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嘘だらけの監査会

特別監査会は、王城西棟の大広間で開かれた。


 議会ほど公ではないが、十分すぎるほど人の目がある。王家の文官、財務局の役人、貴族院から数名、聖堂の代表、それに有力貴族の当主たち。噂好きの視線と、利害で濁った視線と、何が起きるかを見極めようとする冷たい視線。


 壇上の中央には、監査会を主宰する大法官が座っていた。初老の男で、表情は読みにくい。


「これより、北境守護負担およびグランデル砦の会計運用に関する審査を始める」


 低い宣言と共に、空気がぴたりと張り詰める。


 最初に口を開いたのは、案の定セオドアだった。


「北境ヴァルティエ辺境伯家は、長年の慣行である特別負担に異議を唱え、王国財政の根幹を揺るがそうとしております。しかも、その背後には辺境会計へ不当介入したリディア・ハーゼンフェルト――いえ、今はヴァルティエ夫人の独断があります」


 独断。


 便利な言葉だ。女が何かを成した時によく使われる。


 私は発言を待ったが、まずはルシアンが口を開いた。


「異議を唱えているのは慣行ではなく、改竄だ。原簿と副本を提示する」


 ベルナールが複写を前へ出す。ざわめきが起きた。礼拝堂副本の存在はまだ一部にしか知られていなかったらしい。


 だがセオドアは怯まない。


「それ自体の正当性が不明だ。私的に保管された副本に、どれだけの効力が?」


「王妃連署と先々代辺境伯夫人の印がある」


 ルシアンが淡々と返す。


「少なくとも、後年の追記よりは重い」


 大法官が文書を受け取り、目を通した。周囲の文官たちもざわつく。悪くない滑り出しだ、と私は思った。


 けれど相手もここで終わるはずがなかった。


「では次に」


 セオドアの合図で、財務局の書記が別の書類束を卓上へ置く。


「グランデル砦より昨年提出された軍需報告と、今年度の修正版です。数字が大きく異なる。これは何を意味するか。前任者の記録を、都合よく書き換えたのではないでしょうか」


 私は即座に答えた。


「前任者が虚偽記載をしていたため、実査に基づいて修正しました。横流しと幽霊搬出の証拠も提出済みです」


「修正したのは誰です?」


「私です」


「正式な会計官でもないあなたが?」


「辺境伯の任命を受けた会計監督です」


 セオドアは薄く笑う。


「辺境伯は、ずいぶんと奥方に甘いようだ」


 会場の一部から含み笑いが漏れた。


 その程度なら構わない。問題は次の一手だと、私は身構えた。


 そして来た。


「さらに、こちらをご覧ください」


 新たに出されたのは、数枚の支払命令書だった。


 王都の印紙、ヴァルティエ家の封印、物資納入先、金額。見た目だけなら正規文書に見える。だが、私の目には紙全体に不自然な灰色が滲んでいた。


「これは、グランデル砦名義で王都の特定商会へ巨額の支払いを約した証文です。しかも担保には、辺境伯家の将来収入と、夫人の持参財産の一部まで含まれている」


 会場がどよめく。


 ……なるほど。そう来たか。


 書類を一瞥しただけで分かる。偽造だ。けれど厄介なのは、私の持参財産が実際に一部吸われているせいで、完全な虚構ではないことだ。


 大法官が厳しい声で問う。


「辺境伯、説明を」


 ルシアンが書類に目を落とし、眉を寄せた。


「見たことがない」


「しかし印は本物です」


「封印の盗用か模造だろう」


 セオドアが肩をすくめる。


「そうおっしゃると思いました。ですが、財務局にはあなたの家印で受理された記録が残っております」


 証拠を積み上げるふりをして、印象を作る。典型的だ。


 私は手を挙げた。


「発言を」


 許可が下りるより早く、周囲の何人かが私を見た。女が、しかも中心人物の妻が口を挟むこと自体、まだ珍しいのだろう。


「その命令書、インクの乾き方が不自然です。本文と署名欄の魔力残滓も一致していません。少なくとも同日に同じ場で書かれたものではない」


 セオドアが冷ややかに笑う。


「あなたの目には、そんなことまで見えると?」


「はい」


「便利な才能だ。では、その才能で何でも否定できてしまう」


「いいえ。だから補助証拠を出します」


 私はハンナから別紙を受け取り、大法官へ提出した。


「この支払命令の宛先商会、三つとも、私の個人資産台帳から寄付名目で引かれた先と繋がっています。時期も重なる。つまりこれは辺境の支払いではなく、王都側で流した金を辺境へ被せ直した可能性が高い」


 会場のどこかで、息を呑む音がした。


 父の顔は見なくても分かる。たぶん今、最悪に嫌な顔をしている。


 セオドアの笑みが初めて崩れた。


「こじつけだ」


「では、商会ごとの実納入記録を照合しましょう。どの荷がいつ北境へ届いたのか。出せますよね?」


 彼は答えなかった。


 代わりに、財務局席の一人が慌てて紙を繰る。ないのだ。少なくとも、すぐに出せる形では。


 ここで押せる、と思った瞬間だった。


「もうよい」


 低い声で制したのはルシアンだった。


 私は思わず彼を見た。彼は大法官へ向き直る。


「この件が長引くなら、辺境の防衛に支障が出る。必要なら私を拘束しろ。だが領地運営と城館会計から、リディアを切り離すな」


 会場がざわめく。


「ルシアン様」


 思わず呼ぶと、彼は視線だけで私を制した。


「彼女がいなければ、グランデル砦はこの冬を越えられなかった」


「閣下、それではまるで」


 セオドアが口を挟みかける。


 けれどルシアンは一歩も引かなかった。


「私の妻を、責任転嫁のための飾りに使うなと言っている」


 その一言は、想像以上に強く響いた。


 私の喉が熱くなる。


 けれど相手は、そこを見逃さない。


 大法官が長い沈黙ののち宣言した。


「双方の主張は理解した。しかし提出文書の真贋に争いがあり、なおかつ王国財政に関わる事項である以上、即断はできぬ。辺境伯夫妻は審査終了まで王都に留まり、追加証拠を提出せよ」


 つまり、半ばの足止めだ。


 セオドアの口元に、勝ちきってはいないが悪くないと思っている時の笑みが戻る。


 私は拳を握った。ここで終わらせるつもりはない。


 退廷しようとしたその時、裾の影に何かが落ちた。


 小さく畳まれた紙片だ。


 誰にも見えないよう拾って開くと、そこには短くこう記されていた。


『西棟旧文書院 第三閲覧室 母君の名で探せ』


 筆跡に見覚えはない。だが悪意の滲みはない。


 私は紙片を素早く袖へ隠し、顔を上げた。


 王都の狭い空気の中で、まだ見えていない勘定がある。


 だったら夜のうちにでも、掘り返すだけだ。

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