表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
衰退世界の夢想蝶  作者: 小柚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/44

第7章(1)

「傷の具合はどうかな?」

 数日後。珍しく、サファーがひとりで個室を訪れた。

 するりと包帯を外される。

 ピンク色の新しい皮膚が覗いた。

「うん、綺麗だねー。指先に痺れとか違和感はない?」

 右手を動かして見せる。

「大丈夫です」

 サファーはほっと笑った。

「じゃあオッケー。あと数日は包帯しておこうね。出発までには完治しそうだね〜」

「出発までって……」

 勝手に俺は行く方に組み込まれているようだ。別に異論はないんだが、何だか複雑な気分だ。

「サファーさんは、行くんですか?」

「え? チャフくんも行くんでしょ?」

「そりゃ、まあ……」

 俺の困惑の理由が良く分からないのか、サファーは不思議そうに首を傾げる。

「どこか、行く当てがあるんですか」

「もちろん、当てがなきゃ出れないよ〜」

 あははと笑う彼女。そりゃそうか。さすがにアテがなきゃただの自殺行為か。

「わたしたちはね、ルノ区に行くんだよ」

「ルノ区……」

 最近その名をどこかで聞いた気がする。たしか、ラジオで……放棄区指定を受けたようなことを言ってたな。

 放棄区から放棄区に行くのか?

 ここが指定を受けた時を思い出す。ライズがまとめあげるまでの混乱は、酷いものだった。

 あまり気乗りはしないな。

 また新しく基地を作るのか? そして持続可能なシステムを構築して……。

 めんどくさい。非常にめんどくさい。

 そう思わないんだろうか、こいつらは。

 せっかく積み上げてきたものを捨ててまで、行動を起こすメリットがあるとはどうしても思えない。

「どうして、そんなに……頑張るんですか」

 もやもやを吐き出すように、言葉が出る。

「そこまでして……何がしたいんですか。世界を救いたいんですか?」

 サファーはきょとんとした顔で見る。一刻のあと、眉を寄せて口を開く。

「うーん、世界を救う、かぁ。もしかしたらキューくんあたりはそんなこと考えてるかもしれないけど、わたしは違うかな〜」

 俺の怪訝な視線に、サファーは照れ笑いを浮かべながら話を続ける。

「わたしは生きたいだけだよ。ここの誰よりも長く。国の誰よりも長く。そのために世界を救わなきゃならないなら、わたしは救うために頑張るよ」

 ″生きたいだけ″。意外な答えに面食らった。

 余程の大義があるのだと思っていた。

 だって、生半可のことじゃない。国から追われ、基地のみんなから非難され、罵倒されながら研究を続けるなんて。

「生きたいだけ……」

 脳裏に、とある騒動が浮かぶ。

 津波が来たとき、地上にいた連中。やつらは、地下を見殺しにしようとしていた。

 その姿を醜いと思ったが、結局俺もそうだった。

 生きたいために、穴のなかで縮こまっていた。

「人間が生きようとするのは、義務だから。生きたいと思うことは、自然なことだよ。たとえ生き残ることに何の意味もなくてもね」

 軽快な笑い。俺は全身の血液が逆流するのを感じた。

 義務? 義務ってなんだよ。

『生き残ることに、なんの意味もなくても』

 脂汗が滲んでくる。不快なもやもやが肺の中を立ち込めるようで、俺は浅い呼吸を繰り返した。

「……それは、ユビグラムに、書かれていることなんですか? ″生き残りたい″って、そう思うように」

 舌が絡まる。言いたいことが上手くまとまらない。

「世界は滅びるように書き換えられたのに、俺たちのユビグラムは未だ、生きたいと思うように書き込まれていて……。実際には望んでいなくても、望まされる、その時になれば、望まされる」

 俺のユビグラムには生まれつき、「誰を犠牲にしようと生き残りたい」と書かれていて、それは一生変わらない。どんなに長く生きようとも、変わらない。これから先も俺は逃げ惑いながら情けなく生き続けて、醜い姿で死ぬ。

「そうだよ」

 凛とした声に、息が止まった。

「ユビグラムに書かれていることがわたしたちのすべて。わたしたちの言動、考え方……全てがユビグラムに則って決定されるの」

 人間のユビグラムには誰しも書いてある。

 ″生きたいと願え″と。

 自信満々に言い放たれる言葉が、俺の心臓を握り潰す。

「その内容が書き換えられない限り、一生わたしたちはその奴隷なのよ」

 それは、死刑宣告のようだった。

 どくどく、どくどく。

 耳の奥で、どろついた血液が逆流する音が聞こえる。

 どくどく、どくどく、どくどく……。

「チャフくん?」

 心配そうにのぞき込むサファー。分厚いメガネの奥に見開かれた青い目を直視できない。

「すみません、その……ひとりにして、もらえますか……」

「え……」

「ひとりに、して、ください」

 サファーは腑に落ちない様子だったが、のろのろと立ち上がる。

「あさってくらいでいいから、うちに来てくれるかな? 包帯、とれると思うし……」

 遠慮がちにそう言い残して、部屋を後にした。

「どうして……」

 扉が締まるか、締まらないかの瞬間に、俺の口から言葉が漏れた。

「どうして、書き換えてくれなかったんだよ……」

 頭を抱える。包帯の、ざらついた感触が腕を擦る。

 神さま、世界を書き換えた神さま。

 どうして書き換えてくれなかったんだ。

 世界を書き換えるのと一緒に、人間も書き換えてしまえばよかったじゃないか。

「俺のユビグラムを……」

 無駄に生き延びないように。

 醜く生にしがみつかないように。

 俺が望んでいたように、イブを守って高潔に死ねるように。

 どうして書き換えてくれないんだ。

 ぐう、と腹の音がした。

 毎日ノギスが配給を運んでくれていた。今日はまだ来ていない。俺はそれを待ち焦がれていた。

 ……腹減った、喉が渇いた。

 水筒を手に取ろうとして、床に倒してしまった。手が震えて、上手く掴めない。俺は諦めてまた頭を抱える。

 未だに俺は生きようとしてる。

 イブを見殺したユビグラムが、俺に生きろと命じている。

 無意味な生にしがみつけと無理強いしてくる。

 俺はそれに逆らうように食欲をなくしていたが、腹は鳴り止んでくれない。

 ぐう、ぐう。うるさい、うるさい。

 イブを殺したくせに、どうして俺には生きろって……。

 俺の意思とは裏腹に、腹は鳴り続ける。

 確かに俺は奴隷だった。ユビグラムの奴隷だった。

 どんなに抗おうとしても、空腹からは逃れられない。

 腹の虫を泣き止ませるために、その後ノギスが運んできた肉団子を、俺は大人しく食うしかなかった……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ