第3話:みんなは何と戦っているの…
光の差し込む明るい応接室に静寂が満ちる。
城を住処にする鳥たちのさえずりだけが良く聞こえた。
「ミネルヴァ嬢?」
ジャスティン殿下が私を呼ぶ声。
殿下の顔を見ると心配してくださっているのがわかる。
「大丈夫か?」
大丈夫かという言葉を反芻する。
ああ
そうだった。
ここは
お城の応接室で、眼の前には国王陛下。
いわれたのは、プレディアウス王国王太子の…
私への婚礼の申し込み。
昨日まで剣を取り戦った国の王太子と?
仲間や領民を奪ったのに?
悲しみや怒りの元凶と?
なんで?
「まあ、そうだろうな…」
私の表情を見つめ、国王はそういった。
「とはいえ。正式に申し込まれた話だ。
断るとプレディアウス王国の面目を潰したことになる」
私はビクンと跳ねる。
「領地、後継者問題から一時保留という扱いにして時間を貰うしかないな…」
言葉が途切れる。
「...ジャスティンからも話も聞いている」
(え?)
「どれほどミネルヴァ嬢のことを想っているのかを…」
ジャスティン殿下が?
「正妃は揺るがないが、側妃としてなら迎え入れるのもやぶさかないと思っている」
「へ、陛下、今その話はミネルヴァを追い詰めてしまいます」
ジャスティン殿下が陛下の言葉を遮る。
「ミネルヴァ。今のことは気にしなくて良い。ただただ私の想いなだけだ」
「は、はぁ…」
だめ、何がなんだかわからない。
整理する時間を頂戴…
***
「ミネルヴァ様?」
陛下との謁見が終わり。
未だ、いわれたことの理解が追いつかず、トボトボと宮内官の後ろをボーっと付いて歩いているところだった。
若い女性の声が私を呼んだ。
お城で私を知るものなど少ないのに…と思いつつ、声に振り返る。
驚きとともに私は足を引き、ドレスを摘んで礼をとる。
振り向いた先には。
侍女を何人も連れた…
マリアベル王太子妃が立っていた。
元、同級生のアドリック公爵令嬢。
5年前にジャスティン王太子とご成婚されている。
「6年ぶりですか?」
「はい、学園卒業以来となります。
ご成婚の儀には参加できず申し訳ありませんでした」王太子妃の問いに答える。
王太子妃の目がすうっと細められる。
「貴女を側妃にという動きがあるようですね」
私は首を振った。
「そんなことは…」
「決着が着いたと思ってましたのに」
「何のことですか?」
「とぼけないで」
――王太子妃候補の話だろうか?
学生時代。ジャスティン殿下の婚約者候補は4人いた。
現王太子妃のマリアベル・ド・アドリック公爵令嬢。
レイチェル・ド・デラスカサス侯爵令嬢。
レジェラン王家のセフィリア王女。
そして私、辺境伯令嬢ミネルヴァ。
「私などは人数合わせの候補でした。マリアベル様が、王太子妃となられたのです。決着もなにもございません」
実際私は数合わせの候補だった…はず。
父からも、本命はセフィリア王女と、王家の血を引くマリアベル嬢だと聞いていたし、争うなといわれていた。
「貴女は…
いつもそう。
自分に関係ないような素振り。
人を見下したような態度」
「そ、そんなつもりはございません」
数合わせだからと一歩引いていたのが、そう映ったのなら謝るしかなかった。
「何であれ、側妃をという宮中の動きがあるのは知っていますが、貴女だけは認めません」
婚約者候補の件以外にも、公爵令嬢たるマリアベル嬢は辺境伯令嬢である私が気に入らなかったらしい。
爵位は公爵が上だが力関係で辺境伯は決して劣らない。学園でも意図せずに派閥ができてしまった。
学生時代に仲の良かった令嬢から聞いたことがある。マリアベル嬢にとって、それがお気に召さないのだと。
そのせいか、事あるごとに張り合われてこられた。
私は仲良くしたいのだけど。叶わぬ願いだった。
もう、十分に私は負けているでしょうに。
いったいこれ以上なにを望まれるのか…
「マリアベル様。申し訳ありません、これから自領に戻りますので…」
「お逃げになるつもり?」
辞する挨拶をしようとしたら、手首を掴まれた。
私も、宮内官も王太子妃の侍女も驚きを隠せない。
このようなことは王太子妃のとる行動ではない。
「マ、マリアベル様…」
私の声にハッとした表情をされる。
「ひ、妃殿下、お時間です」
王太子妃の侍女が声をあげた。何処かに向かう途中だったらしい。
妃殿下は最後に私を睨むと手を離して、そのまま侍女を引き連れて行った。
「貴女なんかに…」
私にしか聞こえない声を残して。
ハァァァァァァ……
やっと6年もの戦争が終ったというのに、いったいみんなは何と戦っているの…
私は争うのも騒動ももう御免よ…
泣きたくなってしまった。
「心中お察し致します」
宮内官に同情されてしまった。
***
「これは何ごと…」
王都の屋敷に戻る。
門から前庭に差し掛かった所で異変に気付く。
柱廊玄関まで辿り着けずに城の馬車が止められたのだ。
馬車の後に控えた従僕に手を支えられて馬車を降りると。
屋敷の開かれた玄関から、可憐な花々が溢れかえっていた。
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