呼び名
翼と二人きりで食事をした日の翌日、会社で翼に会って、どんな顔をすれば良いのか分からない美咲は終始緊張していた。
そして、翼の姿を目にした時、心臓が止まるかと思うほど鼓動が高まった。
「おはよう、美咲ちゃん。」
「お……おはようございます。」
頬が赤くなっているのではないかと、ふと不安に思った。
まだ誰にも知られなくなかった。
不釣り合いだと言われそうに思えた。
会社で昼食を摂った後、植松とコーヒーを飲んでいた。
そこへ川崎がやって来た。
「おっ、美咲ちゃん。」
「川崎さん、今からご飯ですか?」
「そうなんだよ、今までかかってたから……遅い昼食。」
「お疲れ。」
「おう……。」
二人は頬を染めたりせずに話せているのが不思議だった。
「川崎さんとお話して、植松さんはドキドキしますか?」
「えっ?」
「それ、聞くぅ? 答えによっては聞いた俺がドキドキするかも……。
別の意味で……。」
「……まぁ……ね。」
「植松さん、ドキドキするんですね。」
「もう、いいでしょ!」
「ドキドキするんだ、うんうん。しゃぁ~~っ。」
「川崎さん、そのポーズは?」
「喜びのポーズと呼んでくれ給え。」
「たんなるガッツポーズじゃない。」
「そっか、植松さんは会社で川崎さんに会うとドキドキするんだ。」
「美咲ちゃん、そのお話はお終いね。」
「はい。」
「所で、美咲ちゃんの春は訪れたかい?
俺のようなカッコいいカレ出来たかい?」
「えっ? 最近、耳が悪くなったのかしら?
誰が、カッコいいカレですって?」
「それは、勿論、俺よ。そう思ってんだろう?
だから、ドキドキするんだ。」
「夫婦漫才はいつ終わるんだ?」
「坂東!」
「坂東君!」
「………………。」
「川崎、お前、結婚するんだってな。」
「おう。祝いはお札でお願い致しゃ~す。」
「分かったよ。」
「ごめんね。坂東君。」
「いつものことだから……。
あ……二人はなんて呼び合ってるんだ?」
「俺は名前で呼んでるぜ。」
「私も名前で……って、会社でこんなこと言わせないでよね。」
「ごめんごめん………そっか……名前か……ニックネームじゃなく……。」
「ちゃんも、くんも付けてない。」
「そうなんだ。それがいいかな?」
「何なに?」
「ひ・み・つ。」
13時になる5分前。
植松から「美咲ちゃん、席に戻ろう。」と言われて、席に戻った。
そして、仕事を終えた美咲は植松と共に帰る準備をしている。
更衣室で着替えながら、⦅今日はメモを貰えなかった……もう、会えないのかなぁ……。⦆と早くも「恋の終わり」の予感がした。
翼は忙しく、残業のようだった。
美咲は、いつも一人で帰るのが当たり前だったのに、今日は一人が寂しくて堪らなかった。
⦅先輩……ちょっとだけでも……一緒に帰りたかったなぁ……。⦆
そう思った。




