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衰退世界の夢想蝶  作者: 小柚


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31/44

転ー【11】

『……中央区の議会で正式に、決定しました……ユビグラム解析師の処刑を、三十日から順次執り行うよう、各地刑務課に勅命が下りました。国民は歓声を上げています、みなさん、聞こえますか……』

「ということだよ」

 ぶちりと録音機を切るライズ。隣でリズがくいとメガネを押し上げた。

「上ではさっそく、サリーが扇動を始めているようです」

「そろそろ潮時だね……」

 リズの報告を受けて、ライズは遠い目をする。

「各自、荷物をまとめておいてね。いつでも出発できるように」

 皆がぱらぱらと部屋を出る流れに乗って、俺も外に出たものの。まとめる荷物なんて、ないだろ……?

 俺の所有物なんて、なにもない。俺用にと渡された水筒ひとつあるだけだ。

 備品室に行って、装備とかを調達しておこうかな。そう考えながらふらふら歩いてると、前方に人影が見えた。

 誰だろう。このフロアは現在サファーの研究室くらいしかないから、訪れる人なんて……。

 人影は、若い男女だった。若い男が女の肩を抱き、談笑しながら歩いている。近付くにつれ、彼らがよく見知った顔であることが明らかになった。

 ふたりが俺に気付いた。俺は思わず目を逸らし、そのまま通り過ぎようとする。

「おい、チャフ!」

 男の声に、俺はのろのろと振り返った。シブレットはモモカに何か告げると、背中を押して先に行かせる。

「チャフ、ちょっといいか……」

 俺は頷いて、手近な部屋のドアを開いた。

「あのさ、その……」

 シブレットは気まずそうに、ぼそぼそと呟く。

「子供……できたみたいなんだ」

「……そっか」

 おめでとう、と口にしたが、小さすぎるその声は闇に飲まれて消えた。

「…………よかった、じゃないか……」

 沈黙に耐えきれず、そう言った。シブレットも、ああ、とだけ呟いた。

 子供、か。産まれてくる子は、男の子だろうか、女の子だろうか。それ以前に、無事に産まれてこれるだろうか。どちらにしろ、俺には見届けられない。

「お前、行くんだろ……」

 不意にそう聞かれ、驚いた。

「知ってるのか?」

「ああ」

 一体どういう経緯で。過去の記憶を片っ端から掘り返すが、それらしい事件はなかった。俺がライズたちの計画を聞かされてから、シブレットの姿を見ることも話題に上がることもなかった。何故彼が俺たちの計画を知っているのだろう。

「俺がモモカと住みたいとリーダーに掛け合ったときな」

 俺の疑問に答えるように、シブレットは淡々と語り始める。

「交換条件を出されたんだ。もし、自分が居なくなったら……俺がリーダーをしろって」

「次期リーダー?」

 頷くシブレット。

「言われた時は、″居なくなったら″ってのは、病気とか怪我とか……そんなことだと思ってたんだ。でも、良く考えたらおかしい話だ。病気とか怪我で死ぬなら、外で働いてる俺の方が可能性高いだろ。だから、リーダーが居なくなるってのは、別の話だと思った」

 突然クスクス笑い出す彼に、びくりとする。

「リーダーさ、サリーを煽ったろう。ニールさんが死んだとき。あの時も妙だと思ってたけど。チャフ達のとき、俺のことも煽ってきてさ〜俺、頭に来て殴っちゃったんだけど……」

「それは……」

 知っている。サリーが嬉しそうに話してくれた事件だ。

「あの後、上の空気が激変してさ。お前は知らないだろうけど、リーダーを変えろ、解析師を国に引き渡せって、ばーちゃんたちもうるさくなって。それで俺、なんかわかっちゃったんだ」

「わかったって……」

「リーダーが出ていくつもりだってこと」

 ただの予想? 俺ははっと口をつぐんだ。もしかして、言ってはいけないことだったのか? 彼の口ぶりから、ライズから聞かされているのだとばかり……。

 苦々しい表情から、俺の内心を悟ったんだろう。シブレットはフォローを入れてくれる。

「いや、俺は別にリーダーをどうこう言うつもりはないし、お前らを止めるつもりもない。ただ、俺は……もし、交換条件を出されていなかったら、一緒に行きたいと思っただろうな」

「シブレット……」

 あははと笑う顔は、なんだか半泣きのようで、見るのが辛かった。

「思えばあの時、リーダーにわがままを言った時な。リーダーは俺に、″ここで死ね″と言ったんだろうな。リーダーになれということは、そういうことだから」

「そんなことないだろ。今からでもリーダーに言えば、モモカも一緒に……」

 堪らなくなって、俺は言った。シブレットは緩く首を横に振る。

「俺は家族を持って、ここで暮らす……安定した人生を望んだんだ。それは、希望を追いかける人生とは両立できない。俺は命が尽きるまで、ここでモモカと子供と、ばーちゃんたちを守るんだ」

「でも……」

「俺はこっちを選んだんだ、後悔はしてないよ」

 今更ながら、ここを出ていくという重みを実感し始めた。俺たちが死ぬにしろ、ここが衰退するにしろ……かなりの確率で、二度と会うことはないだろう。

 結局見舞いにも来なかったばーちゃんたち、繁栄社会も知らないガキたち、俺は社交的じゃなかったからあまり思い出もないが、俺とイブを知る数少ない人達。なんだか胸が締め付けられた。

「チャフは行くんだろうなと思ってた。最近俺が部屋に行ってもいなかったり、ノギスが邪魔してきたりして、避けられてる感半端なかったし」

「……」

 別に避けていたつもりはない。ただ、会いたくない気はしていた。幸せそうなお前らを見るのが辛くてな。

 ノギスが邪魔、というのは良く分からないが、面会謝絶のつもりだったのかもしれない。色々荒れてたしな、俺。

 シブレットは豪快に笑って、ばんばんと肩を叩いた。

「そんな辛気臭い顔すんなよ! リーダーのことだ、きっとすげえこと考えてんだろ? 世界を救うような……また会えるさ、きっとまた会える」

 そうだ、と彼は懐やらポケットをごそごそし始める。どこからか取り出したなにかを、俺の手に握らせた。

「それやるよ。餞別だ」

 手を開くと、そこには。刃のついてないナイフ? 剣の柄というべきだろうか。蔦だか鳥だか、精巧な細工が彫られている金属の棒があった。

「かっこいいだろー。それ、親父の形見でさ、捨てられずにずっと持ってて……」

「いいのか、そんな大事なもの」

「うん。役には立たないだろうけど、見事な細工だろ? 俺、そういう気持ちを大切にしたいと思ってたんだ」

 こいつは、ずっとそうだったな。こんな陰気臭い地下社会に暮らしながら、いつも情熱的で、人間的で。不貞腐れてるだけの俺とは対照的なやつだった。

「もし、世界が救われる道が見い出せて、お前が俺たちのことを覚えていたらさ……迎えに来てくれよ」

「…………」

「俺の子供も、見てもらいたいしさ」

「……ああ」

 俺たちは、がっしりと握手した。

 別れの言葉……色々と考えたが、いい言葉が思い浮かばない。名残惜しさが溢れたものの、結局、何も言わずに俺たちは別れた。

 これが最後じゃない、そう願いを込めて。モモカが向かった先、サファーの研究室に早足で向かう彼の背中を、俺は静かに見送った。


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