第3章(2)
即席の捜索隊は、俺とシブレットを含めた若い男たち、体力のありそうな八人で編成された。
「捜索するのは森の入口付近。ロープが届いていない内側は捜索しなくていいよ」
「彼らはその奥に行ったんじゃないんですか?」
「それでも、きみたちの安全のほうが大事だよ。奥には決して入らないこと」
森には距離を示すロープが張られている。入口に楔を打ち、そこからまっすぐ奥へと伸ばしている。
「一時間探して見つからなかったら帰ってきて。大型獣と遭遇したら必ず逃げること。倒そうなんて考えないでね」
ごくりと喉を鳴らす男たち。反論する者はいない。俺たちに戦闘技術などないのだから当然だ。
「あと、死体が見つかったときは――」
その単語に、全員がびくりとした。
「遺留品は持って帰らないでね。あまり触らず放置すること。現場の写真だけは撮ってきて」
淡々と、凄いことを言う。
装備が配られた。三人分の水筒、ボウガン、短剣、カメラ、双眼鏡。
俺はシブレットと組み、森へ向かった。
俺たちの担当は一から二十五と表記されたロープの範囲。一番ロープに沿って奥へ進む。
「なあ、チャフ……見つかると思うか」
ロープの先端から、双眼鏡で森の奥を眺める。これが俺たちに許された搜索の限界だ。シブレットの声はあからさまに弱々しい。
「さあ……見つかったとしても、無事じゃないだろうな」
俺の返答に彼は黙り込む。水はとうに切れているだろうから、そう考えるのが一番自然だ。
俺は歩いたポイントを地図に記す。ぼたぼたと汗が垂れた。手袋の中がぬめってうまくペンが握れない。
「水の減りが半端ないな」
シブレットのぼやきがなんだか遠くに聞こえる。早くもクラクラしてきた俺は、水を勢いよく飲み下した。「三人分の水、我慢せずに飲んじゃってもいいからね」とライズが言っていたのを思い出す。ありがたいのだが、「どうせあのふたりは生きていないだろうし」という別の意味合いも読み取れて虚しくなる。
とても一時間では回りきれない。俺たちは歩く速度を速めて森を進んだ。
結局双眼鏡では何も発見できなかった。もっと奥に行ってしまったのか? 俺たちは肩を落とす。他のチームが見つけてくれているといいがと思いながら、残りの時間をロープ内の捜索に当てる。こちらにいる可能性は低いだろう。だって、ここまでくればロープを伝って帰ればいい、遭難はまずない。
そう思っていた矢先のことだった。
「なにか、臭わないか」
シブレットに言われるまでもなく、その異臭は俺の鼻にも届いていた。腐臭だ、それもかなり大きいものが腐っている。
嫌な予感がした。そしてこの予感は恐らく的中する。俺たちは臭いがする方へと無言で歩を進めた。
煙? 視界に入った黒い影に首を傾げる。いや、違う。近付くにつれその正体がわかる。虫だ、それも、ハエだ。何かに群がるように飛んでいて、黒い煙のように見えた。異臭は我慢できないほど強くなっていて、俺は革手袋を鼻と口に当てて吐き気を堪える。
枯葉に埋もれる足が、何かを蹴飛ばした。拾い上げると、それは見慣れた物体……水筒だった。
「ニールさん……」
シブレットが呟いて、やっと俺もその事実を受け止める。臭いを発生させているそれは人間の形をしていて、明らかに俺たちの知っている男だった。
「か、カメラ……」
俺は震える手で荷物をまさぐる。とにかく「現場の写真」というライズの言葉が頭を占めたのだ。
「チャフ、お前、何言ってんだ」
シブレットが叫ぶ。彼は荷物を振り回してハエを追い払うと、遺骸の前に跪いた。
「まず、死亡確認……脈は……」
「お前こそ何言ってんだ。どう見ても死んでるだろ! リーダーの命令は現場の」
「うるさい!」
シブレットはとろけはじめた腕を取り、手首に指を当てる。虫が群がるのか、落ち着きない仕草で空を払うと、次は胸に直接耳を当てる。
「気は済んだか……?」
項垂れる背中に、そう問いかける。
「どいてくれないか、写真が撮れない」
「……こんな写真を撮るってのか……」
シブレットは肩を震わせ、拳を握り締める。ハエが徐々に戻ってきて、嘲るように彼の周りを飛んでいた。
やるせなく、俺も肩を落として項垂れる。ふと足元の枯葉に埋もれたカバンを見つけて、その場にかがみ込んだ。腰にベルトで固定するタイプのカバンだが、無残に引きちぎられて中身をぶちまけている。
地図を拾い上げて広げる。特になんの書き込みもない。元のように畳んで地面に置いた。次にカメラを拾い上げた。壊れてはいないようだ。電源を入れて画面を見る。そこには二枚のデータが保存されていた。
「シブレット……これ……」
一枚目はブレてなにやらわからない。二枚目は……。
「熊……?」
シブレットは目を見開いて画像を見つめる。それは、黒い巨体が人に襲いかかっている画像だった。熊というには少し違和感があった。体格こそ熊に似ているが、尖った耳とへちゃげた顔が、熊というよりは犬に似ていると思った。
「ロイドさん、だよな……」
顔は見えないが、状況からして間違いないだろう。ニールは襲われた仲間をカメラにおさめ、自分は逃げたが追いつかれてしまったんだ。
「カメラは、持ち帰ろう」
シブレットはそう言って、立ち上がる。辺りを警戒し、腰のボウガンに手をかけた。
俺はハエを払い、遺体にカメラを向ける。皮膚はとろけ始めているが、まだ虫が湧いておらず綺麗な遺体だった。外傷は、首の辺りの噛み傷だけ。死因は失血死だろうか。なんだか奇妙に感じながら、俺は二回シャッターを切った。
いつの間にか一時間を超えている。俺は二本目の水筒に手をつけた。もうこれはいらないだろう……。
「モモカには見せられないな」
帰り道、ぽそりとシブレットが言った。
モモカとは彼の相棒の女だ。俺とイブのように、いつも彼らはペアを組んでいる。
「リーダーはわかってたんだろな」
確かに。わざわざイブとモモカを外し、俺たちを組ませたのにはなにか意図を感じた。女子には刺激が強過ぎるだろうと思ったのか。
「俺たちだって見たくねぇよ、なあ」
俺は無言で頷いた。荷物は増えていないのに、体がやけに重い。帰途がこんなに苦痛なのは初めてだった。




