悲しい色
美咲は笑みを張り付けている日々を過ごしている。
あの日、翼が大学の頃から美咲と付き合う前までの恋人に遇ったからだった。
それは、偶然だった。
翼と出掛けた先で、その美しい人は居たのだ。
「翼?」
「えっ?……久し振り! 元気だったか?」
「ありがと、元気よ。そっちは、どう?」
和やかに話している翼と美しい人の姿を見て、美咲は立ち尽くした。
お手洗いから出た所で、翼に話し掛けて来た女性の姿を見たのだった。
美咲は思わず、お手洗いに戻った。
翼と美しい人の声だけが段々近づいて来て、話の内容が聞こえた。
「どう? そっちは?」
「相変わらずだよ。そっちは?」
「係長止まりよ。」
「上に行くんじゃないか? 間もなく!」
「そんなに簡単じゃないわよ。」
「でも、頑張ってるんだろ? お前らしく。」⦅お前って……言った。⦆
「まぁ……ね。」
「仕事してるお前はカッコいいよ。」
「ありがと。」
「俺は支えられなかったな。ゴメン。」
「ううん、翼も忙しくなって……会えなくなったから……。
お互いに距離が出来たのよね。」
「そうだな。」
「元気そうで良かった。」
「それは俺の台詞だ。元気そうで頑張ってる美玖が俺は好きだった。」
「翼……私も優しい翼が大好きだったわ。」
「今は、違うだろう? ご主人は?」
「これから会いに行くの。」
「そっか……。」
「カナダまで会いに行くのよ。」
「えっ? カナダ?」
「彼ね。本国に戻ることになったのよ。
それで、私……直ぐに追い掛けられなかったけど……。
ようやくカナダへ行くことが出来るの。」
「海外赴任か?」
「うん。」
「スゲーな! 頑張れよ、ってか、もう頑張ってるから行けるんだよな。」
「まぁね。」
「身体に気をつけて、幸せになれよ。」
「そっちこそ……聞いたわよ。ご結婚おめでとうございます。」
「ありがとう。」
「どんな方なのかしらね。」
「普通の子だよ。美玖とは違って……背も高いし……。」
「私と全て逆なの?」
「そうかもな。」
「だったら、相性がいいわよ。きっと……。」
「まぁ、な。」
「翼、幸せになってよね。」
「うん、なるよ。美玖も幸せで居てくれよな。」
「当然! もう幸せの真っただ中だもん。」
「そっか……。」
「じゃあ、今から空港へ行くから……さようなら。」
「うん………さようなら。」
お手洗いから出た美咲は翼の後姿を見て、涙が出そうになった。
翼は長い時間、あの美しい人の後姿を見つめていたからだ。
何も聞かなかったことにするしかなかった美咲は、涙を拭い、顔を上げて笑みを作った。
その日から美咲は心から笑えなくなっていた。
空は悲しい色だった。
雨が降り出す前の悲しい曇り空だった。




