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衰退世界の夢想蝶  作者: 小柚


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第6章(1)

 いつの間にか、俺は眠ってしまったのだろう。

 暗闇の中で所在なく、意識だけが浮かんでいる。

 かさり、と耳元で音がした気がした。

 それは現実で鳴った音かもしれない。

 紙屑かなにかが擦れるような、小さな音。

 その音をきっかけに、俺の意識はとある風景を描き出していく。

 霧のかかった森の中だった。

 俺は懸命に走っている。

 右肩が痛む。背中も痛い。足が今にもつりそうだ。

 それでも止まることはできない。

 俺は洞穴に落ちるように滑り込み、身を丸めて震える。

 外では獣が穴を広げようと、ガリガリ、ガリガリと音を立てている。

 俺はさらに縮こまった。

 その音が止んでしばらくして、外で奇声が聞こえた。

 奇声。

 奇声?

 獣の鳴き声じゃなかったか。

 俺は記憶の糸を手繰り寄せる。

 そのとき聞いた音を、思い出そうとする。

 それは甲高い声だった。

 記憶に残るその音。超音波のように甲高い絶叫。

 イイイイイイイ

 その音が、途中から崩れた。

 ギイイイイイイイイ――

 違う。

 それは鳴き声じゃない。

 段々と変質していく音。

 背筋に寒気が這い上がってきた。

 心臓が早鐘を打ち、息ができなくなる。

 待てよ。これは何の記憶だ?

 俺は寒気に耐えられずに、自分の両肩を抱く。傷口に触れてしまったが、構わずに力を込めた。

 これ以上はいけない。思い出しちゃいけない。

 直感的にそう思うが、俺の脳みそは停止してくれなかった。

 全身から液体が噴き出す感覚がした。汗なのか血なのかわからない。

 キャアアアアアアア!

 イヤアアアアアアア!

 これは、獣の鳴き声なんかじゃない。

 若い女の悲鳴だ。俺がよく知っている、少女の悲鳴。

 そんな馬鹿な。そんな声が聞こえたはずがない。

 聞こえていたなら、俺は外に飛び出して、確認したはずだ。

 守るって、決めていたから。

 イブを。

 じゃあなんだ、この記憶はなんだ? 聞こえたこの音はなんだ?

 耳鳴りのように響く悲鳴は、どんどん鮮明さを増していく。

 最後には、イブの悲鳴にしか聞こえなくなっていた。

 イブの悲鳴が聞こえた? 穴倉の中で?

 あれ、おかしいな。じゃあ俺はその時、どうしたんだっけ……? 悲鳴を聞いて、それからどうした?

 心臓が、ぞくりぞくりと奇妙な鼓動を打つ。

 ついさっきの出来事のように、その行動は思い出された。

 狭い洞窟で縮こまる俺。外で響く少女の悲鳴。

(……やめてくれ……はやくどこかへ消えてくれ)

 うずくまって、そう唱えていた。奇声が聞こえないように、強く、強く耳を塞いで。

 それからずっと……外が騒がしい気がしたんだ。

 ドスドスと地が踏み鳴らされる音。

 その合間、絶え間なく、キイキイと甲高い奇声は聞こえていた。

 奇声の正体について、そのときの俺は考えもしなかったけど……。

 ……その声に、とてつもなく寒気を感じたのを覚えている。

 寒気? なんだよ、寒気って。

 吐き気が込み上げる。

 なあ、おまえ。

 頭のどこかでは、わかっていたんじゃないか?

 「イブが外で獣に襲われている」と。

 わかっていたんじゃないか?

 でも俺は――

 我が身可愛さに、わからないふりをした?

 そんな、そんな馬鹿な。そんなことあるはずがない。

 だが脳内には、ありえない記憶が次々と浮かぶ。

 枯葉が踏み散らかされる音の合間。かすかに混じる声……。

 キイキイという奇声。いや、奇声なんかじゃない。俺はついにそれを、言葉として認識してしまった。

『チャフ……どこ……』

 そこで、俺は。

 耳を塞いだ。


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