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一年後の決算報告

私がグランデル砦へ嫁いでから、ちょうど一年が経った。


 その朝、中央広場にはいつもの掲示板よりずっと大きな板が立てられていた。題して『北境年間決算報告』。ベルナールが「どうせなら最初の年は派手にいきましょう」と妙に張り切り、トマスまで「年に一度の見せ場ですから」と余計な口を出した結果、ほとんど祭りみたいな規模になっている。


 でも、悪くないと思った。


 最初の年くらいは、皆でちゃんと見届けたい。


 去年の今日、私は王都から運ばれてきたばかりの花嫁だった。

 西棟の部屋に荷をほどき、厨房の薄いスープに眉をひそめ、会計棚の最奥で赤く脈打つ帳簿を見つけた。

 あの日の私は、ここまで来られるかなんて正直よく分かっていなかった。


 ただ、見えてしまった欠損を放っておけなかっただけだ。


 広場には村人も兵も商人も聖堂も、子供たちまで集まっていた。子供たちは今年も簡易版の表を持ち、なぜか「ねんかんけっさんのうた」を覚えている。誰が教えたのかは、もう考えないことにしている。


 私は壇上へ上がり、深く息を吸った。


「それでは、年間決算報告を始めます」


 ざわめきが静まる。


 ハンナが大きな板をめくる。


「北境全体収支。再建費を除く通常収支、黒字」

「北境防衛債、返済完了」

「春貸し利用村、当初六村から本年度末二村」

「王都未払返還、第一期分受領完了」

「学校兼会計塾、開設」


 広場の空気が一つずつ熱を増していく。


 黒字。

 返済完了。

 受領完了。


 言葉にすると簡単だ。でもその一つ一つの裏に、どれだけ多くの手と夜と痛みがあったかを私は知っている。


 ラーデ村の村長が帽子を振り上げ、兵たちが口笛を吹き、礼拝堂の鐘まで鳴り出した。


 私は最後の板をめくる。


『年間総評 未処理あり。ただし来季へ繰越可能』


 どっと笑いが起きた。


「完璧ではありません」


 私も笑いながら言う。


「橋の補修はまだ途中ですし、東外縁の井戸も来春までかかります。王都の公開監査なんて、正直まだ目が滑るくらい面倒です。ですが――」


 私は広場を見渡した。


「もう、足りない分を誰か一人に押しつける町ではありません」


 静まり返った中で、その言葉だけがよく響いた。


「皆で見て、皆で出して、皆で返す。そういう形に、少しずつでも戻せたと思います。これは私一人の成果ではありません。ここにいる皆さんが、自分の名前を帳簿へ書いてくれたからです」


 拍手が起こる。


 前の列にいたあの未亡人が、今度は息子と一緒に笑っているのが見えた。トマスはわざとらしく涙を拭く真似をし、イザベルに肘でつつかれていた。ベルナールはもう隠しもしないで目元を押さえている。


 私は壇上を降り、ルシアンの隣へ戻った。


 彼は今日、黒狼旗ではなく深い青の外套を着ていた。戦の色ではなく、領主の色だ。


「終わりました」


「いや」


 ルシアンが小さく首を振る。


「ようやく一年目が終わっただけだ」


「それはそうですね」


 私は笑う。


「二年目の事業案、もうありますし」


「知っている。机の上に山積みだった」


「見ましたね?」


「夫だからな」


 当然のように返されると、もう反論するのも野暮に思えてくる。


 広場では子供たちが雪解け用の種袋を配り始めていた。学校兼会計塾の開設記念で、簡単な記録帳も一緒に配るらしい。どこまでも実務的な祝い方だ。


 でもそれでいい。


 豪華な花火より、来季に繋がる種のほうが私はずっと好きだ。


「リディア」


「はい」


「一年前の君に、今の景色を見せたら何と言うだろうな」


 私は少しだけ考えた。


「たぶん、『まずは証憑をください』って言うと思います」


 ルシアンが声を上げて笑った。


 その笑い声を聞きながら、私は空を見上げる。春の光が城壁の上へ落ち、補修した石も古い石も、隔てなく照らしていた。


 完璧じゃない。

 でも、もう十分に前へ進んでいる。


 数字はこれからも増える。仕事も責任も、たぶん一生減らない。

 それでも私は、この先の決算書を怖がらないだろう。


 だってその隣には、同じ帳簿を見てくれる人がいて、同じ町を守ろうとする人たちがいて、書き足していける未来がある。


 それが今の、私のいちばん大きな黒字だった。

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