第29話 ひと足遅かった
村が襲われたんじゃないかという嫌な予想に反して、村は無事だった。
村の入り口で門番の男に、
「おや、また来たのか。何か忘れものか?」と聞かれたので、
「村長に話があって戻って来たんだ」と答えて、そのまま村に入った。
村長は家におり、俺たちが訪ねると快く迎え入れられた。
「それで、儂に話とは?」
村長の口調には、俺の心を読んだような、残念なような響きがあった。
「ナーシャのことなんだが」と俺が切り出すと、村長は大きなため息をついて、
「やっぱり、そうでしたか」と言葉を吐き出しながら、首を横に釣り、
「あの娘はもうここにはおりませぬぞ」と答えた。
俺は訳が分らず
「えっ、あれから何日も経っていないのに」と聞き返すと、
「一昨日に奴隷商がやって来まして、ナーシャを引き取っていきましたわい」
「奴隷商が引き取りに来た?」
「そうですじゃ。ちゃんと徴税代理人も連れておりましてな。我々の目の前でナーシャの人頭税を清算していきましたのじゃ」
俺の落胆が、あまりにも顔も出ていたのだろう、
「あなた様は金がないと言ってナーシャを置いて行かれましたのに、何をいまさら気落ちしておられるのじゃ」
と、俺の気持ちの甘さを非難する。
「それは、分かっている。だが、事情が変わった。これからナーシャを追いかける。その奴隷商は、どこに向かったか教えてくれないか」
「王都の奴隷商ですから、王都でしょうな」
「王都の奴隷商か。商会の名前は?」
「マルサンチノバル商会でしたかな」
俺が村長の家から飛び出したとき、
「ナーシャを買い戻すには金貨50枚は要りますぞ」と、背中から声を掛けられた。
俺はその言葉に凍り付いた。そして振り返って、
「金貨50枚?」と聞き返すと、
「その奴隷商が儂に、ナーシャを買いたいなら、金貨50枚積めと言いましたからな」
その言葉を聞いて、俺はそこで立ち尽くしていた。
そんな俺の肩にトゥデラが手を置いて、
「とにかくこの村を出よう。これ以上居ると迷惑が掛かる」と促されて、俺は力なく歩き出した。
呆然としたまま村の門を出たことも覚えておらず、ふらふらと歩いていると、思いっきり背中を叩かれた。
「何をボケっとしている。しっかりしろ。そんなことでは、ゴブリにも殺られるぞ」
というトゥデラ。
「そうです。気落ちしている場合ではありません」とルージーからも励まされた。
「そ、そうだな。しっかりしないとな」
俺は気を取り直して考え始めた。
この村から王都アルディリアに向かうには、一度ラズラに戻って、ラズラから王都に向かう道がある。
「奴隷商がこの道を選んだ場合は、俺たちとすれ違っているはずだけと、それらしき馬車とはすれ違っていないよな」
とトゥデラに同意を求めると、
「村に着くまでに、幾つか枝道があった。そのどれかを使ったということだろうな」とトゥデラが屈み込んで地面を見ながら、
「新しい轍の跡がある。これを追ってみよう」と言って村の入り口から続く道を歩き出した。俺は慌てて、その後を追う。
村に来た道を引き返しいると、途中で北に向かう枝道があり、轍の跡は、その道を進んでいる。
「この道は、何処に向かうんだ」俺が聞くと、
「この方向だと、北から回り込んで王都に向かう街道に出るつもりじゃないか?」とトゥデラが推測する、
「それじゃあ、このまま追いかけよう」
駆け出そうとする俺の手首をトゥデラが掴んだ。
「まあ、待て。焦るな。馬車で2日も先行している。走ったところで簡単には追いつけない。それに、走り過ぎて疲れたところを魔物か盗賊に襲われたら、こっちが終わってしまう。だから、普通に歩け」
トゥデラの注意は納得のいくものだったので、俺は頷いた。




