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起ー【9】

「ユビグラム解析は教会の魔術を科学的に解明しようとする研究から生まれ、シフト=クラウジウス博士により一般応用できるまでに至りました」

 まずは歴史から、と述べたサファーはカツカツと黒板を鳴らす。几帳面な文字が並んだ。

「クラウジウス博士の初めの論文からわずか二十年で、ユビグラム解析は目覚ましい進歩を遂げ、今やユビグラム解析が関わっていない分野はないとまで言われています」

 医療、農業、産業分野の種々の適用例が黒板を埋める。アスリートの適性検査などと書きかけて手を止めた。彼女は少し悩んだあと、培養肉と書き足した。

 その後も科学賞の受賞など、輝かしい歴史を並べ立てていく。生徒たちは明らかに寒々しい視線を向けていた。

「現在は残念な事態に陥っていますが、ユビグラム解析が人類にとって重要な発明であることに変わりはありません」

 サファーの語る歴史は、その言葉で打ち切られた。″残念な事態″で片付けるか。ずいぶん大胆な姿勢だなと思った。

「歴史については、大まかですみませんがこのくらいで……何か質問は」

 勢いよく手が上がる。サファーが指名すると、中年の男が立ち上がった。

「サファー先生。申し訳ないんですが、我々が興味あるのはその続きなのです。その″残念な事態″について、先生の見解をお聞かせ願いたい」

 ふてぶてしい態度でまくし立てると、男はどかっと腰を下ろす。予想はできていたんだろう、サファーは苦笑いを浮かべた。

「一般的な見解がどういうものかは存じているつもりです。ですが……」

 言葉を探すようにしばらく目を泳がせていたが、やがて彼女は心を決めたように俺たちに向き直った。

「わたしたちの見解としては、ユビグラム解析と今回のことの因果関係は証明されていません。証明されていないことを軽々しく発言することはできません」

 生徒たちのどよめきに被せて、サファーはさらに断言した。

「ユビグラム解析が発明されたからこの事態が起こったというよりも、ユビグラム解析があったからこそ原因が解明されただけ、というほうが正確だと思います」

 周りの拒絶反応は予想通りだ。それに反して俺は妙に納得していた。

 なるほどな、そういう考えもあるか。『ユビグラム解析のせいだ』と決め付けるには、″ユビグラム解析が発明されてない平行世界″が必要なんだ。ユビグラム解析が発明されなくても、この時代に世界は滅んでいたのかもしれない。

 こんな詭弁に頷いているのは俺くらいだと思っていたが、隣でイブも真剣な顔で唸っていた。

 ざわめきはどんどん大きくなる一方だ。まあ、無理もないか。こんな開き直りの棚上げ発言、怒るよな普通……。

 その時、ガツ、と激しい音が響いた。みんなびくと体を硬直させて、前を凝視する。

 発生源はすぐにわかった。ライズがにこやかな顔でこっちを見ている。手には木槌と、無残に凹んだ机があった。

 なんで木槌なんて持ってんだあいつ。みんなぎょっとした目で見ていたが、指摘するやつはいない。

「ほかに質問はぁ?」

 しん、と静まり返る場内。

「ないようだねぇ。じゃあ先生、次に行こうかぁ」

「え、あ、はい!」

 異論はなかった。サファーはあたふたと黒板を消すと、新たなタイトルを書き出した。

「では次は、ユビグラムについて簡単に」

 チョークの音だけがやけに大きい。部屋の隅に戻ったライズの目が、ランプに照らされてギラギラと光っている。みんなそちらを恐々と窺い、慌てて目を逸らしてを繰り返していた。

「ユビグラムはこの世界の上の次元に広がる平面世界です。その世界は暗号で占められていて、他にはなにもありません。みなさんご存知の通り……その暗号はこの世の全てを表すといわれており、それを解読・操作することで様々な奇跡を呼び起こせます」

 カツカツと謎の記号が黒板に並ぶ。

「暗号は七種類の記号から成り立ちます。イグニド△、フロウ‖、ティフォン◎、ハルト□、グロウ〇、イーニッド●、クラフト-。隣に描いたのは略号です。これらの記号は三つ組で意味を持ち、一本の鎖になってひとつの存在をコードしています。一次元の鎖は折り畳まれて二次元の平面構造をとり……」

 急激な眠気に襲われて、俺はかぶりを振った。周りを見ると、みんな背筋を伸ばして聞いている。視界の端にちらつく金色の光が気になるんだろう。

 一体どういうつもりだ。監視するようなライズの態度が気にかかった。眠気を押し戻すためにも、そちらのほうに意識を持っていくことにする。

 ライズは良くも悪くも″中立派″だったはず。ユビグラム解析を生活に取り入れたのは俺たちを養うためであり、それ以上ではないと語っていたし、批判の声にも真摯に耳を傾けていた。こんなにも片側に肩入れするような態度をとることは今までなかった。

 ランプの光が揺れ、部屋の隅をゆらりと照らす。一瞬だけ浮かび上がったライズの姿は、特にいつもと変わりない穏やかな笑顔だった。

 俺の気にしすぎかな。たまたま今日、そんな気分だっただけなのか。

 念仏のようなサファーの話はまだ続いている。そんな教科書を朗読しているような話、一度聞き流したってわかるもんか。教科書を何回読み返しても理解できるかわからないのに。

 気が付くと、数人の姿が消えていた。大方トイレ休憩とか言って出て行きそのまま戻らなかったんだろう。

「ここまでで、なにか質問は……」

 今度は誰も手を挙げない。サファーはやはり苦笑いを浮かべる。

「今日はここまでにしようかぁ」

 ライズののんびりした声が響いた。周りの視線に釣られて時計を見ると、三時間ほど経っていた。ライズはサファーと交代するように前に出ると、いつも通りの笑顔で言った。

「どうせ明日も霧だろうから、明日もやろうねぇ。同じ時間にここに集合ね」

 不満の声が上がりそうになるが、自主的にしぼむ。

「いま居ない人にも言っておいてね」

 ライズはそう付け加えると、解散、と言い渡した。

「……ねぇ、さっきのあれ、なんだと思う?」

 部屋を出た途端、所々でささやきあいが始まる。

「急にこんなの、おかしいじゃん」

「なんかリーダー恐くなかった?」

 俺の近くの会話ははっきり聞き取れた。声からして、例の青年組だとわかる。

「あのガキが告げ口したんじゃねーか」 

「えー、やっぱりそうなのかなあ」

「絶対そうだって! ねちっこい真似しやがって。あー、めんどくせーな……」

 ガキというのはキューのことだろう。対立は仕方ないにしても、さすがに暴力沙汰に発展してはライズもご立腹なんじゃないかという話のようだ。

 俺は首を傾げた。あのプライドの塊のようなキューが告げ口なんかするかな。したとして、勉強会という流れはやつの提案ではないだろう。あんなに時間を惜しんでいたやつが、こんな無駄なことをやりたがるわけがない。

「チャフ〜面白かったね!」

 隣で一人、目を輝かせているイブ。

「明日も楽しみだねぇ」

 それには同意しかねる。俺は曖昧に笑って誤魔化すことにした。

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