたが、いい言葉が思い浮かばない。名残惜しさが溢れたものの、結局、何も言わずに俺たちは別れた。

 これが最後じゃない、そう願いを込めて。

 背を向けて歩き出す彼を、俺は静かに見送った。


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