珈音の過去
「珈音、これがお父さんの仕事だよ」
大きなガラス張りの壁の向こうには、患者衣のようなガウンを着た子供たちが並んでいた。皆がヘルメットのようなものを被っているから、顔立ちはわからなかった。
優しい父は自慢げに、嬉しそうに娘に微笑んで、
「この研究が成功すれば人類のあり方が変わる。プロジェクトのリーダーがお父さんなんだ」
――これは十年前。
神代珈音が六歳の時のこと。
モルモットの子供たちとは対照的に、黒いワンピースの可愛らしい服で身を包み、くまのぬいぐるみを抱えながら、まるで人形のように着飾った珈音は父を見上げて、
「わたしも? かわるの?」
「ああ、珈音もだよ」
珈音の父は、娘と同じ目線で答えた。
父は研究者だった。
神代の者だ。それは珍しいことでも何でもない。
彼らは“人類を越えた新たな人類”を創り出そうと、国内から孤児を集めて違法な人体実験を繰り返していた。
しかし、
「所長! 我々の研究が《治安維持対策本部》に!」
「わかっている!」
違法な実験はいずれ明るみに出てしまうもの。
そして公安の強制捜索を前に珈音の父が取った行動は、
「うわああああ!」
「こっちは無理だ! 煙が!」
「助けてえぇ!」
実験施設に揮発性の油を撒いて火を放ち、孤児や研究者たちを焼き払って、娘を連れて逃げるという最悪の選択だった。
「皆……すまない! 許してくれ!」
「お父さん! どこに行くの!?」
「わからない! とにかく逃げなければ! もう後がない!」
逃げた末に。死亡した研究者仲間の住むマンションの一室でしばらく隠れることになった父と娘の二人。
しかし父はただ待機するに留まらず、
「あと少しで……あと少しで完成するんだ!」
無心でパソコンを操作しながら、取り憑かれたようにぶつぶつ呟き続ける。
そんな父がとても怖くて、珈音は声を掛けることができなかった。学校にも行けず、部屋の隅で毛布に包まっていた。
一週間が経って。
「このままではライバルに越されてしまう……だから!」
目の焦点が合っていない。
「ひっ……」
まるでゾンビだ。ゾンビが女子供を襲うような様相。部屋が暗いから余計にそう見えた。
「だから珈音! お前がモルモットになってくれ! 頼む! 絶対に成功させるから!」
「……やだぁ、こわいよぉ」
「珈音!!」
優しかった父からは想像できない怒鳴り声を、吐き散らした唾とともに放って――、
「か、……のん?」
ガクン。膝の力が抜け、糸の切れた傀儡のように崩れ落ちた。腹部には刺さったナイフと、床には血だまり。
「うっ、うぅ……うわ……ううっ」
珈音が殺した。
その後。
『被告を懲役四年の刑に処す』
傷害致死罪が認定されて、わずか六歳ながら懲役刑を言い渡される。故意ではないため、殺人罪は適用されなかった。また、危機から守るためという正当防衛も考慮されたものの、完全に罪を相殺するまでは考慮されなかった。
十四歳未満の犯罪は、日本国では刑事責任能力がないが、この街では無効になることはない。施設でカウンセリングを受け、精神面の回復が見られれば元の学校に復帰し(逮捕・起訴ではなく、入院による欠席と療養による復帰という名目で)、そうして罪は十四歳以降、償うことになる決まりがある。
償うとはいえ、罪の内容によるが学校に通いながら償える軽い作業が適用されることが多い。そして十分なカウンセリング。特に珈音は半ば追い詰められた状況だったという情状酌量の余地があるため、軽い作業が適用されるはずだった。
だけど、神代珈音は――……。




