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衰退世界の夢想蝶  作者: 小柚


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第6章(3)

「一体どうしたの、きみ……」

 顔を上げると、ライズが立っていた。

 背後にノギスがいる。

「うわ、それ……自分でやったの?」

 ライズはしゃがみ込み、俺の血に濡れたこめかみを覗き込む。

 自分でも異様な状態だとわかる。

 だが、取り繕う気力はなかった。

「なあ、ライズ」

 金色の瞳が、静かに俺を見返す。

「俺は……お前の妹を見殺しにした」

 言った瞬間、胸が締めつけられる。

 ライズはしばらく瞬きをしなかった。

「……どういう意味?」

「そのままだよ」

 俺は震える声で続ける。

「助けを求める声が聞こえたのに、俺は穴の中で震えてた。気づいてたのに、気づかないふりをした」

 ライズがわずかに眉を寄せる。

「それで?」

 それで、だと?

 怒りとも絶望ともつかない感情がこみ上げる。

 思わず手が伸びた。ライズの肩を強く掴む。

「憎いだろ? 殺したいと思うだろ? 俺が死ねば、お前は楽になるか?」

 彼は、息を吐いた。

 それはひどく冷静で、俺が求めていたものではない。

 肩を掴む拳に力を込めると、ライズはその手を無理やり引き剥がす。

 そして冷たい目をして言った。

「……きみさ。ぼくに、断罪してほしいの?」

 心臓が強く鳴る。

「苦しいから、罰してほしいんだよね?」

 否定できなかった。

 彼は乱れた服を直しながら、淡々と言った。

「残念だけど、ぼくはきみを憎まないよ」

「なんでだよ!」

「だって。逃げろって言ったのは、ぼくだし?」

 小馬鹿にしたように首をかしげる。

「きみは命令を守った、それだけ。責任があるとしたら、ぼくだよ」

 その言い方は、ひどく軽い。

「それで終わり。きみの罪じゃない。わかった?」

 わからない。それでいいはずないだろ。

 俺は思わずカッとなる。

「声が聞こえた!」

 喉が裂けるような声が出る。

「聞こえてたのに、動かなかった!」

 ライズの目が変わる。

 軽かった空気が、急に引き締まった。

「じゃあ聞くけど……イブがきみに怒ると思う?」

「…………」

「きみに見捨てられたって、本気で思う子だと思う?」

 その問いは、胸に刺さった。

 俺は俯いた。

「それは、イブを侮辱してるよ」

 頭が上がらない。

 正しい。

 ライズは正しい。

 それは家族として、信頼している言葉だ。

 ライズは妹のことをよく理解し、信頼している。

 でも、俺は……。

 頭が痛い。

 耳鳴りがする。

『どうして、助けに来ないの』

 幻聴が消えない。

 再び耳を塞ぐ。消えない。消えない。

 心臓が冷える。息が苦しい。

 痛いほどの静寂が流れるなか、ライズは黙って俺を見た。

 呼吸の速さ、視線の揺れ、指の震え――ひととおり観察してから、口を開く。

「ねえ、チャフ」

 柔らかい声だった。

「きみ、いま空っぽだよね」

 図星だ。

 硬直する俺に、ライズはフフと笑った。

「償いがほしいんでしょ」

 思わず顔を上げる。

 償うことができるのか。

 俺の目が揺れた瞬間、ライズの瞳がわずかに細くなる。

 針が振れたのを確認した技師みたいに。

「ぼくが与えられるのは、役割だけど」

 役割?

「きみが役に立てる方法は、まだあるよ」

 その言い方は、救いというより処方箋だった。

 沈黙が流れる。

 何でもよかった。

 この空虚から逃れられるなら、何でもよかった。

『お兄ちゃんを、助けてあげて』

 イブもそう言っていた。

 ライズを支えるのは、空虚を埋めるには妥当な手段だと考えた。

 たぶん、俺は頷いたんだと思う。

 ライズはニヤリと笑顔を浮かべてから、「じゃあ、行こう」と俺を外に誘った。


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