第3章(1)
濃霧の晴れた初日は重要な日だ。
朝日が顔を出す前に、採集籠を背負った俺たちは基地を出発した。
周囲には、同じような装備の数グループが見える。
目的地は歩いて二十分ほどの、少し離れた森だ。
ここも少し前までは高木が生い茂る立派な森だったが、日当たりの良い場所から徐々に枯れ、年々その範囲を狭めている。
それでも貴重な日陰だ。ここには、しぶとく生き延びた様々な動植物が残っている。
「見て見て! おっきいキノコ!」
イブが駆け寄った先には、手のひらほどの傘を広げた白いキノコが群生していた。
俺はカバンから支給品のデジタルカメラを取り出す。
群生の全景を一枚、キノコのアップを一枚、生えている倒木を一枚。
「少し持って帰るか」
ノコギリで倒木ごと切り取る。キノコだけをもぎ取ると帰るまでに萎れることが多い。
切り取った木片に湿らせた綿を当て、アルミ箔で包む。
「一」
そう書いてイブの籠に放り込む。
イブは自分の地図に「一」と書き込んだ。
「食べられるといいね〜」
キノコは地下でも比較的栽培しやすい。上手くいけば殖やせるかもしれない。
そんな具合に、俺たちはいくつかの植物と小型の虫を採集した。
津波、暴風雨、濃霧の連鎖の後には、遠くの土地から流れ着いた新しい動植物が根付くことがある。そしてその多くは、これから続く干ばつで死に絶える。
その前に採集するのが外班の仕事。
有用な新規生物かどうかを見極めるのは内班の役目だ。
「そろそろ戻るか」
水筒が軽くなったのが帰り時だ。
――いくら調子が良くても引き返せ。
それが俺たちの決まり。イブもすんなり頷いた。
「あれ、ニールさんたち、どうしたんだろう」
帰り際、イブが呟いた。
視線を追うと、刈り上げの金髪がふたつ。青年組のニールとロイドだ。
二人は森の奥へまっすぐ進んでいる。
「奥は危ないのに。お兄ちゃんも行くなって、あれほど……」
森には資源が豊富だが、そのぶん危険も多い。大型獣の目撃談もあり、深入りするなと命令が出ている。
「籠が空だな」
収穫が思わしくないらしい。
大柄な彼らはいつも獣肉を狙う。体格維持には必要なのかもしれないが、命令ではないはずだ。
「どうしよう、止めた方がいいかな」
「俺たちの言うことなんか聞かないだろ」
メンツもある。
ふと先日のキューとの喧嘩を思い出す。
「役に立たないのはどっちだ」と、肉をぶら下げて言ってやりたいんだろう。
「俺たちは帰ろう。水がやばい」
「……うん」
時計は九時。もう限界だ。
日が高くなると帰りが辛い。
俺は日傘を差して森を抜けた。
イブは何度も振り返りながら、後ろ髪を引かれるように続いた。
「ご苦労さま」
ライズの机には、すでにいくつかの籠が置かれていた。中身はまちまちだが、概ね豊作だ。
ライズの機嫌も良いようで、尻尾がゆらゆら揺れている。
地図とカメラも受け渡し、俺たちは地下へと降りる。洗浄室で軽く清拭と着替えを済ませる。保水所に寄って水筒を満たしてもらい、今朝の配給を受け取って部屋に戻った。
外班の活動時間は、早朝と夕方に限られる。基本はどちらか一度だけだが、たまにどちらも出るよう言われたりもする。
「ばーちゃん、飯だぞ。水は大丈夫か?」
相変わらずラジオに食いつくふたりに団子を与える。ついでにふたりの水筒の中身を見る。半分以上あるな。安心して俺は部屋の隅に腰を下ろした。
待機時間にも仕事はある。時計をちらりと見た。
今日の日光浴は、十二時から十四時。
人間は、日に当たらないと徐々に弱って行くそうだ。詳しいことはわからないが、骨が折れやすくなったり、眠れなくなったり、とか言っていたかな。
だから外へ行けない人達に、日光浴の時間を設けている。唯一陽のあたる地上の部屋に交代制で上がるわけだ。
十二時までだらだらと過ごし、ばーちゃんを連れて一階へ登る。水筒とラジオを胸に抱いた彼女らは心なしか嬉しそうだ。まあそうだろうな、この時間しか仲間との交流もないし。それでもラジオを手放さないカルラ婆には呆れるが。
「りっちゃん、くーちゃん、こんにちは」
地上にはすでに一組のばーちゃんが来ていた。リチアとクミコとかいうばーちゃんだったかな。うちのばーちゃんたちは駆け寄って抱擁を交した。確かこの二人を担当しているのは……。
「それ、本当ですか」
聞き慣れた声。パサパサの銀髪を乱暴に縛った後ろ頭、シブレットだ。
「うん、戻ってないんだよ」
ライズとふたり、深刻そうな顔で話している。
「どうしたんですか」
「ああ、チャフ。いいところに」
ライズに手招きされ、俺は二人に駆け寄った。
「あのね、他言無用でお願いしたいんだけど」
ライズはばーちゃんたちを見遣り、声のトーンを下げて言う。
「帰って来ない班がいるんだ」
「えっ」
思わず声を上げてしまい、指を立てた二人に睨まれた。慌てて口を押さえた俺は、低い声で問う。
「朝班ですか?」
頷くライズを見て、脳裏にある光景が浮かぶ。森の奥に進む金髪の二人の男。
「ニールとロイドだ。どこかで見なかった?」
予想通りの名前が出て、俺の思考は凍りついた。
「ねぇ、チャフ……」
俺の顔色から察知したんだろう、眉間にしわを寄せたライズが問いかける。
「見たの? 二人を」
「あ、はい……その、帰り際に」
「どこで」
俺は口をつぐむ。恐ろしい考えが頭に浮かぶ。まさかあの後、二人の身に何か……。俺は無理矢理に口を開いた。
「森の……奥に、行ってました」
絶句するふたり。みるみる顔面を蒼白に変えるシブレットの傍ら、ライズはただ難しい顔をして腕を組む。
「籠が空っぽで……きっとふたりは焦って、獲物を求めて奥に」
「馬鹿なことを!」
怒鳴るシブレットに、背後でがちゃりと音がした。ばーちゃんが驚いて水筒を落としたらしい。シブレットは気にする様子もなく、さらに大声で言った。
「どうして止めなかった!」
シブレットの怒声が響く。
それは――
水が尽きかけていたこと、時間が迫っていたこと、説得できる自信がなかったこと。
いくつも反論が浮かぶが、どれも言い訳にしか思えない。
「ごめん……」
それしか言えなかった。
「謝ることはないよ」
ライズは淡々と言った。
「奥に行くなって命令だ。きみが追わなかったのは正解だ」
そう言って腕を解く。
「捜すなら早い方がいいね。水がなくなったら終わりだよ」
彼は壁に近づき、受話器を取った。
「レム? すぐ人を集めて。外班から六人くらい」
そしてこちらを見る。
「これから捜索隊を組む。きみたち二人も参加してくれるかな」




